血を飲まなくても乳で代用できる
『血を飲まなくても乳で代用できる』
そう聞いたことでエイスネにも少し余裕ができてきた。しかし、まだ何とも言えない不安感はある。そしてメイヴのことも全面的に信用できているわけではない。
彼女が席を離した隙にベッドから立ち上がって少し周囲の状況を確かめてみようと思った。もしもの場合にはいつでも逃げられるようにと考えて。
体調は悪くない。ずっと寝ていただけのはずなのに、てっきり足に力が入らなかったりするかもしれないと思ったのに、普通に立ててしまう。
「……!」
その所為で逆によろめいてしまった。しっかり立とうとして力を入れすぎてしまったのだ。
なんとか立て直して窓に向かって歩くものの、足取りはしっかりしているのに、なぜかそちらに近付こうという気分になれなかった。
何とも言えない不安感があると言うか不快感があると言うか。
「……」
それをなんとか振り払って、窓にかかった分厚いカーテンに手を伸ばす。すると今度は、
「痛っ……!」
伸ばした手に痛みを感じて思わず引っ込める。そこでようやく気がついた。
「あ……吸血鬼……」
自分は吸血鬼になってしまったのだ。だから分厚いカーテンと壁の隙間から射し込む陽の光に触れたことで痛みを感じてしまったのだと察した。
『吸血鬼は陽の光に触れると死んでしまうみたいな話を聞いたことがあるかもしれないけど、そんなことは滅多にないから。ただ、火傷みたいにはなったりするから気を付けてね』
メイヴにもそんな風に言われたのを思い出す。
ここでようやく、窓に分厚いカーテンがかかっているのに部屋が少しも薄暗く感じなかったことにも気が付いた。むしろ隙間からわずかに差し込む陽の光の方がひどく強いそれに感じられてしまう。
『吸血鬼って、こういうことなんだ……』
改めてそんな風に思わされてしまった。
『これじゃ外も見られない……』
『滅多に死ぬことはない』と言われても、それ自体を信じることができなかった。確かにエルビスに助けられた時にも陽の光を浴びても死んだりはしなかったものの、その時には今ほど痛みを感じなかった。
『あの時はまだ完全に吸血鬼になってたんじゃなかったのかな……』
そんな風にも思う。
もっとも、実際のところは、あの時点ではそれどころじゃなかったことで意識できていなかっただけで、もうすでに痛みを感じてはいたのだが。
しかし今のエイスネにはそこまで思い至れるだけの余裕はなかった。途方に暮れてベッドに戻る。
すると、
「!」
ドアの外に気配を感じて、慌ててベッドに潜り込んだ。
直後、ドアが開いてメイヴが姿を現したのだった。




