奇跡1
事故の翌日、大介とユキチを担当した救急医療チームの外科部長である大門医師から桐原紀子と福沢薫
は呼ばれていた。
2人は約束の11時前に到着していたが、これから先のことを考えると不安でいっぱいであった。しかし、一命を取り留めたことにお互い安どの色を隠せなかった。診察室の扉が開いて名前を呼ばれることは、なかなかなかった。
しばらく2人は黙ったまま、お互いかける言葉が見つからなかったが、扉が開いて、
「桐原さん、福沢さんどうぞ」と、
50代ぐらいの白髪交じりの医師が招き入れた。
中に入ると、大きな机の隣に診察用の簡易ベットが置かれ、その脇に丸い椅子が2つ用意されていた。
紀子と薫が腰かけると、少し間をおいて大門医師がしゃべり始めた。
「まず、お2人に言っておきたいことは、4トントラックにノーブレーキでぶつけられた割には2人とも深刻なぶつかり方はしていませんでした。
現場では血がかなり広がったということですが、頭に直接当たった衝撃ではなく、バンパーに当たって腕と脚が切られて血が広がった、と見た方がいいでしょう。
2人の脳をCTとMRIで検査したところ、大介さんはほとんど損傷を受けていませんでした。
夕子さんの方は軽い脳挫傷が見受けられますが、手術するほどのことがないとわかり、翌日手術を回避いたしました。
2人とも手と脚に骨折がありますが、粉砕骨折とか複雑骨折というものではないことがわかり、ギブスで固定すれば完治する程度であり、歩行に関しても心配はいらないのではないか、と診断いたします。
ただ2人とも右手右脚にギブスをする以上生活するのに非常に困難なものになると思われます。
地面にたたきつけられた時の衝撃での切り傷がかなり見受けられますが、傷跡がなるべく残らないような治療をしているので、特に夕子さんは心配がいらないと思っていただいてもよろしいかと思われます。
そして福沢夕子さんの脳挫傷に関して点滴治療、脳圧下降剤の使用、気管内挿管による呼吸管理などをしていきます。また、止血剤や抗浮腫薬、抗痙攣薬なども投与しながら様子を見ていきたいと考えています。
脳挫傷は、言語能力、記憶力、注意力、物事を順序だてて実行する力や人格や行動などに障害を受けることがありますが、彼女の場合は様子を見てから対処していきたいと考えています。
しかし、意識を回復した時は表情もしっかりとしていて、ダメージはあまり心配はいらないのではないか、と思われます。
当分は車いすの生活になり、傷の治り具合や骨折の経過をしっかり見ながら東京の病院へ転院も考えていきましょう」
薫がとっさに口を開いて、
「娘は歌をうたうのですが、大丈夫でしょうか?」
大門はそれについて、
「言語障害、記憶障害は少なからず後遺症として残るケースがよくあります。ただ、今回の脳挫傷は点滴治療や脳圧下降剤で様子を見ていけば、かなり回復していくと思われます。あとは本人に努力してもらわないといけないかもしれません」
紀子も矢継ぎ早に、
「うちの息子の場合はどうでしょうか?」
「桐原さんの息子さんについては、骨折が数か所あり詳しくはレントゲン写真を見ながら手術をするか、あるいはギブスの固定だけで大丈夫か、判断します。
2人とも最低1週間は集中治療室での治療になりますので、面会は一般病棟に移ってからになりますのでご了承ください」
2人とも医師の話に安心したのか?
「本当に良かった」と声を合わせた。