対処法
『分からない』ということに対して不安を覚えたりすることがあるのは、吸血鬼でも同じだった。あくまで人間よりも精神的に余裕があるからそこで過剰に狼狽えたりしないというだけでしかない。
加えて、すでに分かっていることに対しては十分な準備を行う。対策を行う。手立てを講じる。満月の時期になり、吸血衝動や『やけに喉が渇く気がする』というそれについても、もうずっと以前から分かっていることなのだから、対処を怠らない。
『分かっていながら何もしない』のは、怠慢以外の何ものでもないはずだ。
だが、エイスネ自身は確かにひどく喉が渇く感じはするものの、
『血が飲みたい!』
という衝動までは特になかった。ただその一方で、メイヴはどこか落ち着きのない様子にも思えた。
「あの……大丈夫ですか……?」
それまでの彼女と違うことに、エイスネも少し不安げに尋ねてくる。
これに対してメイヴは、
「うん、大丈夫なんだけど……でも、エイスネが大丈夫そうなのはもっとよかった」
笑顔で応えた。その上で、
「せっかくだから、吸血衝動を抑えきれない時の対処法についても見ておいてもらおうかな」
そう告げると、部屋のドアが静かに開き、スタッフの女性が、
「失礼します……」
落ち着いた様子で入ってきた。
「……」
この時点で、エイスネには予感があった。スタッフの女性が普通の人間であることがなぜか分かってしまったからだ。
そして彼女が見ている前でスタッフの女性は自身の服の襟に手をかけて、白い首筋をあらわにする。
ここまで来るとエイスネの予感は確信へと変わった。
『吸血するんだ……』
そう思う。思うと同時に、ぞわりとしたものが背筋を駆け上がる。恐怖と言うか嫌悪感と言うか、具体的にはうまく表現できない何かが確かにある。
なのに目が離せない 。
その彼女が見ている前で、メイヴがスタッフの女性に近付き、そっと抱くようにして首筋に唇を這わせていく。
そして触れたと見えた瞬間、スタッフの女性の頬がふわっと赤くなるのが分かった。
「……!」
これがまたなんとも言えない色香を放っているように思えて、エイスネも自分の鼓動が早くなるのを感じてしまった。
『吸血ってこういうことなんだ……』
そう察してしまう。
しかし、メイヴが女性の首に唇を触れていたのはほんのひとときだった。それこそ少し丁寧にキスをした程度の印象だろうか。
想像していたものとはまったく違うあまりのあっけなさにむしろ唖然とさせられた。
そんな様子のエイスネに、メイヴは、
「ま、吸血って言ってもこんなもんだよね」
笑顔を見せたのだった。




