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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第九話 本部会議・中


「以上でお願いします」


 茜は店員に言って、メニューを閉じた。

 ここは、本部からの帰り道の途中駅から程ない距離にある、パンケーキ屋。

 大きなショッピングモールに入居していて、平日ながらも席の殆どは人で埋まっている。


「急に茜に連れられたから、何されるか怖かったよ」


「別に何もしていない人には、何もしないわよ」


 それもそうだよねと、光は答える。店内の内装は緑を基調としており、机と机を隔てる壁の上には、観葉植物が茂っている。


「茜はこの店によく来るの?」


 光が、天井に取り付けられている空調用のプロペラを一瞥してから言う。


「ええ。一人の時は行かない時もあるけど」


「ふうん」


 周囲は、カジュアルな服装の大学生の姿が目立った。茜と光は、制服姿であったためか、時より周囲の視線を感じる。


「やっぱ、正装じゃない方が良かったんじゃないかな?」


「うっ」


 茜は、今朝の発言を悔いた。

 十分も経たぬうちに、お洒落な服を纏った女性が、注文した料理を運んできてくれた。


 茜が注文したのは、生クリームと、ブルーベリーやストロベリーの乗ったパンケーキ。光が注文したのは目玉焼きとベーコン、ソーセージに付け合せのサラダが付いたパンケーキだった。


「いただきます」


 光は律儀に両手を合わせて言った。茜は、口元で小さく呟く程度だった。

 ナイフを手に取り、一口サイズに切り取って、口元へ運ぶ。

 光は感嘆の声を漏らして、明るい顔をした。普段料理をしている人なら、分析とかをする顔になるかと思っていた茜には、意外であった。

 口へと運んだパンケーキは、厚みがあり、柔らかい。そして、生地のほのかな甘味の後に、ブルーベリーの酸味が刺激する。そして、生クリームの甘さが、それらを包み込むようにして、口元に溶けてった。


「本部の帰りに寄っているってことは、咲も知ってたのかな?」


「いや、ここに連れてきたことのあるのは蓮と、光だけだよ。咲と一緒に本部に呼ばれたことは無いから」


「じゃあ、一段落ついたら、蓮と咲も連れて来よっか」


 光は、どうやらこの店が気に入ったようだった。

 再び、光は食事に没頭したため、特に会話も無く、二人は食べ終えた。

 美味しいことには変わりはなかったが、焼き付くような印象は湧かなかった。


 二人は店を出た。平日のランチだと、値段が千円を切るので財布にも優しい。


「しっかし広いもんだね。まるで市場をそのまま屋内に入れたみたいだ」


 レジを出た先で、ショッピングモールの大廊下を、左右に見渡して光は言う。光は透明な柵へ小走りで向かって、吹き抜けで一階までの大廊下を眺める。その姿は、好奇心溢れる小学生のようだった。


「そんなに珍しい?」


 茜は光の近くまで歩いてから言った。


「ああ。珍しいっていうか、懐かしいかな。向こうの世界では、こんななんでもない日にこんなに人は集まらないから」


「向こうの‥‥‥世界?」


「そう。彼らが住む世界」


「彼らってイn‥‥‥」


 口を光の手に塞がれた。通り過ぎる人のうち、数個の視線が向けられる。


「口が滑っちゃったや。詳しくは、基地で話すよ」


 耳元で、光は囁いた。暗殺者とも言える手付きと佇むに、背筋がゾッとした。

 光は口からそっと手を離す。時間が一瞬、止まったようだった。


「えーっと‥‥‥」


 光は何かを探すように周囲を見渡す。


「あ、あった」


 光は何かを目に留め、その方向へ駆けていった。


「ちょ、どこ行く気よ!」


 茜は光を追いかける。光はエスカレーターを登り、一つ上の階へ行く。一つ上の階は、若年層向けの階で、雑貨屋や若者向けの服屋、他にはゲームセンターがある。因みにパンケーキ屋は、飲食店街でくくられていた。


 光はとある店の前に立ち止まった。その店は、甘いものを中心として販売している店で、透明な陳列棚の中に商品とその値段が展示されていた。和菓子と洋菓子両方が、取り扱われていた。陳列棚の先には店員がおり、棚の上にレジが置いてあって、そこで会計を済ませる形だ。


「金平糖を一キロ分下さい」


 光は、黒の財布を取り出し、金平糖を指さして言う。他の商品に目を向ける気はさらさら無かった。百グラム辺り、税込み二百円。

 光は、袋に入れられた金平糖をテープで閉じられた部分を握るようにして受け取った。白、薄紅、黃、緑、紫の星屑が袋の中に収まっていた。そして、砂糖一キロ分の重さがどっしりと加わる。

 光は表情一つも変えず、金平糖を左手に握ってぶら下げた。


「急に走り出して‥‥‥、何買ったの?」


 息を切らせた茜が言う。


「金平糖。咲へのお土産」


「咲に? そんな大量の?」


「うん。頼まれてたし。昔っから甘いものが大好きだったからね」


 茜は知らなかった。咲は、茜と蓮の生活のスタイルに、文句一つも言わなかった。食に関しても同じで、彼女が口を出す、いや、食べたいものを口にして言ったことは見たことがなかった。茜は、形の無い罪悪感に襲われた。それは年上として、隊長として、気配りが足りていなかったのではないかと。

 


 少し西に傾いた日差しが、空虚な電車の中に差し込んでいた。

 茜の隣には、光が壁にもたれ掛かって、口を眠っていた。列車の端っこの席は、背後に窓もなく、肩側は壁で、寝るのを遮る要素は無かった。


(幾ら何でも無防備すぎるわよ)


 安らかな寝顔は、数多の戦場を駆け巡った者とは全く想像が付かなかった。

 少し前、咲へ光について聞いた時の話を思い出す。


「光について‥‥‥ですか。ん~、なんて言えば良いんでしょうかね」


 咲は少し照れくさそうな表情をしていた。彼女の頬は薄っすら赤くなっている。


「とにかく、ギャップの大きい人でしたよ。同じぐらいの女の子のように可愛い時もあれば、少し年が離れて、わたしより数歩先に居るような大人のような顔をする時もあるんです。

 後者の時、光は何か遠くを見ているような目をするんです。わたしをも置き去りにして‥‥‥。わたしには、光に何が見えているのかはわかりません。

 けれど、そのせいか光がわたしと同い年のような人に戻った時が、とっても、愛おしいんです」


 咲は、目線を上下に向けを思い浮かべていた。


「何かわたし、変ですよね‥‥‥」


 咲の潤んだ目から、雫が流れた。

 その後、咲に一人にして欲しいと言われ、話は途切れた。自分の好奇心故に、気を悪くした。茜はそう思っていた。

 それに、過去の戦闘記録を見ても、光から、咲が言う可愛さ。というものがわからなかった。けれど、咲の言葉が今は、少し分かる気がした。


 乾いたシャッター音が、車内に響く。乗り合わせている人は居ないから、視線だって感じない。茜のスマホに、光の寝顔写真が保存される。光が起きる気配はさっぱりなかった。



 北桜ヶ丘駅で、電車は折り返す。古い木造の待合室があり、複線をホームが挟む。周りは瓦礫の荒野が広がっていた。日は西に傾いてはいるものの、まだ空は青かった。

 電車から降りると、質感を持った湿気と、地面から反射される熱が体を襲った。二両編成の列車は光と茜が降りた直後に、桜ヶ丘中心部へ折り返していった。

 

 反対方向を見れば、有刺鉄線の柵が壁を作っているのがわかる。看板には、『危険。これより先、立入禁止区域』と、赤文字で書いてある。

 遠くからは、カラスの鳴き声が聞こえる。その声は、無人の荒野へと、虚ろにこだました。


 茜と光は、戦闘体へと換装する。ワイシャツにネクタイ。その上には赤く分厚いジャケットを羽織った衣装で、ジャケットのボタンは胸元ほどまで留められていて、長袖だった。

 下は黒に赤の横ラインが裾に付いた折り目付きのスカート。茜は革靴にハイソックスを、光は革靴にくるぶしソックスを履いていた。


「ほーう。これが螢田隊戦闘服」


  胸元には、桜の花と、その上に、剣と狙撃銃が花の中心でクロスするようなエンブレムがプリントされていた。

 光が、待合室の窓に反射して映る自分をみて、袖や、スカートの状態を確かめる。

 脳みそが茹だるような暑さの中、生身の上に着たら、汗が止まらないであろう。しかし、換装体は、周囲の温度状況を、データでは獲得するが、体への干渉は無い。故に、例えこの季節に厚着をしても、換装体であれば何ら問題は無いのだ。



「じゃ、さっき伝えた通りに」


「オーケー」


 茜は、桜ヶ丘を出て、列車が乗組員を除き誰も居なくなった時に、寝ている光を起こして、定時哨戒についての旨を伝えた。

 定時哨戒は、北桜ヶ丘駅を起点とし、二手に別れて東西へと向かい、敵を探索する。そして、敵の数次第で、迎撃、もしくは合流後の撃破かを決める。

 桜ヶ丘地区は仮設住宅が注意区域に非常に近いため、撤退、敗北は許されていなかった。

 それに、幸いにも、茜、蓮の二人で対処しきれないほどの敵勢は先日以外では発生していなかった。


 光は東へ、茜は西へと向かう。哨戒幅は、三十キロメートルにも及ぶ。到底生身の体では、できる距離ではない。


『定位置に付いたよ~。どっちに向かえばいいかな?』


 蓮の声が、通信越しに伝わる。


『螢田先輩の方に付いて行って下さい。光なら、一人でも大丈夫です』


『光ちゃんも普通のを使っているんでしょ~? 本当に良いの~?』


『はい。最悪光に大群が押し寄せても、二人が駆けつけられる時間は稼げるはずです』


『ま、最悪あっちを使うから問題ないよ』


『そう。わかったわ。茜ちゃんの方に行くわね』


 中心部哨戒前線後方数キロに、南雲蓮は居る。主な役目は、前衛の支援射撃。蓮は茜が担当する哨戒前線と平行に、建物の屋根を伝って駆けていく。


『咲、さっき発見した敵の種別はわかる?』


 光が咲に通信越しに言う。光のレジスタには『向こうの世界』で行われた近代化改修が施されてある。レーダーも、その一つであった。

 しかし、エナジーの量を解析するのは脳のリソースを多く割くため、現場の隊員は行わない。逆に言えば、それを観測するためにオペレーターとして咲は存在している。


『スコーピオンが四体、残り二体が‥‥‥、今までにない反応。でも、エナジーの量は、スコーピオンとほぼ同等』


『じゃあ、物理スキャンで形だけ送って』


『位置がバレるけど、いいの?』


『いいよ、他に敵は居ない上、相手が隠れてレーダー持ってたら、もう見つかってるんだし』


『了解。パルス発射!』


 物理スキャンは、エナジー以外を透過するパルスを周囲に発し、相手の形を計測するものである。しかし、円状、また、レーダーで簡単に逆探が行えるため、撃てばまず、自分の位置が明確に相手に知られるデメリットが有る。


『どう?』


『スキャン完了。見たほうが早いと思うから、直接データで渡すよ』


 百聞は一見にしかず。ということだ。

 三次元CGで、スキャンした敵性反応対象の輪郭が脳内に映し出される。

 二足歩行で、膝の関節は人間と逆方向に折れている。背は二メートルほどで、中央には口のようなものがあり、矢のような細い棒を咥えている。口の左右からは昆虫の足にようなものが二本生えていて、矢を左右から抑えている。そして、口の上には一つの丸い目があった。


『ああ。こいつね』


 光はそれがどんな攻撃手段を用いるのかを理解していた。『向こうの世界』で見たことがあるからだ。口から矢のようなモノを勢いよく飛ばして攻撃する。対人用のエナジーで作られた傀儡、コードネームは、『サジタリウス』。

 その矢の攻撃力は、集中させたシールドでも、本人のエナジー素養が低ければ、いともたやすく割られる程である。


「目標視認」


 光の視界に、敵が映る。サソリの形をした『スコーピオン』、口に矢を咥えた『サジタリウス』だ。

 サジタリウスの威嚇射撃が始まる。矢の初速は早いものの、少し距離を取れば簡単に見切れる速さであった。


「省エナジー型か」


 斜めのラインで機動し、サジタリウスの矢を躱していく。省エナジーとは言っても、瓦礫の荒野と矢が衝突すれば、周囲の瓦礫が吹き飛び、地面が露出する威力は持ち合わせている。油断はできない。


「まずは前衛から」


 光はジャンプ台を生成、それを蹴り、サジタリウスの前に展開する一体のスコーピオンへ弾丸の速さで距離を詰める。背後に居るサジタリウスは前方のスコーピオンが壁となり、援護射撃ができなくなる。

 光という弾丸は、一体のスコーピオン、また、その延長線上にあるサジタリウスを一瞬にして左右真っ二つにした。光は両手に何かを握っているが、見せないように細工を施してある。

 左から放たれる矢を右に駆けて躱し、二秒も経たないうちに他のスコーピオンへと接近。スコーピオンは、光の拳に依る攻撃で先程のスコーピオンとサジタリウスが撃破されたと、分析した。

 スコーピオンは正面からの攻撃を防ぐべく、正面からのラインで刃を振る。


「はずれ」


光は右へ一歩移動して刃を躱し、スコーピオンの目をその刃の甲羅ごと真っ二つにした。スコーピオンが撃破され、傷口から出される煙を潜ってサジタリウスの矢が光を襲う。

 光はシールドを集中させて矢を受け止める。矢はシールドにめり込んでおり、シールドには深いヒビが入っていた。


「後ろか」


 後方を振り向くと同時に不可視の刃を振り上げる。背後に居たのは攻撃態勢のスコーピオン。しかし、目を破壊され、刃を振り上げたまま動作を停止していた。

 残りはスコーピオン一体と、サジタリウス一体。それぞれの位置と、光の位置を線で結ぶと、光の位置で垂直に交わるような位置取りだった。


 光の換装体にデジタル的な、横ラインを描くようなノイズが走る。光の体の輪郭が少しぼやける。


「──‥‥‥──」


 光は、異国の言語で詠唱を小さな声で行った。

 直後、一瞬にしてスコーピオンの体が真っ二つになっている。光は斬られたスコーピオンと直上に移動していた。

 サジタリウスの矢を躱してから、サジタリウスへと新しく生成したジャンプ台を蹴って、サジタリウスを一閃した。


「よし、戦闘終了っと」


 光は両手を叩いて埃を払うような仕草をした。

 日が傾き、光の影は本体の数倍にも伸びている。空は西の方角がほんのり橙色に染まっている。


『データは取れた?』


『ばっちり。後で本部に転送する必要があるかな』


『ま、そのへんは咲や茜に任せるわ』


『げ』


 咲が面倒くさがっているような声が通信越しに、耳に伝わる。


『西地区、接敵なし。そっちは?』


 茜の声が聞こえる。

 光は、レーダーを確認する。敵性反応は無い。


『こっちも片付いたっぽい』


『じゃあ、基地集合で。お疲れ様』


 茜の声を聞いて、光は一息ついた。


(明日に備えなくちゃ)


 光は、北の方角を見る。映るのは、果てしない歪な地平線。人の営みの形跡は、一切残っていない。それは、どこまでも意識を吸い込んでいきそうな景色だった。


(もし私が、あの日、向こうの世界へと飛ばされなければ──)


 より多くの人を救えたかもしれない。彼女の心は悔しさとやるせない気持ちでいっぱいになる。隊員の数も大きく減っていた。きっと、多くの人が戦場で‥‥‥


『光、あんまり自分を責めちゃだめだよ』


『!』


 咲の声を聞いて、我に返る。咲には結局の所何もかもがお見通しだった。


『明日から、全力で頑張ろう。だから、今日は、帰ろう』


 咲の言葉が、光の心に響く。


『うん』


 光は小さい声で答え、瓦礫の地平線を背に向けた。


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