メアリー
『あなたは確かに生きていて、私は正真正銘のメアリー。<V>よ。<ヴァンパイア>。そして今はもうあなたもそう』
頬をはたかれ険しい表情でそう言われたが、当然、そんな突拍子もない話は簡単には頭に入ってこない。
「お前……何言って……メアリーはお前みたいにいきなり男の顔をひっぱたくようなのじゃなかったぞ……」
自身の記憶の中のメアリーを掘り起こし、華奢でどこか儚げな、『俺が守ってやりたい』と思わせる想い人とはまるで違っていることに思わずそう口にした。
「バカね。そんなのは余所行きの芝居に決まってるでしょ。ただの子供だったあなたが女の顔の何を知ってるっての?」
そこまで言われても、やはり頭に入ってこない。けれど、はたかれた頬の痛みは本物だった。するとメアリーを名乗る少女は右手を掲げて、
「もう一発ひっぱたいてあげましょうか? 頭が働いてないみたいだから」
すごむように低い声で告げる。
「やめろ……! そうかお前、メアリーの娘か何かだな!? さっきの男の仲間か! それで俺をからかってるんだろう?」
エドマンドはようやく察して、少女を指差した。
すると少女は、
「相手を指差すんじゃない!」
非常に不愉快そうな表情になって、彼の右手を上から下へとはたいた。が、瞬間、
「痛っっ!?」
鋭い痛みが右手から背中を通り頭へと走り抜ける感覚。いや、本当に痛い。すごく痛い。
見ればエドマンドの右手は、人差し指と中指との間でぱっくりと二つに割れていた。そこから血がだらだらと滴っていく。
「う…うわ…! うわあ……っ!」
そこまで不愉快そうだったエドマンドが悲鳴を上げつつ自身の右手を抱き締める。なのに少女は、
「大袈裟ね。よく見なさい」
「!?」
言われて彼が自身の右手に目をやると、ぱっくりと割れていた手が見る間に元通りに合わさっていく光景が。
「う…うわあ! なんだこりゃ!?」
驚いて声を上げる彼に、
「だから言ったでしょ。あなたはもうヴァンパイアだって。その程度はかすり傷にもならない」
エドマンドが自身の首を掻き切った刃物を手にしたメアリーが、今度は自らの首をその刃物で掻き切った。
太い動脈が切られたことで、まるでシャワーのように血が噴き出す。なのに、それは一瞬で止まって、すぐさま傷も消えてしまった。
「これがヴァンパイア。私は貴族に買われてすぐにヴァンパイアになった。と言うか、人間をヴァンパイアにする実験のために買われたんだ。その貴族も、私をヴァンパイアにしたヴァンパイアに殺されたけどね」




