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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第六話 切り札


 中南部基地(桜ヶ丘基地)代表 螢田茜 様

 北部防衛隊長 袴田萌花 様


 こんにちは。

 中部基地の平松です。


 本日、七月二日。新種の敵を確認。

 大きさは冷蔵庫ほど、二足歩行をしていました。目の両端からアームが伸びており、鋭利な矢を射出します。

 威力は集中シールドにヒビが入るほどです。スコーピオンを同じぐらいの速力を持ち、連携攻撃を繰り出すため、非常に凶悪です。


 中部基地は上記の敵を『サジタリウス』と命名。周辺の基地の皆さんにも、警戒を怠らないよう、お願いします。


 どうかご武運を。 



 新西暦十九年 七月二日

 中部基地代表 平松悠未 (信号解読 晴嵐咲)



 校舎の屋上。向かいの職員棟の屋上には、綺麗な塗装に、室外機が乗っている。『教室棟』の屋上には何もなく、縁に排水機構がある程度だった。

 床も、薄汚れていて、苔が影になるところには生えていた。

 空は鈍色。正面にはおびただしい数の黄色い眼光を持つ、異界からの侵略者(インベーダー)。三人のうち、黒いジャケットに白いワイシャツ、赤いネクタイを締めた黒髪の少女は、冷静な目つきで敵軍を眺めている。

 その左右に位置する、赤い長いジャケットを身に着けた、ツインテールで赤いメガネをかけた少女と、白くふわふわした長い髪の少女の顔には、動揺が隠せていなかった。


「茜ちゃん‥‥‥。すごい数だよ‥‥‥」


 蓮は、怯えた声で言う。茜は、自分の手を握りしめる。


「うん。私も、あの数は初めて‥‥‥」


 茜の頬に、冷や汗が一粒流れる。圧倒的数を前にして、侵略者に対する復讐心は抑え込まれてしまっていた。


「大丈夫。あの程度なら、守りきれるはず」


 光が、遮るように話す。冷静で、迷いのない声だった。


「私は、正面から敵の殆どを吹き飛ばす。二人は、左右に周って、ここまでたどり着きそうな残党を狩って欲しい」


 現実離れをした話に、茜は、拍子抜けした顔で、光の顔を見る。光は、茜の方を見ず、横顔を見せたままだった。


「大丈夫。私を信じて」


 茜と蓮は、数に対する無力さを感じていた。だから、光を信じるしか無かった。

 そして二人は、小さく頷く。


「わかった。光ちゃん。生きて帰ってきてね」


 蓮はそう言って、教室棟から、敵の左翼の進軍方向へと跳躍していった。

 茜は、屋上右端の方を向いた。


「無理、しないでね」


 茜はその言葉とともに、光の視界から消えていった。


「それは、茜もね‥‥‥」


 光は、深呼吸をする。そして、指先をゆっくりと耳に当てる。


「もしもし、咲、聞こえてる?」


「うん、聞こえてるよ」


 光の耳元から、無線越しに咲の声が届く。


「じゃあ、早速だけど、敵の配置を教えてくれない?」


「はいよ。‥‥‥送ったよ」


 レーダーで観測された、敵のエナジー反応が、光の脳裏に焼き付く。

 敵は面を作るように広がり、六つの核になる部分を軸に行軍している。


「ありがと。これなら楽に片付けられそう」


 光は、足元に紫色で、六角形の半透明な盤を生成し、踏み込む。

 その透明板はジャンプ台となって、光を空高く跳躍させた。校舎の高さより三倍もの位置を、彼女は一時的に獲得する。


「出し惜しみは無し、一気に片を付ける」


 光の背に、六つの黒色の球体を生成させる。その球は、鉛のように重く、ジェットエンジンのような高く強く何かが集約される音を発している。


「敵砲撃開始。こっちに向かってくるよ」


 咲の声が再び耳元に駆ける。


「いい。どうせ掻き消える」


 光は、引いた左腕を、振り下ろす。

 それは、重く固まった黒の球体を発射する合図。球体は空を十数秒勢いよく飛び、あるタイミングで爆ぜ、黒の球体は敵集団の核を目指すビームへと変容する。


(喰らえっ!)


 衝撃波が、目に見える形で現れる。黒の球体が放つ光線が、地面に到達した証拠である。

 光の遥か真下にある警戒区域、並びに注意区域にも、衝撃波によって電線が激しく振動する。また、塀の破片が、速度を持って、なすがままに飛ばされていた。

 

 爆音とともに、爆心地は白い光で覆われた。それが沈む頃には、クレーターのような窪地が六つ確認され、クレーター内部に有ったものは、白い煙で視認はできないものの、敵性エナジーの反応は確認できなかった。


「ええっと‥‥‥。敵性反応大方消失」


 咲の呆然とした声が届く。


「あ! 消失しなかった所から、素早い個体が二つ。爆心地付近へと向かってる!」


外界人(フォーリナー)か」


「反応的には、ノーマル。けど油断は禁物だよ!」


「わかってる」


 光は、まっさらな地面へと着地する。瓦礫は衝撃波で吹き飛んだか、蒸発したかのどちらかであろう。煙の窪地の前に、スコーピオンが三匹。どれも傷だらけであり、どこかが欠損していた。


「Linker」


 唱えるように言うと、光の左腕に、紫、黒、赤の稲妻が走る。そして、スコーピオンを視界に捉え、右腰の鞘から刀を抜刀する。

 銀が右下から左上の軌跡を一瞬の間描く。光の腕に宿っていた稲妻は地を潜り、不可避の速さでスコーピオンへと食らいつく。稲妻を帯びた斬撃により、スコーピオンはバラバラに砕け散った。


「さっきの反応の座標を、より高精度で頂戴」


 光は刀を鞘に収めた。


「はいよー。この位でいい?」


 先程よりも、細かな座標と、拡大された配置図が、光の脳へ届く。


「ありがとう。これで十分事足りる」


 光は礼を言って、煙の中へ跳躍する。


「Beschuss」


 光の周囲に、稲妻が集約した球体が四つ生成される。さっきの球とは違い、軽く、速く飛んでいきそうな弾だ。

 光は、レーダーで映された敵の位置へと、それを放つ。弧を描くような曲線的な軌道で瞬く間に敵座標へ飛んでいった。白煙が周囲を覆っているためか、着弾の確認はできない。


「Übertragung」


 光の体が、その場から消える。

 霧の中を光は走る。荒れた呼吸音が数十メートル先から光の耳へ入る。


「そこか」


 数秒その方向へと走ると、人の形をした影が見える。光は姿をその場に現し、左手に稲妻を走らせる。

 抜刀一閃。光の一振りは、稲妻によって拡張される。直後、敵性反応が消失した。


 敵性反応では消えない音を頼りに、光は数メートル走る。すると、濃い白煙の中から、座り込み、胸に手を当て、苦しそうな顔をする男女が一人ずつ。そして、その二人の向く方面には、何者かの腕輪が落ちていた。

 男女は光の存在に気付き、顔を見上げる。黒いインナーを着た男女は、恐らくさっきの敵性反応の二人だ。戦闘体を失ったため、反応が消失しただけである。

 男女の顔からは、絶望の文字が浮かんでいて、体をぶるぶる震わせていた。男女の目線は、光から、光の持つ刀へと、次第に移る。

 

「咲、無力化した戦闘員の処遇は、どうなっている?」


 咲は言葉を詰まらせる。そして、端末を叩く音が少し聞こえる。


「──殺せ。だってさ‥‥‥」


 咲が、やるせない気持ちを抱えているのを光は声で推察する。


「あえて捕虜にしたら、この人達の処遇はどうなる?」


「きっと、拷問された挙げ句殺されると思う‥‥‥。なら」


 咲は、その事実を目の当たりにしたような声をしていた。


 光は、「そうね」と、小さく呟き、刀を構える。男女二人の体の震えは、更に加速していった。二人共、涙を浮かべていた。例え住む世界が違おうとも、死は怖い。生物ならば、誰だって拒絶する。

 戦闘体を失っても、死に至ることは無い。しかし、戦闘体を失うほどの手傷のフィードバックは、しっかり生身の肉体へ反映される。男女二人とも、逃げられるほど、体は回復していない。  

 

「────」


 向こうの世界で「ごめんなさい」と、光は目を伏せ、告げた。そして、命乞いをする呻き声に、耳を塞いだ。

 直後、男女二人の頭部、口から上部が、宙を舞う。ゆっくりと血は地面に流れ落ちる。斬る時に、薄い電気の膜を張ったため、刀に血は付いていなかった。

 

「残りの反応は」


 光は無線越しに、咲に訊ねる。


「残りは螢田先輩と南雲先輩が殆ど狩っちゃったよ。進めば残党が幾分か残っていると思うけど、遠いから止めておきな」


「わかった」


 光は、刀を鞘に収めた。光が一息つくと、刀は鞘ごと消滅した。


「こっちは終わったよ~。茜ちゃんと光ちゃんは大丈夫?」


「こっちも片付いた。けど、何が起きたの? 反応の大半は消えちゃってるし」


 蓮と、茜の声が、無線越しに伝わる。


「ちょっと本気出しただけだよ」


「ちょっとじゃなくて、かなり本気でしょ。光の戦闘体ガッタガタだから、基地に戻ったらちゃんと休んでおきなさい」


 やはり咲には、少し力を出しすぎたのを、見通されていた。


「へぇ~、咲ちゃんは光ちゃんについてよく知っているのね」


「ただ付き合いが長いだけです!」


「そんなに強く否定しなくてもいいのに~」


 白煙の隙間から、日が差す。優しい光だった。蓮が咲をからかう声が、断片的に耳に入る。


「蓮! そのくらいにしておきなさい!」


「は~い」


 何気ない日常のような会話に、光は安堵した。


『あんな派手にやっちゃって良かったのか?』


 マカの声が、光に届く。


『いいんだよ、別に。あれくらいやっておかないと、懲りずにまた来るからね』


『お前の考えがあって、選択したのなら、文句はない』


『皆、色々言うよね。私の体は一切問題ないのに』


 マカは、何も答えなかった。

 白煙が晴れ、窪地の深さに光は気が付く。


(少し、強くやりすぎちゃったかな)


 窪地には、何も残っていなかった。男女の死体と、銀色の腕輪を除いて。


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