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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第七話 実力


白く殺風景な、立方体の広い部屋。

茜はその部屋の中央に立っている。赤い衣装から、戦闘体であることが伺える。


『──!』


電子的なホイッスルが、大きく鳴り響く。直後、数体のスコーピオンが、空間から湧き上がる。

 茜が両腕を握ると、その部分を持ち手に、二対の剣が生成される。黄色く半透明なブレードである。


 茜は地面を強く蹴り、一体のスコーピオンへと距離を詰める。

 スコーピオンは素早くブレードの付いた片手を振り下ろす。茜はそれを反対側へ回り込んで回避する。

 そして、小さい片方の短剣を振り、節と節の間を真っ二つにして、スコーピオンの前足の片方を無力化する。


 スコーピオンはもう片方の前足のブレードで、茜へ切りかかる。

 茜は小さくジャンプして、それを躱す。そして、右手の短剣で目の部分を真っ二つに割った。斬られたスコーピオンは力が抜け、その場で姿勢が崩れた。


 茜は空中で体をくるりと回し、反対方向を見る。正面五メートル先ぐらいの距離に、別のスコーピオンが見える。


跳板(ホッパー)


 茜は自分の背に、青い半透明の円盤を生成する。振り向いた際に生じたエネルギーに流され、茜の体は後方へと移動している。

 そして、青い円盤と茜の背が接触した時、物凄い力で反作用の力が生じる。残像が一直線の軌跡を微かに映した。

 二体目のスコーピオンがこの時、目を真っ二つに割られ、動きを止める。


 着地した時、そのエネルギーを足で真下に加え、真上に高く跳躍する。後ろ四十五度ぐらいを振り向くと、最後のスコーピオンが発見できた。

 最高点に達し、体は降下を始める。


爆裂弾バレット・エクスプロージョン


 茜の周囲に黄色く小さな球体が、十数個湧き出る。

 茜の手信号で、それは一気にスコーピオンへと飛翔する。

 球体は全て、何かと衝突した時に爆発した。しかし、急所がやられていないため、スコーピオンはまだ動作を続ける。


 瞬間、薄い煙の隙間を縫って、茜がスコーピオンの目を真っ二つに斬った。

 茜は、出力していた剣を消し。息を吐いた。


『仮想戦闘訓練終了。お疲れ様でした』


 無機質な機械音声が、上下左右白で覆われた、殺風景な立方体の空間に響く。

 さっき倒したスコーピオンは、どこかへテレポートしたかのように、消えていった。


 扉の開く音が聞こえる。茜はそっちの方を向いた。


「戦闘直後に訓練なんて、偉いね」


 光の姿が、扉の方に見える。

 光は、足音を空間に響かせ、茜へと近付く。


「別に、大したことじゃないわよ。で、何かあったの?」


「ほい。咲が渡して来いだってさ」


 光は、手に持っていた指令書を、茜に見せる。


「藍原光を連れて本部へと来ること‥‥‥」


「今日の戦闘早速が漏れたみたいで」


 茜は、指令書を両手で受け取る。


「でも、別に光が行けばいいじゃない」


「やだよ」


 迷いのない否定に、茜は唖然とする。


「私、本部嫌いだから」


 さらっとした口調で続けた。


「でも、命令は命令でしょ?」


「螢田隊に対するね。私は、本部所属の隊員でも隊所属でも無いから、命令系統的にできないのよ」


「面倒くさいわね‥‥‥」


 茜は雑に指令書を折って、ジャケットのポッケに指令書を仕舞う。その時、茜は光が、誰かの命令で動いているのを思い出した。昨日の風呂での話だ。


「そういえば光、昨日誰かの命令で来たって言ってたような」


「うん。口頭で。指令書は出ていないから、公式ではないよ」


「じゃ、そういうことで」と言って、光は出口の方向へと歩き出す。


「ちょっと待って」


 茜が、光を呼び止める。光は茜の方へ顔を向ける。


「光さ、普通のレジスタは持ってるの?」


 レジスタとは、戦闘体を生成する装置のようなものである。

 コンセプトは、『魔術師に成れない人を魔術師にする』。


「持ってるよ」


 光は答える。


「じゃあ、私と模擬戦しない?」


 光は、茜の瞳を見つめていた。


「‥‥‥茜が勝ったら、本部に来いと?」


「そういうこと」


 茜は半分嘘をついた。本当は、一度戦ってみたかっただけだ。光は茜にとって、命の恩人であり”憧れの人”であることには変わりない。

 だから、自分の実力が、どれだけ通用するのか、試してみたかった。それに、光と手合わせするのは、入隊してからの小さな夢でもあった。


「ふーん。私も、今のレベルは知っておきたいし、いいよ。相手になってあげる」


 負ける気はないけど、そんな勢いの言葉だった。

 光の衣装が、黒セーラから、赤いジャージ、赤の半ズボン。ジャージの真ん中のチャックは空いていて、黒いTシャツが見える。

 その姿は、茜が光の剣術を参考する時に、一番見たことのある姿だった。隊名は、『五十嵐隊』。背と顔だけが大人びたが、滲み出るオーラは変わっていなかった。


「案外簡単に乗ってくれるのね」


「そりゃ、模擬戦は楽しいからね。それに、茜に負ける気はしないし」


「言ってくれるじゃないの」


 茜は、光の自信の根源は、二つあると推測した。一つ目は純粋な年季の差。二つ目は、茜はⅡ種隊員、光はⅠ種隊員というところだ。

 実際、光の自信の根源は不明である。茜が推測するような具体的なものではなかった。しかし、光は、模擬戦の『今』を楽しんでいることは、確かだった。


『仮想戦闘──開始』


跳板(ホッパー)


 茜は足元に生成した青い円盤を蹴り、風を切る勢いで光との距離を詰める。茜の両手には、それぞれ黄色く光る剣が一本ずつあった。

 光は、茜に対して拳を浮かべる。茜は、光の行動の意図が読み取れなかった。


 先手必勝。茜は円盤を蹴った勢いのまま、光へ剣を振りかざす。

 しかし、茜の剣は受け止められた。光の拳と、茜の剣には、茜の剣一本分ぐらいの隙間があった。まるで、光が見えない剣で受太刀したかのように。


 茜は、拮抗している力を流し、次の一撃を繰り出す。それは空中に火花を散らしただけで、光に命中させることはできなかった。

 茜は、二つの剣を使い、光を追い詰めんと切り続ける。しかし、光はそれを全て、躱し、受け止め、弾く。


 茜は、光は透明の剣を握っていると推察した。そして、その刃渡りは、自分が握っている剣と然程変わらないと考えた。

 繰り返し、素早く剣を振り、光を肉薄しようとする。何度も何度も斬っては、呆気なく弾き返される。


 ある一振り、一際大きい金属音が部屋を響かせる。茜の縦に振った剣を、光は横に受け止めている。

 光はそこから茜の剣を伝うようにして、茜を斬る。茜は縦に抑えた剣を重心にし、空中へ前転する。

 直後光の手元から数発の青い弾が、茜へ飛翔する。直径十センチ程の球体だった。


 数発の弾は、茜の背後と正面に綺麗に曲がって分かれる。『操作弾』。軌道を自分で設定する必要があるため、扱いは難しい。


(シールド)


 背面と正面に、黄色い半透明な円盤を張って、防御する。


(‥‥‥!)


 シールドと接触した操作弾は、爆発した。

 爆煙の隙間から、光の姿を窺う。しかし、姿は無かった。茜は、剣を構え、右下を警戒する。

 茜の読みどおり、光は右から姿勢を低くして、距離を詰め、姿を現した。光の奇襲の剣は、茜の剣に受け止められる。


「やるね」


「その動きは、記録(ログ)で何度も見た」


 左側から、放物線を描く青い弾道が見える。しかし、そちらの防御に集中できるほどのリソースを割かせないよう、光は素早く、透明な剣で攻撃する。

 火花が数十回も散った。きっと初見だったら、捌ききれないだろうと、茜は心の中で思った。


 放物線を描いていた青い弾が到着する。茜はシールドで身を守る。不思議なことに、一撃も茜のシールドと接触しなかった。

 しかし、地面に着弾した弾は、爆発音を上げ、白い煙を作る。


 視界が見にくくなり、それに従って、光の透明な剣の間合いが読みにくくなる。 

再び、茜と光の剣が垂直に交わる。


 瞬間、重い衝撃が正面から伝わる。

 茜は数メートル後方に吹き飛ばされる。


(あれは衝撃加速(ブースター)‥‥‥!?)

 

 本来、この剣には付けられない補助装置である。茜は、光がこの組織に属していた時と、ほぼ同じの装備だった。

 そして、光の衣装が、記録で見た時と同じであることから、装備も同じであると考えていた。


 茜が吹き飛ばされる中、光は大きく透明の剣を振る。一瞬だけ、青い閃光が見えた。剣の型を取っている閃光が。

 光の腕の動きから、茜は剣の通り道を予測して、シールドを張る。しかし、光の剣は複雑に方向を変えており、茜のシールドをすり抜けて、茜の心臓部を貫いていた。

 呆気なく、茜は敗れた。


 電子的なホイッスル音が、空間に響く。それを合図に、生成されていた剣が消え、茜の心臓部の傷も無くなる。

 戦闘体も、崩壊していない。


「私の勝ち」


 光は小さく微笑んで言った。そして、出口へと向かっていく。

 その背中は、近いようで、手の届かないほど遠かった。



『模擬戦だなんて気紛れにしては珍しいじゃねえか』


 マカの声が光に届く。


「別に嫌いなものじゃないしね。弱い相手でもなかったし」


『そうか? ただの雑魚にしか、俺には見えなかったが』


 それは、早合点しすぎだよ。と呟いた。


「近距離の間合い限定でいえば、かなり強いよ」


『押し込まれても無いのにか?』


「ああ。確かに、決定打を作る能力は欠けているかもしれない。けど、それ以上に、押し込みにくい剣術だった。多分武術でも結構やってたんじゃないのかな?」


『本当か? お前の目が悪くなっただけじゃないのか?』


 それはないでしょ。と、呟いて、基地のリビングへ続くドアをくぐる。

 デスクに座っている咲が、直ぐに光の方を向いた。


「あ、あの後、白井さんからも来てたよ。本部に来いって」

 

 咲の言葉に、光は肩を落とす。


「気持ちはわかるよ。でも、どうやら本人抜きで、話がデッドヒートしちゃってるみたいでさ」


 やれやれ、といった顔で、咲は言った。


「私一人で、そこまで揉める程でもないんじゃないの?」


「光が居た頃はね」


 光の心に引っかかるような言葉を、咲は発した。


「今は、光一人でひっくり返せちゃうの」


「ちょっと前の大侵攻で、一気に死んじゃったからね~」


 ソファーの上で、針を持って編み物をしている蓮が、咲の言葉に付け加える。


「行けばわかるよ。外も中もヤバイのが。行くのがもっと嫌になるかもしれないけど」


 再びリビングの扉が開く。茜だ。

 

「どうしたの? そんな重たい表情して」


 咲は目線を逸らす。


「今の組織の状態について少し喋ってたのよ。私もよく知らないけど」


 蓮が、針先に目線を集中させながら言う。


「ああ、そういうことね。私もよく知らないけど、光に呼び出しがかかる理由は、何となく分かる。本人は行きたがらないみたいだけど」


「結局、呼び出しかかっちゃったから、行く羽目になっちゃった」


 光はため息をつくように言い、冷蔵庫から、グレープジュースを取り出す。紫色の液体が、コップに溜まる。


「じゃあ、私達の指令書は無効?」


「螢田先輩は同行しろとの事です。急な事に明日集合だそうです」


 明日も平日。学校を案じて、眉間に手を当てながらもわかったと言って、茜は渋々承諾する。


「とりあえず、中部基地についてのお話を本部に伝えることを、お願いします。直接言わないと、聞いてくれなさそうなので」


 ええ、と、茜は返した。

 重い沈黙が、空間を包んだ。


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