むしろ人間社会に紛れ込みやすくなった
ホテルに戻る道すがらにも、彼は問い掛けてくる。
「吸血鬼って人間の血を吸うんだろ? 血が吸いたくなったら、どうすればいいんだ?」
当然の疑問だった。だからそれについては、
「大丈夫だよ。人間が思ってるほど吸血衝動は強くない。必要なら、吸血鬼の互助組合に申請すれば、吸血衝動を抑えるための血液製剤が送られてくる。血液製剤には、最低限必要な成分だけを固形化した錠剤や、それでは満足できない者のために<全血パック>も用意されてるんだ」
と、これまた淡々と説明する。
「そうなのか!?」
イゴールはさすがに驚いた様子だった。無理もない。僕はさらに説明する。
「多くの人間にとって吸血鬼はファンタジーの中に存在する<怪物>であって、それこそ伝承にあるままの姿や振る舞いをしていると思っているだろうね。だけど実際には、その時々の人間社会の在り方に合わせて自分達をそこに適応させるための仕組みを作ってきた。特に、第二次世界大戦後には、急速に発達した人間社会を支えるシステムが僕達にとっても逆に都合がよくてね。献血などが普及したのも助かってる。血液製剤としてはもう使えなくなって廃棄することになった<期限切れのもの>についても、吸血鬼が飲む分には大きな問題はないから、こちらに回してもらってるんだ」
「そんなことができるのか?」
「うん。なにしろ、人間達だって一部の有力な国の政府関係者はこのことを知ってるし。知ってて敢えて吸血鬼と表立って事を構えないために黙認してたりする」
「マジかよ……」
きっと、眷属になる以前だったらまったく信じなかったであろうそんな話も、今の自分がもうその吸血鬼になってしまっている実感があることと、僕が嘘を吐いていないことも吸血鬼としての超感覚で無意識のうちに察してしまっているんだろうね。
イゴールに説明したとおり、科学技術が発達しオカルトが次々否定されてきたことで僕達吸血鬼の存在も信じなかったり恐れなかったりする人間が増えた結果、むしろ人間社会に紛れ込みやすくなった。信じてはいなくてもさまざまな伝承に語り継がれている吸血鬼のイメージは強くて、それにそぐわない振る舞いをしているとそれこそ疑わないんだ。
かつてはそれこそ噂一つでただの人間が吸血鬼扱いされたり魔女扱いされたりということもあったから、それに比べれば過ごしやすくもなったんだよ。そしてネットワークが整備されて対面でのやり取りが減るにつれ、一層、動きやすくなったよね。
加えて、データだけで判断する人間も増えたから、データさえ問題なかったらそれ以上の確認もされなくなったりね。
 




