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ショタパパ ミハエルくん  作者: 京衛武百十
第五幕
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大切な人を想って流す涙は

元人間で、眷属として吸血鬼となったアンドリーイの話は、イゴールにとってはとても貴重で重要な経験となった。


しかもアンドリーイ自身が大変に苦しい境遇を経てきているからこそ、イゴールにとっては刺さるものがあったと思う。


「オレーナ……」


部屋に戻ってソファーに深く腰掛け、妹のことを思い出していた彼は、その名を口にして涙を流す。けれどそれは、ただただ悲しさからくる涙だった。オレーナを死なせた人間達への憎しみはほとんど感じられない。匂いとして立ち上ってきていない。


「さっきと、匂いが違うね……」


安和(アンナ)が僕にそう耳打ちする。吸血鬼だからこそ聞こえる程度の声でしかも耳の傍でやっとのそれだから、さすがにイゴールには聞こえていなかった。


「そうだね。さっきの彼は憎しみに呑まれかけていた。だけど今はただ、オレーナのことを思って泣いているだけだ」


僕も囁くようにして返す。こういう経験を重ねることで、その時の匂いがどのような感情からくるものであるのかというのを知っていくんだ。これで安和も、憎しみと悲しみの匂いの違いをまた学ぶことができたと思う。もちろんこれまでにも何度もそういう匂いを嗅いできたけれど、経験を重ねることで、より精度を上げていくことになる。


今回のこともそういうものの一つになるということだね。


「イゴール……今は泣けばいい。大切な人を想って流す涙は、とても価値のあるものだと僕は思う。それができる自分であることを誇りに思っていい。僕も安和も、今の君を嗤ったりはしない」


「……」


僕の言葉に、彼は応えなかった。けれど、それでいい。応えなくちゃいけないものじゃない。僕はただ自分の想いを伝えるために言葉にしただけだ。それを彼がどう受け止めるかは、彼自身の問題。僕が口出しできることじゃない。


加えて、今の彼には情報を整理する時間も必要だ。


オレーナの死。


眷属として吸血鬼になってしまった事実。


吸血鬼の超感覚がもたらす膨大な情報。


アンドリーイの話。


そういうものすべてが一度に洪水のように押し寄せてきて、彼は今、情報に溺れている状態だと思う。


それらを言語化して自ら客観視しようにも、まずは一度整理して自分の中に落とし込まないと言語化すること自体がままならないだろうしね。


そのためにも、彼にとって最も大切なオレーナのこととゆっくり向き合うべきだと思う。


向き合って、泣いて、泣いて、泣くことで自分の中に記憶として定着させて、折り合いをつけていかなきゃね。



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