奇跡2
軽井沢病院の1階にある受付を兼ねたロビーに、
バンドメンバーたちは腰かけながら、
紀子や薫が顔を出すのを今か今かと待ちわびていた。
現場の状況を目の当たりにして、
診断の結果はよくないものと、
居合わせた誰もが想像していた。
そこで実が薫の姿を見つけて、
いち早く駆け寄って声をかけた。
「お母さん2人はどうなんですか」
薫はみんなの表情が青ざめているのを確認すると、
ひときわ明るい表情で語りはじめた。
「それが2人とも奇跡的にダメージが少ないそうよ。
夕子は脳挫傷だけど、
程度は軽いもので、手術をしないで済んだの。
あとは薬を飲みながら様子を見ていきましょう、
ということになったの。
副作用さえ気をつければ、
2人とも手脚の骨折や
地面にたたきつけられた時にできた
擦り傷が治れば大丈夫です、と言われたわ」
実の表情からみるみる血の気が蘇ってきて、
「本当ですか、手術をしなくてよかったんですか?
脳挫傷は手術するとあとが大変だと聞いていたので、
とても心配していました。後遺症がないことを祈るだけです」
洋子も黙っていられなかった、
「大介はどうなんですか?」
紀子も明るく、
「洋子さん、大丈夫よ。
大介もCTなどで検査したけど、
脳には異常は見られなかったって。
ただ、右手右脚をギプスで固定するから、
しばらくは生活が大変だそうよ。
看護師さんたちに託すしかないわ」
説子も嬉しそうに声を一段と張り上げて、
「また、みんなで音楽ができるなら本当にうれしい。
2人が1日も早く元気になるように私もできるだけ応援します」
紀子はみんなの笑顔を確かめながら、
「2人はこれから1週間集中治療室で経過を見るそうよ。
だからあなたたちは今から東京に帰りなさい。
面会ができるようになったらすぐに知らせるから、
少し遠いけど、またお見舞いに来てくれる」
薫も口を挟むように、
「そうよ、夏休みの課題だってあるでしょう。
この期間で片づけてしまってから
お見舞いに来て頂戴。
その方が2人ともきっと喜ぶはずよ」
「はい、わかりました」と一同が大きく声を揃えた。
その日、午後の新幹線の切符が取れたので、
実たち一行は夜になると東京に到着していた。
あれだけ大きな交通事故に遭遇していたにもかかわらず、
メンバーたちの心の中は平常心に戻っていた。
それぞれ大きなバッグを背負いながら、
一歩また一歩、しっかりとした足取りで、
都会の雑踏に吸い込まれていった。