確かめようもない話
<たった一杯のスープ>
それが得られなくて、エイスネが住んでいた村は壊滅した。
「これをあの子達に飲ませてあげられてたら……」
部屋にいた中年男性にも同じスープが出され、匙で掬いながらそう呟くように口にする。
まさにそういうことだった。同じく部屋にいた若い女性も、
「……」
スープが入った皿を抱え込むようにしながら項垂れる。男性と同じことを考えているようだ。そしてエイスネも、
「う……」
また涙をこぼしながら自分自身を抱き締めるようにして椅子に座ったまま蹲ってしまった。彼女も同じだったのだろう。
『パパとママにも飲ませてあげられてたら』
と思ってしまったのかもしれない。
そういう想いがのしかかり、体を支えていられなくなってしまったのか。
そこに、
「皆さんは、大変に苦しい思いをして過酷な状況を経てここに今こうしています。私達はそういう皆さんを支えるために集った同志です。皆さんを救うなどと傲慢なことは申し上げられませんが、少なくとも力にはなれるという自負があります」
ドロレスが告げた。さらに、一番幼いエイスネのところに来て、彼女の脇に膝を着き、
「これからは私達があなたの傍にいます。安心してほしい」
と声を掛けた。
「……」
エイスネはこれにも応えられずにただ涙を流すだけだったが、そんな彼女をドロレスはそっと抱きしめてくれた。母親のように。
「ううう~……」
また嗚咽を上げるエイスネの体をドロレスが柔らかく撫でる。
そこに今度はエルビスが、
「彼女を任せていいかな?」
問い掛けると、
「任せて」
ドロレスは毅然とした様子で返した。彼はまた、同じように近郊の村を回って被害状況の確認と生存者の保護を行わなければならなかったのだ。それが彼の役目だった。
十分に休む暇もないが、必要なことだった。エイスネはそれこそ後数分、発見が遅れていたら、助からなかったかもしれない。この状況で命が助かるのが本当に幸せなことなのかどうかという議論もあるとしても、そんなことはまったく無関係な人間が安全なところから無責任に行うことでしかないので、今は構ってなどいられない。生き延びた者が幸せかどうかは、所詮は当人にしか分からないのだから。
加えて、生きていれば掴める幸せもあるが、死ねば後は生きている人間があれこれ空想するしかない、<人間が認知可能な世界の外での話>になってしまう。そんなものを実際に確認してきた者がいない以上は、確かめようもない話でしかないのだから。




