<そこにいるという事実>を認めることで
そうしてとても丁寧に接してくれるメイヴに、エイスネも、心を許すというところまではいかないにせよ、日常的なやりとりについては無理なくできるようになっていった。
その中で、
「吸血鬼って一体何なんでしょう? 怪物でもなくて、人でもない。どこから来たんですか?」
そんな疑問も素直に口にする。
しかしこの質問に対してはメイヴも、
「さあ……それは私も分からない。それにはっきりと答えられる吸血鬼はいないんじゃないかな。だって、『人間って何?』と問われてはっきりときっちりと答えられる人間っている? 少なくとも私はそんな人間には出会ったことはないし、そんな人間がいたという話も聞いたことがない。
確かに、『人間は神が造りたもうた』みたいなことを口にする人間はたくさんいたけど、『じゃあ、<神>って何?』と問われてはっきりと答えられる人間はいないんだよね。結局は、『誰かがそう言ってたから』『書物にそう書かれてたから』と言うだけで、実際に自分で確かめた者はいない。
人間でさえそういうものなんだよ。分かってると言ってるような人間も、分かったような気がしてるだけ。本当のところは何も分かってない。ちゃんと確かめられてない。
吸血鬼も同じ。誰も確実な答えは持ってない。
だけどね、人間も吸血鬼も、『そこにいる』ということは誰しもが確認できることなんだ。まずは<そこにいるという事実>を認めることでようやく始めることができるんだよ。
私は今あなたがここにいるということを認める。そしてここにいるあなたは、あなた以外の誰かじゃない。人間ではなくなってしまったんだとしても、それは決してあなたがあなたじゃない何かになったわけじゃない。これは揺るがしようがない事実。
もしあなたとまったく同じ存在が別の場所にいたとしても、ここにいるのは<あなた>なんだ。私はそれをあなたに伝えたい。私が今ここにいるという事実と同じで、あなたは間違いなくここにいるんだよ」
「……」
メイヴの言っていることは、残念ながら今のエイスネには完全に腑に落ちるものではなかった。分かるような分からないような、なんとも奇妙な感覚。
だが同時に、メイヴが自分の問い掛けに対して真摯に答えようとしてくれているのは確かに伝わった。
この小さな積み重ねをひとつひとつことこそが次へと繋がっていく。基礎になっていく。根幹となっていく。
これを疎かにしていてどれほど体裁のいいものを作りあげようとも、それは些細なことで崩れ去る、<砂上の楼閣>でしかないだろう。




