自分に出せるすべての力を
『今だ! いきんで!! 思いっきり…っ!!』
セルゲイの指示に、アオはいきんだ。恐らくそれまでの人生でここまでいきんだことはなかったはずだった。
全身全霊、自分に出せるすべての力を振り絞っただろう。
そして意識が遠のきそうになった瞬間、ずるりん!という感じで自分の中から何かが出ていくのを悟る。
『……終わった……?』
それまでの苦しみが嘘のように去り、けれど本当にもう精も根も尽き果てて、今、自分が起きているのかそれとも夢でも見ているのか分からない中で、
「アオ、頑張ったね…! ありがとう……」
目を潤ませたミハエルが手を握りながら自分を見ているのが分かった。
さらに、
「やああ、やああぁ!」
子犬なのか子猫なのか分からない<何か>の鳴き声。
「おめでとう、アオ。元気な男の子だよ」
セルゲイの手に収まり、血や謎の粘液に塗れ、大きな口を開けて顔をくしゃくしゃにして手足をばたつかせながら泣いている<それ>を見て、ようやく、
『生まれた……? 生まれたんだ……!』
実感が噴き上がるようにして湧いてきた。
「赤ちゃん…! 私の……!」
声を詰まらせるアオの目から、涙がボロボロと溢れる。
『来てくれた……私とミハエルのところに来てくれた……来てくれたんだ……
……ありがとう……ありがとう……』
もう声にならず、「えぐっ、えぐっ!」としゃくりあげながら、セルゲイが胸に置いてくれた赤ん坊にそっと触れた。
『あたたかい……柔らかい……
生きてる……生きてるよぅ……』
こんなに小さいのに、こんなに頼りなげなのに、確かにそこには<命>があった。
両親からは『失敗作』と罵られ、兄からは『ゴミ』と蔑まれ、
『自分は生まれてきてはいけなかったんだ……』
と何度も思った、自ら命を絶つことも考えた自分がこうして、新しい命をこの世に送り出すことができた。
その機会が与えてもらえた。
それがもう嬉しくてたまらなくて、涙が止まらない。
「ミ゛ハ゛エ゛ル゛ぅぅ~……!」
涙と鼻水と汗でぐっちゃぐちゃになった顔で、アオはミハエルを見た。たぶん、生涯で一番<ブサイク>で、そして生涯で一番<美しい>貌だっただろう。
少し冷静になってくると、自分が今、とんでもなくヒドイ顔になってるであろうことに気付いて、
「ごべんね~、こんなブッサイクな奥さんでごべんね~……!」
と声を上げてまた泣いた。
けれどミハエルは、
「何言ってるのさ。僕の奥さんは世界一美しい奥さんだよ。それとも、僕の選択が間違ってるって言うの……?」
ちょっと悪戯っぽく微笑いながら、ミハエル自身も涙声で言ったのだった」




