ぶっとばしたい
今回の一件で、冠井迅の父親は、
「こんなふざけた学校には用はない! こんな学校を野放しにしてるような教育委員会が管理してる地域に用はない!」
と言って、家族揃って引越しし、冠井迅も当然、転校することになった。
迅自身は椿と離れ離れになるのは嫌だったが、父親はそんな息子の意向には一切配慮することはなかった。
こうして、冠井迅の淡く一方的な<恋心>はまともに芽生えることもないままに磨り潰され消え去ることとなったわけである。
もっとも、そんな恋心など向けられる方は迷惑千万というものだろうが。
『初恋が実ることはない』
と言われるのは、結局、こうして相手の気持ちなどお構いなしの一方的なものであることが多いからかもしれない。
冠井迅が転校したことで学校側と冠井家側の軋轢は、ますます、蒼井家、いや桐佐目家からは遠くなり、まったく関わりのない問題となってしまった。
「やれやれ、一体、何事だったのかねえ」
さくらを迎えて仕事の打ち合わせをしながらアオが肩を竦める。
教師からは事態の経過について何度も丁寧に説明してもらったものの、正直、内心では先方の対応に呆れながら聞いていただけだった。
教師が訪れている間、当然、ミハエルと悠里と安和は気配を消し、隣の部屋でその話に耳を傾けていた。
「椿に怪我をさせるとか、ふざけんな! ぶっとばす!!」
と安和はエキサイトするものの、それをミハエルが抱き締めてなだめる。
「だめだよ、安和。それはゲリラ達の考えと同じだ。学校がちゃんと対応してくれてるし、実際、被害は止まってる。今は推移を見守る時だ」
穏やかにそう言う父親にそっと頭を撫でられてると、安和の気持ちも不思議と納まってくる。彼女も頭では分かっているからだろう。でも感情までは納得できない。そしてその感情については、アオやミハエルが受け止めてくれる。
それに、安和自身、本気で『ぶっとばす』つもりはない。ダンピールである自分が小学生の男子をぶっとばせば、それはただの<一方的な暴力>でしかないことは分かっているから。
でも、そうしてやりたい気分にはなること自体を止めることはできない。アオもミハエルもそれは分かってくれている。
だからこそ安和も、ついつい『ぶっとばしたい』と思ってしまう自分自身と向き合うことができた。これがただただ頭ごなしに、
『他人をぶっとばしたいとか思うのは良くないことだから我慢しろ!』
とか言われたのであったらきっとストレスになってしまっていた。
そんな風に思ってしまうのは止めようがない。だからその上で自分の感情をどう制御すればいいのかを、アオとミハエルは教えてくれる。
そこが、冠井家との決定的な違いなのだった。




