逆
聞き間違いだな。聞き間違いだろう。
「……すみません、もう一度」
「いや、だから、君には同じ年頃の姉妹か、親戚の女の子がいるのかなって」
「聞き間違いじゃなかった!!」
ジルトは机に頭をぶつけたくなった。
そうだ、不穏な雰囲気ですっかり忘れていたが、こいつ、ロリコンの噂があったんだった!! リルウの時に冗談めかして言ってみたけど、噂はマジなのだろうか。
「いや、俺には姉妹も、親戚の女の子もいませんね、残念ながら」
「そうか……」
心底残念そうに言って、公爵はため息をついた。
「いたとしたら、私の妻にしようと思ったんだけど……」
ドン引きである。初対面の少年の身内と結婚しようとする狂気に、ジルトは帰りたくなった。そんなジルトの気持ちを察してか、公爵は顔の前で手を振った。
「おっと、これは挨拶みたいなものなんだ。ごめんね。改めまして、私はガウナ・アウグスト。一応公爵と宰相をしているよ」
そんな挨拶があるかと思ったが、ジルトも一応自己紹介をする。
「はじめまして、アウグスト公爵。俺はセント・アルバート学園に在籍している、ジルト・バルフィンといいます」
「リルウを助けてくれた子だね。その節はどうもありがとう」
ガウナは微笑んで、頭を下げた。
ーーリルウ、と呼んでいるのか。
親しみがある。リーちゃんの恋路は明るいな。ジルトは真剣な顔をして、そんなことを考えていた。
「話がしたいと言ってくれて助かったよ。私としても、君には謝礼金を渡したかったからね。リルウのために色々と出してくれたらしい」
「いえ、それには及びません。不敬ながら、あの瞬間だけは、リルウ陛下と俺は兄妹でしたから」
くさい話だが。串焼きを食べるリルウの笑顔だけで、ジルトには十分だった。
公爵は、目を瞬いた。
「それなら何故、私と会おうと思ったのかな?」
「聞きたいことがあったからです。
貴方がなぜ、よりにもよって、英雄アルバートを持ち出し、リルウが魔女の生まれ変わりだと民衆を誘導しているのかを」
言いながら、ジルトの脳裏にはとある少女との会話が蘇っていた。
ーー四年前。
あの戴冠式から数日。普段は人の弱みを晒すゴシップ紙さえも、新たなる王と、その後見人の誕生を美辞麗句で盛り上げていた。
『はぁー、こりゃ、めんどくせえことになりそうだなあ』
モーニングコーヒーを飲みながら、ゴシップ紙を読んでいた赤髪の少女が呟いた言葉に、同じくコーヒーを飲んでいた幼き日のジルトは首を傾げる。
『どういうこと?』
『お前、英雄アルバートの話は知ってるか?』
『知ってる。薔薇の魔女の脅威から、王都を救った人だろ?』
『……そうだ。なんともめんどくさいことに、馬の骨公爵サマは、自分をアルバートに見立てて……まあそれはいい。問題なのは、あのむす、リルウ陛下をセレス姫に喩えたことだ』
『どうして? アルバートは、セレス姫と結婚して王になったんだろ? ちょっと歳が離れてるけど、美男美女カップルで良さげじゃない?』
『まあ、銀髪と金髪って映えるからなあ。じゃなくて。問題は、リルウ陛下の容姿なんだよ』
『かわいい』
『違うそうじゃない。そうか、可愛かったか。俺も見に行けば良かったなあ』
ジルトとしては、贔屓目なしに少女も見た目だけは可愛いと思うのだが。
そういうことを言うと、関節技を決められそうなので、そっと心にしまっておいた。
『陛下は金の髪に紅い瞳。セレス姫は青い髪に青い瞳だ。全く違う。寧ろ、当てはまるのは魔女の方の容姿。なんでこいつはリルウ陛下を巻き込んだんだ…? 唯一の王族を伴侶にする発言も同然じゃねえか。わざわざ敵を作る真似をして……いや』
ぶつぶつと呟く少女。ジルトはいつものことと、呑気にトーストを齧る。この少女かも怪しい人間は、探偵紛いのことが大好きなのだ。それでいて、人より多くのことを知る立場にあるので、真実により近い答えを導き出すことができる。
ジルトがトーストを齧り終わる頃に答えが出たらしい。少女は得心がいったというように、膝を叩いた。
「はーん、なるほどぉ。こいつ、目的と手段を逆にしたんだな?」




