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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第五話 暗影・下


 中南部基地(桜ヶ丘基地)代表 螢田茜 様

 北部防衛隊長 袴田萌花 様


 こんにちは。


 中部基地の平松です。


 本日、×××××も、×××××でした。

 そのため、×××××の、×××××を、×××××しました。

 多少×××××に×××××が×××××、×××××に×××××。


 どうか×××××。


 新西暦十九年 ×××××

 中部基地代表 平松悠未 (信号解読 晴嵐咲)



「んん‥‥‥」


 ベッドから、黒髪の少女が起き上がる。目をこすって辺りを見回す。窓のない部屋、電気は点けっぱなしで、床にはポツポツと物が散乱している。

 映った鏡には、凄惨な事になっている自分の髪が浮かんだ。光は、ベッドに目を遣る。すると、傍には咲がくっついていた。彼女はよだれを垂らしながらぐっすりと眠っている。中学三年生とは思えないほど、幼い寝顔だった。

 時計の針を見ると、午前四時過ぎを指していた。起きて何かを始めるには、少し早い。光は咲に布団を掛け、電気を消し、部屋から立ち去った。


 咲の部屋から廊下へ出ると、自動点灯の明かりが出迎えてくれた。窓が一つもなく、真っ白な壁が鏡のように、自分の姿を投影していた。

 光は自室に戻る。しかし、一度目を覚ましてしまうと、もう一度寝るには多少たりとも時間を要する体質だった。


 光は、異国語が側面に書かれている本を手に取った。その本は、少年が国を救い、平穏な暮らしを手に入れる話だった。数回、目を通した本なので、光はパラパラと、ページを捲って、読み飛ばす。

 途中まで読んで、本棚へと戻した。そして、なんとなくで別の本を手に取る。この本も、異国語で書かれていた。


「あっ」


 本のページとページの間から、しおりの先端が見える。そこのページを捲ると、たんぽぽの押し花を挟んだしおりがあった。

 これは、十三の時に咲から貰ったものだった。光は、当時のことを思い返す。あの頃は、色々とあって、迷惑を掛けてしまっていたことが最初に浮かんだ。


(いつか平和になったら、恩返しの一つや二つはしなくちゃな‥‥‥)


 光は、遠い思い出に浸る。しおりを本に挟み、枕元に置いた。ベッドに身を置くと、体が徐々に重くなり、沈むように再び眠りについた。



 朝起きて、茜がリビングに向かうと、光が朝食のカレーを温めていた。それとは別に、弁当用に何かを作っているのが垣間見えた。弁当箱を見るのも久しぶりだと感じた。


「おはよう、茜」


「おはよう。朝早いんだね」


「今日は偶々だよ」


 茜が起きる時間も、螢田隊の中では断トツに早かった。それは、主に咲と蓮が起きるのが遅いというのも、原因だが。


「咲とか、ちゃんと朝ごはん食べてる?」


「あんまり。食べている方が珍しいかも。蓮も似た感じよ」


「で、茜はこれを食べていた。と」


 光は、キッチンとリビングの間にある。三十センチ程の板の上に、携帯食料を載せた。キッチン周りを整頓した時に、見つけたらしい。

 それは、確かに茜の朝食だった。螢田隊に、手料理は縁遠いものだったから。


「ま、食べないよりかはマシだけどさ、せめて普段の中高生が食べているようなものを選んでいこうよ」


 そう言って、光はテーブルの上にカレーライスの乗った皿を置いた。

「ありがとう。いただきます」と、言ってから、茜はスプーンを手に取り、食事を始めた。


 光は、リモコンを手にして、テレビの電源を入れた。テレビモニターの位置は、キッチンからもよく見える場所だった。


「別に、特段面白いものは無いと思うよ」


 茜はそっけない態度で言った。実際、どこのチャンネルも、侵略者(インベーダー)に対するニュースばかりだった。

 時には、目を疑うような見出しも有った。


「これって、検閲とか、されていたりするの?」


 茜は答えなかった。一瞬、空気が凍りつく。光は、そういうことだと推測した。

「咲と蓮を起こしてくる」と、光は言い、廊下への扉に近づく。

「蓮は私が起こすよ。起こし方も慣れてるし」と、茜は答えた。

「じゃあよろしく」と、光は言って、扉の向こうへと行った。

 茜は、食事に一段落が付いたら行こうと思い、スプーンを動かした。しかし、ふと違和感を感じ、皿へと目を向ける。


(食べ終わってしまったか‥‥‥。何か、名残惜しい気持ちだな)


 茜は、気付かぬうちに完食してしまったことを、どこか寂しく思った。


(それよりも、蓮を起こさなきゃ)


 茜も、扉の向こうへと行った。その足取りは、普段よりも早かった。いつの間にかに、完食してしまった寂しさを蓮にも味わって貰いたいと、思ったからかもしれない。



 誰かに肩を掴まれる。手でその腕を触る。モチモチと柔らかくて、滑らかな肌触り。とても触り心地の良いものだった。

 咲はその腕を撫でるように伝って、手首を両手で包み、頬へと運ぶ。頬から触れる手は温かく、離し難いものだった。

 しかし、その手は、頬を抓るという形で牙をむく。ほんのりとした痛みに呼応する形で、咲は目を開ける。そこには、既に制服へと着替えている光の姿があった。


「あれ? 帰ってたの‥‥‥?」


 寝起きで薄い意識の中、咲は呟く。瞬間、背中に強い力をゆっくりと受け、咲は起き上がる。

 直後、光の顔が、薄っすらと見え、唇に、柔らかい感触が走った。

 咲の意識が急速で戻る。咲はベッドから飛び降り、走って光を追いかける。

 咲は光の背中に飛び乗る。


「どうしたの? そんなにムキになって」


 光は何気なく聞く。


「さっきのだよ! さっきの! わたしの知っている光はそんな大胆じゃないぞ!」


 食いつくように咲は言う。光は咲の腕を解き、咲を降ろして振り向く。


「んーでも、目は覚めたでしょ。ちょっと恥ずかしかったけど」


 光は、ニヤけた顔をしていた。


「このー!」


 咲は半ばやけくそな気持ちで、光に飛びついて押し倒す。


「ちょっ! 痛っ! ‥‥‥何するのよ咲! って、どこ触ってんの!」 


 咲は光の服の中に手を入れ、上半身を弄る。


「わかったから! くすぐったいからやめて!」


 光の大きい声が廊下に響く。咲は手を止めようとしない。

 咲は弄る手の片方を、光の下半身へと走らす。しかし、その時、右の部屋のドアが開く。


 おそるおそる咲がその方向に目を遣ると、茜と目が合った。後ろには、眠気のせいか、目を擦っている蓮の姿がある。


「えっと‥‥‥。これは‥‥‥、違うんです」


 青ざめた顔をして、咲は震えた声で言う。咲はゆっくりと光から体を離し、茜の前に正座する。茜の冷たい視線が、前髪から垣間見えた。

 咲の体重から開放された光は、息を吐きながら起き上がり、ずれたアンダーウェアを戻し始める。

 

「あの‥‥‥、その‥‥‥。ごめんなさい」


 縮こまった声で咲は言った。茜は少し黙ってから口を開けた。


「次から気をつけなさいよ」


 どうやら、今回きりは許してくれたみたいだ。正座する咲の横を、茜と蓮は通り抜け、リビングへと向かっていった。

 

「はー。危なかったー」


 咲は肩を降ろし。足を崩して、安堵する。

 

「危なかったー。って、咲が自らやったことじゃない」


「だって、あんな早く南雲先輩が起きるとは思わなかったんだもん」


「だからといって、こんな固い床に押し倒してほしくないなー。めちゃくちゃ痛いし」


「それは素直に謝るよ。悪かった。ごめんね」


 咲は髪の毛を軽く搔きながら言った。親しい人に謝るのは少し照れくさかったみたいだ。


「ま、兎に角時間もないし」


 光は床に手をついて立ち上がる。体をリビングの方に向けた。


「早く朝ごはんにしましょ」


 光はリビングの方に歩き出した。引っ張っていくようなその後ろ姿が、咲にはなぜだか、ちょっと悔しかった。



 学校。

 今日は光が、咲を見送っていた。桜ヶ丘中学校は、桜ヶ丘高校よりも少し遠い。だから今まで、蓮と分担して見送り、迎えをやっていた。そのためか、蓮と一緒に登校するのは久しぶりだった。


 今日も席に空きは多い。それに、授業を禄に受ける生徒も微小にしか居ないためか、先生の授業の質も日に日に落ちていっているのがよくわかる。

 光は、茜の隣の席に位置していた。光にも、授業の質が杜撰であるのが伝わり、光は授業と関係ない書物を読み始める。

 茜には理解ができない文字で、その本は書かれていた。




『ねぇ』


 光が心に言葉を唱えた瞬間。世界が黒く塗り替えられる。

 ここは、光の内面に作られた場所だった。


 光は、一匹の狼の背に乗っていた。白と紫の、狼にしては少し短い体毛で、長くフサフサの尻尾。耳は細く小さい。

 辺りは一面真っ暗で、どこに続いているのは、この世界を形成させた光ですら分からない。そして、光以外の人物は、誰一人居ない。

 狼は首を上げ、光の方を見る。


「何だ?」


 少し濁りが入った、壮年の男性の声。その声は狼から発せられる。  


「何でも。ただ、学校ってのが暇すぎるから、遊びに来ただけ」


「全く、お前っていう奴は」


 狼は呆れて、そっぽを向く。


「冗談だよ。何か、妙な気がしたんだ。何か、嫌な予感が」


「それで、俺にどうしろと言うんだ」


「マカ、あんたの考えが聞きたい」


 マカ、と呼ばれた狼は、ゆっくりと光に視線を向ける。


「言ってみろ」


 すると、光が右腕の上に、タブレットのモニターのようなものを浮かべる。


「──先ずは、味方陣営の配置。『全てを守ろうとするものは、全てを失う』。これは、防衛における基礎だ。要所に戦力を集中させ、他は最低限度に留める。逆に、その理論で私をこの基地に置くのは、昨日茜が言ったように、違和感がある」


「作戦指揮は誰だ」


「白井さん。あの人がそんなことを知らない訳がない」


 光は、モニターの画面に別のコンテンツを映す。



「次に、敵の動向。先日まで、咲から聞いた話だと、敵戦力はここから北上した中部基地と、ここから東南東に位置する本部基地に集約していた。けれど、勝利を目前として中部基地を撤退した。これは、戦力の無駄遣いだ」


「これから導き出されるのは、相手に中規模の軍勢の手駒があるということだな。もしかしたら、こっちに来るんじゃないのか」


「それはないでしょ。だって、私とマカが居る。昨日の戦闘で、私の存在は、既にバレているはず。なら、本部に集中されたほうが、納得がいく」


「確かに、本部へ軍を向けるのは十分に有り得ることだ。本部周辺の地形は何だ?」


 光は、地図のような画面を映す。


「市街地。ノーヴァム首都だから、相当なものじゃないかな」


「そうか。それなら、首都に過密集中攻勢を掛ける指揮官は、率直に言って馬鹿だな」


「どうしてそんな事が言えるの?」


 光は訝しげな顔をする。


「市街地っていうのは、入り組んでいる故に、戦力を集中させづらい。組織的に攻撃するのは、かなり難航するはずだ。ましてや、スコーピオンのような、ドール主体なら‥‥‥」


 黒の世界から、教室へと、風景が戻る。そして、机をコンコンと叩く音がする。茜の手だ。

 光が茜の方に目を向けると、茜は黒板を指差した。


 藍原光。黒板にはそう書かれていた。どうやら転校生紹介の時間らしい。本当は朝の授業開始前にしたかったけれども、職員会議でできなかったからか、担任が受け持つ授業で補う形となっていた。


 光は、静かに教卓へと向かう。小柄で、整った容姿をしていた彼女に、男女両方の視線が集まる。この教室に静寂が訪れるのは、珍しい。


『結局俺が言いたいのは、一言で表すとだな』


 ゆっくりと歩きながら、光はマカの声に耳を傾ける。


『お前の顔は広い。だが、この世界はそれよりも広い』


 光の足音だけが、教室を駆ける。


『つまり、どういう事』


 光は、黒板の前に立つ。多くの視線が集まった。


『お前を知らない国だって、星の数ほどあるってことだ』


 警報が、四方八方から鳴り響く。市内放送や携帯から湧き出る不協和音は、建物内外に反響し、不快感を増していく。


 茜は、警報が鳴り響いた瞬間。反射的に窓から外を、瓦礫が作る水平線を見た。茜は、狼狽した。おびただしい数の黄色い眼光が、こちらを向いていた。

 数は、千を軽く超えるだろう。教室内は、恐怖のどん底に落とされていた。それも無理はない。ここの地区は、侵略者(インベーダー)の襲撃から、命からがら逃げてきた人が多数を占める。


 この警報音だけで、フラッシュバック等といった事が瞬時に起こり、身動きが取れなくなる者、気が狂ってしまう者は、そう少なくない。

 瓦礫を見ただけで、障害が発生する人もいた。空席の理由にも、少なからず見受けられる。


 つまり、簡単に言うと、『学校全体がパニック状態になっている』ということだ。


 震えて動けない人を除いた大部分は、非常に早い速度で、教室から逃げ出した。避難訓練も真面目に行っていない学校だった。統制・規律などといった言葉は、もう幻想に帰している。

 教室に残ったのは、震えて動けない人、ただただパニックになって、泣き叫ぶ人、それに寄り添う人。喧騒が、廊下から、五月蝿いぐらいに教室へ伝わる。教室の向こうの状態は、茜にはわからない。


 茜も、初めて目の当たりにする数の軍勢に、目を泳がせる。この空間で冷静を保っていたのは、光、唯一人だけだった。


『マカの予想。どうやら大当たりみたいだね』


『ほらな。で、どうする。このままじゃ、この辺は火の海と化すぞ』


『その為に、マカと私が居るんでしょう?』


 心中で会話をしながら、冷静な動作で、窓へと歩く。

 茜の心は、絶望の淵に立ち、その場に座り込む。


(あの数は、とてもじゃないけれど、捌ききれない)


 茜は目を伏せた。半ば、諦めるように。

 暗い絶望に身を全て投じようとしたその時、襟を引っ張られる力を感じる。目を開けて、顔を見上げると、光の姿が、目に映る。


「私達は負けない。その為に、私達が居る」


 冷静だけれども、芯のある声だった。


「でも‥‥‥」


 茜には、勝てる確信は無かった。もう、今にも泣き出しそうなぐらいに、茜は縮こまっていた。

 光は、しゃがんで、茜を見つめる。そして、左手で頭を撫でて、右手で背中を優しく叩いた。


「大丈夫‥‥‥。私が居る限りは、茜や、蓮。咲を傷付けさせたりしない」


 茜の目を強く閉じ、今にもこぼれそうな涙を抑えた。


「けれど、皆を助けるには、茜達の助けが必要‥‥‥。だから、戦って欲しい」


 命の恩人だった光の体温は、あの時と同じ、特別な温もりを感じた。印象が変わっていても、これは変わらなかった。

 それに、自分と同じ目に遭う人は、もう見たくは無い。


「ありがとう。‥‥‥やっぱり今でも、戦うのを怖がる自分が、心の奥底に、居たんだ」


「戦いは、私だって怖い。けれど、そのお陰で、私達は自分も仲間も守れる。──そんな気がする」


 茜の嘆きに、光は優しく答える。光が立ち上がるのに合わせ、茜も立ち上がった。


「さぁ、行こう」


 光の言葉に、茜は何かを決心した顔で、小さく頷いた。

 二人の衣装が、制服から、戦闘体時の服へと変容する。二人は今、敵陣へ飛び立たんという目つきで、地平線を睨む。


 不気味で、おびただしい数の黄色い眼光を携えた軍勢に向けて。


ここの枠を借りて、軽いキャラ紹介でもさせていただきます。



 螢田茜

 誕生日 10月18日(15歳)

 身長 157.1 cm

 血液型 A型

 好きなもの 家族・友人・鍛錬

 作者コメント 一応主人公です。真面目ちゃん。家族を殺されたのでインベーダーに対して復讐心がめちゃくちゃ強いです。でも、結構臆病な子です。赤メガネ。Bカップ。


 藍原光 

 誕生日 5月7日

 身長 153.0 cm

 血液型 A型

 好きなもの 友人・家族・平穏な暮らし・食事・読書

 作者コメント この物語前半の動かし役、兼、前後の時系列における重役です。元はこの子中心で書いていたので、今ですら主人公が逆転する減少ががが。Aカップ。ひんぬー。


 南雲蓮

 誕生日 2月16日(15歳)

 身長 155.3 cm 

 血液型 O型

 好きなもの 手芸作品・茜

 作者コメント のんびり屋さん。桜ヶ丘基地の戦闘員は二人共臆病です。人見知り。茜は受け、良いね? (謎発言) Dカップ。大きい。


 晴嵐咲

 誕生日 7月20日(14歳)

 身長 151.0 cm

 血液型 A型

 作者コメント 元々は桜ヶ丘基地のバランサーだった。けど、光に対する依存体質を茜に知られてしまう。光の過去を深く知る人。光と咲の間柄は多分恋人レベルだったはず。さて、2年の別離を経てどうなるのか(ヲタク特有の早口)。Bカップ。光より大きい。茜よりは小さい。



 今回はここまでです。それでは、次回以降もよろしくおねがいします!

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