椿の日常 その6
椿は、母親であるアオの言葉に耳を傾けていた。
『ウザいこと言ってる』
的に聞き流すこともない。何しろ、普段から自分の言葉に丁寧に耳を傾けてもらっている実感があるので、それと同じことをしているに過ぎない。
話の内容も、休日の朝からするようなこととも思えなくても、大事な話だというのは分かるし、ちゃんと聞かなくちゃとは思える。
そうして一通り話したアオは、
「おっと、そろそろ寝なくちゃね」
時計を確認して言った。つい話し込んでしまったものの、蒼井家では普通のことなので、誰も気にしない。
「それじゃ僕たちも寝ようかな」
悠里が声を上げると、安和も、
「だね~、おやすみ~」
そう言って寝室に入っていった。
今日はアオが一緒なので、ミハエルはリビングに残った。椿が一人になってしまうからだ。
けれど、
「私は大丈夫だから、お父さんも寝てくれたらいいよ」
椿がミハエルを気遣う。するとミハエルは、
「ありがとう。でも、僕も大丈夫だから」
ミハエルの言ったことは事実である。睡眠は三時間ほどで事足りるので、悠里と安和が起きてきてから寝れば十分なのだ。
そうしてミハエルはコーヒーを淹れ、椿には乳酸飲料を出して、二人でリビングに残る。
そして椿は自主勉強を始めた。
休日の日課になっている、その週に学校で習った範囲の問題集をこなす。
言われなくてもするものの、今日はミハエルがいてくれるので分からないところがあるとすぐに聞けるので助かった。
一時間ほどミハエルに付き添ってもらって勉強を済ませると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい」
椿がインターホンに出ると、
「椿ちゃん、遊ぼう!」
今はクラスは違ってしまっているものの、低学年の頃からの友達の女の子が二人、画面に映っている。
「うん! 分かった。今、鍵開けるね」
そう応えて、インターホン横のボタンを押した後、椿が玄関脇のドアに入っていく。
そこは、本来、ガレージだった場所だった。けれど、蒼井家は誰も自動車の運転をしないので、今は改装されて子供達の<遊び部屋>になっている。シャッター脇のドアは電子ロックになっていて、室内から開けられるのだ。
悠里や安和やミハエルがいるので家には上げない代わりに、そこは好きに使っていいことになっていた。
ただし、ガレージに接した本来は<物置>だったスペースがミハエルの<書斎>になっていて、壁はそれこそただの仕切り程度のものなので気配が筒抜けになり、決して密室にはならないようにもなっている。
子供達のことを信じてはいるものの、それは『放任する』という意味ではなく、万が一何らかの事故があった時にはアオかミハエルが責任を取れるように、管理下に置いているのであった。




