椿の日常 その1
「お母さん、おやすみ」
「あ、もうそんな時間? ちょっとまってて。今日は余裕あるから」
夜の十時前。椿が寝る前の挨拶をすると、アオは書きかけの原稿を保存して仕事部屋から出てきた。
「一緒に寝よ」
「うん♡」
母親の申し出に、椿が相貌を崩す。『寝る』と言ってもアオにとってはこれからが仕事の本番なので本当に寝るわけではないものの、椿が寝付くまで一緒に横になってくれるということだ。
これは、蒼井家の子供達にとっては普通のことだった。最初は月城家で始まったことで、子供達が自ら『もういい』と言い出すまでは、月城家ではさくらかエンディミオンが、蒼井家ではアオかミハエルのどちらかが添い寝をしてくれるのが普通だった。
「お母さん……♡」
「はあい♡」
一緒にベッドに入った椿とアオが、鼻にかかった声でそんなやり取りをしている。椿はもう五年生だけれど、こうやってアオやミハエルに甘える。甘えて、学校などであった<嫌なこと>を解消している。
これは、アオにとっても大切な<ストレス解消法>だった。
「愛してるよ、椿♡」
正直な気持ちを躊躇わず口にする。
すると椿も、
「お母さん、だ~い好き♡」
素直な気持ちを口にしてくれる。
そうやっているうちに、椿が静かになり、やがて、
「すう…すう……」
と寝息を立て始めた。
けれどそこからさらに五分から十分ほど様子を窺って、完全に寝付いたことを確認したところで、
「おやすみ、椿……」
アオは椿の額にキスをして、そっとベッドから出た。
そうして寝室を出ると、
「ごくろうさま。コーヒーの準備ができてるよ」
今度はミハエルがアオを労わってくれる。
その連携が、蒼井家ではしっかりと出来上がっていた。
ちなみに、悠里と安和にも同じことをする。アオの仕事が忙しい時には、ミハエルが代わって。
さらには、アオとミハエルも共にお互いを労ってくれるから、どちらも心穏やかでいられる。
翌日は土曜日。椿の学校も休みである。
けれど椿は、起こされなくても大体いつもの時間には起きてきた。
「おはよう♡」
さすがに以前のように『空が明るくなったら目が覚める』ということまではなくなったものの、それでもいつまでも寝てるのはもったいないと思っている。
だから自然に目が覚めてしまう。
「おはよう」
リビングにいた、ミハエル、悠里、安和が迎えてくれた。
そこに、アオも、
「あ、おはよう、椿」
仕事部屋から姿を現しながら挨拶をしてくれた。
これもまた、蒼井家ではごく普通の光景なのだった。