表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だらだら不本意運命奇譚  作者: 縞々タオル
斯くして、人はどうしたか
101/446

大切なものが、見えなかったから

増えてしまった…

……次の日。


きっと山の草木がまだ眠っている時間。クライスは、木の上にいるトアヒを見つけた。


「……トアヒ様」

「……まだ、そう呼んでくれるわけ?」


意外そうに言ったトアヒに、クライスは悟る。この方は、全てわかっているのだと。


「麓の村の婆さんに聞いただろ? 俺の本当の名前」

「はい、聞きました」

「なら、そっちで呼べよ。トアヒ……トアヒェルは本当はアイツの名前だからさ」

「名前を交換したのですか?」


クライスの問いに、トアヒは頷く。


「一体なぜ?」

「俺が忘れられてたから。あと、嫌われてたから」

「……」


神というのは、そんなに子供っぽいものなのだろうか。

クライスはどう反応するべきか迷う。そんなクライスを見て、トアヒは言い直してくれる。


「……名前はアイデンディティだよ、クライス。姓がなくとも、誰と被っていようとも、他者から呼ばれる名前は自己を認識させてくれる。自分という存在を形作るのに必要な要素だ」

「では、アイデンディティを得るために?」

「いや」


ゆるりと首を横に振り、トアヒは明け始めた空を見ていた。


「俺を馬鹿にしてきた、アイツのアイデンディティを崩壊させるために。ただの、嫌がらせ」


そうトアヒは宣った。


「なあクライス。アイツにはな、名前が二つあるんだ」

「二つですか?」

「そうそう。だから、二つを二人に、一つずつやった。これは良い実験になるよ」


南西の方向を見ながら、トアヒは笑っていた。






父の名前を教えたのは、ただの気まぐれだ。たぶん、目の前のこの子も覚えられないだろうから。 


いつだったか……父が、ラーナ・ナーヤに行ってからだ、誰も父のことを認識できないようになっていた。小さな女の子になって戻ってきた館長ですら、父のことを“ネーベラ・シューエル”だと認識している。


シューエルだけが、トアヒェル・テラーゼの名前を覚えていた。


嬉しそうに「アイツの名前を取り戻したんだ」とはしゃぐ館長に、違うとは言えなかった。歪んだ世界の中で、シューエルは一人、取り残されていた。


助けを求めていたのかもしれない。ネーベラ・シューエルの名前を知らなさそうな、ただの普通の少年に。


果たして、英雄と同じ瞳の色の少年は、苦笑しながらこう言った。


「幻滅なんてされませんよ。むしろアイツは、トアヒェルさんと同類だと思います」

「……父の名前を、言えるの?」


頷いた少年に、シューエルの胸はいっぱいになった。唇を引き結んで、潤みそうになる目を捩じ伏せて、シューエルは、少年を見た。


「ありがとう。父の名前を言ってくれて。ありがとう……」


声は震えてしまった。突然泣きそうになったシューエルに、少年はどう思ったのだろうか。


「大丈夫ですよ、シューエルさん」


不思議な抑揚で、少年はシューエルに言ってくれた。


「大丈夫。今度は違う……そんな気がするから」


彼の瞳には、何かが宿っていた。


父の影響でアルバート信者に片足を突っ込んでいるシューエルは、唾を呑んだ。


彼の瞳は安心できる。彼に全てを任せていれば大丈夫……そんな気がするのだ。

同時に、不安も覚えてしまう。まだ大人になっていない少年に、そんなふうに思ってしまうことを。






欠如している自覚があるのだと、彼女は語った。


「私の名前はね、ミィリエ・ミケルセンっていうんだ。シューエルと、同郷だった。いわゆる幼馴染だったんだ」


神を侮辱しようとしたというシューエル先生の話をした後に、館長の少女……ミィリエは、ファニタに語り始めた。


「シューエルのことが好きだった。だけど、ずーっとそれを伝えられなくて、ここまできてしまった。アイツが他の人と結婚した後も諦めきれなくて、未練がましく資料提供という名目で、アイツの前に姿を現したんだ」


ぺらり、ぺらりと辞典を捲る。


“魔法”の項だ。

“神との契約。人の望みを叶える手段”と書いてある。


「神の前に、嘘はつけない。私はたぶん、そこで間違ったんだよ。あさましい望みを見透かされた」


ページを戻る。今度は、“犠牲”の項。


「犠牲にするのは、人の一番大切なもの。言い換えれば、持っているのに見えてないものなんだ」


それは、アイツにとっては何だったんだろうね。そんなことを、ミィリエは言う。


「私は神と契約して、自分のこれまでの成長と、これからの成長を犠牲にした。最初は、若い体に戻れて嬉しかったけど、気づいた。年が経てば経つほど、私とアイツには大きな溝ができていくんだ」


十歳くらいの女の子は、自分の小さな手を握っては開き、握っては開く。何も変わらないのを確かめるように。


「私は、アイツの隣に立つことができない。こんな小さな体では、幼馴染だった時みたいに、隣に並べないんだよ」


そうか、だから。


ファニタは彼女が言った「私みたいになっちゃう」の意味を悟った気がした。


「そう、気がついた時にはもう遅い。私は図書館でアイツの役に立って、アイツの笑顔を見る喜びすら、捨てちゃったんだよ。だから、ファニタちゃん。ジルト君は、失ったらダメだよ」


ファニタは頷かなかった。まだ、肝心なことを聞いていないからだ。


「心が読めるのも、契約の結果なんですか?」

「痛いところをついてくるね。そうだよ、私のあさましい部分だ」


自重気味に言うミィリエに、ファニタは笑った。


「シューエルさんの心が知りたかったんですよね?」

「私の心を読んだの?」


目を丸くするミィリエに、ファニタは首を横に振る。


「私も同じだから……たぶん贔屓が入ってしまうけれど、ミィリエさんの願いは、全然あさましくなんてないです。だって、好きな人の心は皆知りたいと思うから」


ファニタは自分の恋心を信じていた。だから、ミィリエの恋心だって信じることが出来た。






日が差し始めてきた。


木から降りてきたトアヒは、クライスのことを値踏みするようにじろじろと見てきた。


「お前はよくわからないな。そんな出自なのに、魔女の生まれ変わりに仕えてるの?」

「ええ。ガウナ様は私の恩人ですから」

「ふーん。ま、自信があることは良いことだよ」


さして興味もなさそうな返事をして、トアヒは森の一点にできている陽だまりを、満足そうに見た。


「太陽はダメだ。このくらいじゃないと」

「神の力でなんとかならないのですか?」

「ならない。ていうか、太陽をどうにかしたら人間滅ぶわ。そんなクソゲー俺はやらねえ」


面倒くさそうに、トアヒは言った。


「太陽をどうにかしようなんて、まともな奴の考えることじゃねーよ」











暗闇。暗闇。暗闇。


「つ、ん、だ!!」


ジルト、リルウ、クライスの順だ。


「いや、勝手に修行に出た烏くんは視る必要なくね?」


珍しく外出していたセブンスが、ばりぼりビスケットを食べながら言う。ソフィアは涙目でセブンスを見た。


「あの従者なら見れるかもって思ったんですよ! なのに、三連続ですよ! 涙出ますよ!」


ジルトとリルウはあの同族最低男が接触してるとして、なぜクライスを見ることができないのか。


「嫌ですよ新勢力とかぁ! 私より強いの確定してるし!」

「だーいじょうぶだって、お前は伸び代がある。な、そう思うだろ? ラミー」


なんとはなしにセブンスが放った単語に、ソフィアは固まる。おそるおそる部屋の入り口を見た。その、愛称は。


綺麗な白金の髪を雑に結んだ少女は、自信満々に仁王立ちしていた。セブンスがこの国で特別待遇をされている所以は、この少女にある。


「はい! 安心めされ、ソフィア殿! いざとなったら私が、魔術師なるものをぶち殺す故に!!」


物騒なことを言う少女は、正真正銘のアレである。ソフィアは窓の外に一瞬現実逃避をして、それが失敗したことに気づいた。


城砦の尖塔に飜るそれのデザインは、たしかに少女の身につけている鎧に刻まれているものと同じ。


そろそろ現実に戻るか。向き直ったソフィアに、待ってましたとばかりに薄い胸を張って、少女は朗々と名乗ってしまう。


「この帝国第三皇女兼帝国軍大将! ラミュエル=レグナム・リオーネが!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ