恵莉花の日常 その4
月城家での<鬼ごっこ>は、基本的にはいつも洸が<鬼>だった。
でないと、決して捕まえられないので。
もっとも、鬼になった洸が本気になれば、逃げ切ることもできないけれど。
でも、恵莉花と秋生が思い切り遊ぶにはそれでちょうどよかった。
本気ではないとはいえ洸の追撃を躱すのは並大抵じゃない。
ちなみに、月城家での特別ルールとして、鬼は、ただ触れるだけではなく、完全に捕らえないと捕まえたことにならないとしている。
それによって、すんでのところで身を捻って躱す技術が身に着いた。
これが活かされたことになる。
けれど、それがまた田上を逆上させる結果となったようだ。
「な!? おま、ふざけんなっ!」
しかし、本来なら、他人の体に許可なく触れようとすること自体が礼を失した行為だというのに、それを拒否されたからといって逆上するというのは、さすがに礼儀も礼節もあったものではないだろう。
『本当にメンドくさい……』
なおも掴みかかろうとする田上の動きをよく見て、恵莉花は身を躱す。
ずっと見てきたから分かるが、洸のそれに比べれば本当に拙い。間合いの取り方も、足の運びも、手を伸ばすタイミングも、てんで出鱈目だ。
次に手を出そうとしているところに対して意識が向きすぎていて完全に読み取れてしまう。
せめてそれをフェイントとして使えればまだしも、それができるだけの余裕もまったく見えない。
さらにはもう息が上がってきている。無駄な動きが多すぎて消耗が激しいのだ。
特別鍛えているわけでもない恵莉花でも、完全にスタミナで勝ててしまう。
女性と男性では基礎体力がまったく違うとは言われるものの、それはあくまで同じように鍛えられていればの話。
洸との鬼ごっこという遊びではあったもののしっかりと体を使ってきた彼女と、幼い頃から体を使う遊びもしてこなかったようなのとでは、勝負にならない。
と、そこに、
「おい! 田上! 何やってる!?」
強い調子で掛けられる声。
恵莉花が、田上への意識は逸らさずにちらりと視線を向けた先にいたのは、がっちりとした体躯に短髪の、いかにもな体育教師だった。生徒指導も兼ねているので、放課後の校内見回りをしていたところ、
『男子生徒が血相を変えて女子生徒に掴みかかろうとしている』
現場に出くわしたのだろう。
これはさすがに言い逃れできない。
しかし田上は、
「あ、センセェ、違うんですよ、これは月城が……!」
と自己弁護を始めようとした。
まったく戸惑うことなく自然とスムーズに言い訳しようというその様子は、本当に手慣れた、完全に身に着いた自然なそれという印象しかない。
自己弁護、自己正当化がタイムラグなしにできるほど、骨の髄まで沁み込んでいるのだろう。
もはや感心さえさせられるレベルだ。
とは言え、それは教師には通じず、
「言い訳するな! 男らしくない!」
などと余計に叱責されただけなのだった。




