所詮は絵空事
『じゃあレギは、この料理を食べられないってのか……?』
ムジカの問い掛けは、まさしくその通りだ。そしてセルゲイも、
「そうだ。アレルギーというのは、そういう病気だ。他の誰が食べても問題ないものでも、そのアレルギーを持つ者が食べると命にさえ係わることがある。レギは、迂闊にカニを食べることができないんだ……」
悲し気に応えた。
「なんだよそれ! おかしいだろ!? なんでそんなことになるんだよ!? レギが何したって言うんだよ! まだなんにもしてないだろ!」
ムジカが憤る。彼の言うことはもっともだ。レギも<窓拭きの仕事>は始めていたものの、置き引きなどは始めていたものの、まだムジカほど犯罪に手を染めていない。なのに、ムジカにはアレルギーがなく、レギにはそれがあった。とても不公平な現実だよね。
「ああ、そうだな。君の言うとおりだ。どんなに誠実でも善意の人でも、<病気>というものは関係なくその人を蝕む。ただでさえそういう理不尽がこの世に溢れているんだから、そこにさらに意図的に理不尽を重ねるというのがどれほど愚かなことか、君達には知ってほしいんだ」
セルゲイがレギを搬送するための病院の手配をしつつ、ムジカに語り掛ける。そうして、
「レギの受け入れ先が見付かった。これから病院に向かう」
レギを抱き上げながら言った。けれどそれに対してムジカは、
「医者なんて……俺達みたいのを診てくれるわけないだろ……!」
忌々し気に吐き捨てて。だけどセルゲイは、
「大丈夫。私の知り合いがいる病院だ。今回のことは私の失態だから治療費などのことも心配要らない。すべて私が持つ」
毅然とした態度で告げてみせた。そうしてタクシーを手配し、ムジカ達を伴ってレストランを出る。救急車はあてにならないからタクシーなんだ。
その一方で、僕と悠里と安和は残って食事を続け、セルゲイから預かったカードで会計を済ませた。
レストランを出た僕達は気配を消し、走って病院へと向かう。
五分と掛からず到着すると、病室でレギがベッドに寝かされていた。セルゲイが手配してもらった個室だった。ムジカとヒアとニアナが、所在無げにソファに座っている。
「もう大丈夫だ。今は眠ってるけど、目が覚めたらそのままみんなを保護してもらう」
セルゲイの説明に、僕も、
「分かった。でもよかったよ。取り返しのつかないことにならなくて」
ホッとして応える。
「ああ、まったくだ。こういうことがあるから<完璧>なんてものは所詮は絵空事なんだと実感させられるね」
困ったように微笑むセルゲイに、
「……」
安和が黙って抱きついたのだった。




