私はただの観光客じゃない
僕と悠里と安和は気配を消しているけれど、セルゲイだけはそのままでスラム街を歩く。
<いかにも品のよさそうな外国人観光客>
がスラムに足を踏み入れたことに、その場の空気が一瞬で不穏なものになる。明らかに敵意を込めた視線が向けられたんだ。
しかも、
「金を出しな!!」
道端に座っていた中年男が拳銃を取り出して向けながらセルゲイ目掛けてツカツカと歩いてくる。だけど当然、セルゲイはそんなことでは動じない。
逆にその中年男に向かって歩き、拳銃を奪い取り、セーフティを掛けて自身のジャケットのポケットに押し込み、その上で中年男の手を掴んで軽く力を入れた。
「はぁえええええええ~っっ!!」
瞬間、中年男は何とも言えない悲鳴を上げながらその場に膝を着く。痛みで何もできなくなったんだ。
すると、その場にいた他の人間達も拳銃やナイフを抜いて、
「てめえっ!!」
「なにしやがる!!」
いかにもな声を上げてすごむ。
だけどそれらについては、僕と悠里と安和が、気配を消したまま近付き、次々と拳銃やナイフを奪っていった。
「はあっ!?」
手にしていたそれらが弾かれるようにして宙を舞い、セルゲイの足元に次々と落ちていく様子に、人間達は状況が掴めずに唖然とする。実際は僕達が奪い取ってセルゲイの足元目掛けて投げ寄越しただけなんだけどね。
この場でそれを認識できた人間は、ムジカだけだっただろう。そのムジカさえ、自分と同じ歳くらいの子供と、四歳くらいの子供二人が、ものすごい速さで動いて拳銃やナイフを奪い取っていったことしか分からないだろうけど。
「見ての通り、私はただの観光客じゃない。余計なことはしない方が身のためだよ」
セルゲイは、わずかに笑みは浮かべながらも毅然とした態度でそう告げた。途中、安和が奪おうとして間に合わずに発射された弾丸が、セルゲイが腕を掴んでる中年男の頭に当たりそうになったのを空いている方の手ではたき落としつつ。
吸血鬼の超感覚は、発射された後の弾丸さえ捉えることができるからね。
「ごめん」
銃を奪い損ねたことを、安和が人間には聞き取れない声で詫びるけど、セルゲイはそんな彼女に向かい、
「問題ありません。姫」
笑顔を向けてやっぱり人間には聞き取れない声で応えてくれた。もっとも、安和の姿を認識できていない人間からすると、引き金を引いた人間に対して微笑みかけたように見えただろうけどね。
それが恐ろしかったのか、その人間は腰を抜かしてその場に座り込む。もちろん拳銃は安和が奪ったけど。




