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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第四話 暗影・中


 中南部基地(桜ヶ丘基地)代表 螢田茜 様

 北部防衛隊長 袴田萌花 様


 こんにちは。

 中部基地の平松です。


 本日、六月三十日の敵の動向ですが、妙なことに敵全軍が撤退しました。

 基地周辺は静寂に包まれ、台風の過ぎ去った後の晴れ間のようでした。

 しかし、敵は私達を軽く潰すことができる程度が、撤退の直前までおりました。


 非常に妙な出来事です。私達の壊れた通信機器では隣地の基地への連絡が手一杯ですので、本部と戦線全体の照合をよろしくおねがいします。


 私達は、頂いた一時の平和の間に、できる限りの再建を行います。

 

 どうかご武運を。


 新西暦十九年 六月三十日

 中部基地代表 平松悠未 (信号解読 晴嵐咲)



 夕餉を取った後、中部基地から打電が届いた。戦闘が激化し、定期通信が困難だという。

 ”新型”という文字を見て、茜は昼の恐怖を思い出した。もし、光抜きで”新型”と戦ったら勝てるか。それは、蓮、咲を含めた桜ヶ丘基地唯一の部隊、中南部防衛隊、桜ヶ丘付近の警戒区域や危険区域の哨戒を主な任務とする。通称、『螢田隊』。

 きっと、隊単位でも厳しいだろう。比較的練度の高い部隊が揃う中部基地でも、あんな奴が大量に現れたら、溜まったものじゃないと、茜は思い、懸念から眉間に皺が寄る。


「そういえば、光はあの”新型”を”ヘルクレス”って呼んでいたみたいだけど、何か知っているの?」


 茜は、敵のデータが三枚のディスプレイに渡り写し出されている机から、カウンター型のキッチンで皿洗いをしている光に聞いた。

 咲は、淡々とデータに目を向けていた。


「知ってるよ。あれは”ヘルクレスC型”。数年前までは先進国でしか見なかったけど、最近になって省エネなC型が落ちてきたみたいね」


 光は、落ち着いた声で話した。


「C型って、アルファベットで何か変わるの?」


「はい。こちらで侵略者(インベーダー)と称されているのは、大体エナジーといった螢田先輩が武器に使う力を、人形に注いだものです。通称”エナジードール”と呼ばれるのが一般的です」


 咲が、ディスプレイを見ながら話す。


「基本的にアルファベットではどこの国でも、初期型がA、実践運用型がB、省エナジー型がC、それ以降の各国マイナーチェンジ版が適宜D、E、F‥‥‥と呼ばれています」


「A、B、Cの中では、エナジーを少なくして作られたC型が一番弱い。逆にしっかり作られたB型はそれなりの性能を発揮する。ま、本当に厄介なのはD以降の型だけど」


 咲の付け加えに、光が補足した。


「さっきの戦闘ログを解析してみると、このヘルクレスC型は、通常に比べて関節の走行が貧弱です。多分、螢田先輩の剣でもスパッと切れると思います」


 咲は、サーモグラフィーのようにヘルクレスの装甲を解析した三次元データを、茜に見せる。


「そう。あれは勝てる相手だったのね‥‥‥」


 悔しそうな眼差しで、茜はディスプレイ上に映されたヘルクレスを見た。


「別に、落胆する必要は無いですよ。ヘルクレスと戦える人なんて一握りですから。それに、螢田先輩はまだ死んで無いのですから、次勝てば良いんです」


 優しい声で、咲は茜を慰めた。光は洗い物と整頓を終えて、風呂の場所を二人に訊ねた。

 廊下を出ていって奥と、咲は答えた。光は、ありがとうと、礼を言ってから、風呂場へ向かった。

 それから数分も経たないうちに、茜も浮かない顔したまま、リビングを後にした。


* 


 水滴の音が、深くこだまする。旅館の大浴場みたいな空間に黒髪の少女がポツリと、湯船に使っていた。

 透明な水面から、華奢な体と慎まやかな胸、折りたたんだ細い足が、時より水滴の波紋でゆらゆらと揺れて見える。


 シャワーが五つ、そして、一人で使うには広すぎる湯船が、現状の桜ヶ丘基地の定員に対する人員の少なさを示していた。


(きっと、他の基地の人も、どんどん減ってきてしまったんだろう)


 光は、位置関係程度の地理は把握していた。そして、侵略者(インベーダー)によって、自分が居なかった時に、大きく土地を失ってしまったことを、どこか勘付いていた。


(別に、今の状況は咲から聞けばいいや。けど、私が居ない間で、守りたかったものを守れなかったのは、悔しい)


 光は、やるせない気持ちで、水面から取り出した左手を見る。彼女は、七つの時から剣を握り、戦った。

 しかし、それで、誰かを守れただろうか? ふとした疑問に答えを詰まらせた。答えはすぐには出なかった。


 大浴場と更衣室の扉が開き、湯気の隙間から茜の姿が映る。髪は解かれてあって、眼鏡も外していたけれども、ツンとした目つきで光は茜だとわかった。

 シャワーが流れる音が、大浴場に響く。シャンプーとリンスとボディーソープのボトルも、目を凝らして認識していることから、そこまで視力は悪くないのが伺えた。


 体を洗い終えた茜が湯船に浸かる。位置は光の対角線上だった。

 茜は「あのさ」と言って、光に話しかける。


「光は何で桜ヶ丘基地(ここ)に来たの? 貴女みたいな人が来るには、勿体無さすぎると思うんだけど」


「どうもこうも、上から命令されたからだよ」


 上から。という言葉が茜の脳裏に引っかかる。第一に光が持ち込んだ命令書が、本部司令の名義でなかったこと、第二に、前持った連絡が無かったこと。


「その上って、一体誰よ?」


「誰って、命令書の差出人だよ」


「差出人って、白井哲也って人? 見たこともないけど」


「ま、いつか分かるよ。いつか」


 茜は、命令というものは、直接本部司令から渡るものだと思っている。だからこそ、その白井哲也名義の命令書で動く光が、少し怪しく思えた。

 けれど、さっきの”新型”を相手に、軽いけがで済んだのは、光のお陰であるのは、間違いなかった。故に、白井哲也という人にも間接的に命を救われたことになる。


「逆に、今は本部司令の命令だけで、動いているの?」


「ええ。殆どがその筈よ」


「私にはそっちの方が信じられないや。時代は変わるものなのね」


 光は、どこだか懐かしさ浸っているような声だった。茜は、そういえば、と言い、話を振る。


「この前、光の慰霊塔が刃物で壊された。っていう事件が報道されていたけど、光はどう思ってるの?」


「別に何も思ってないよ。だってあれやったの私だし。死体も確認しないで、命を引き換えに国を護った英雄扱いだなんて、ふざけてるにも程があるよ」 


「でも、そんなことして大丈夫なの? ラビリンスから何か言われたんじゃないの?」


 ラビリンスというのは光の生まれ故郷の国名である。茜たちが住む国とは隣で、数年前までは同じ国だった。

 茜自身、ラビリンスに対してあまり良くは思っていない。それは、過去の侵攻で要請に対し、援軍を出さなかったこと。そして、国が壊滅的になってから援軍を派兵し、半ば国を傀儡国家のようにしたこと。

 それらの事が重なり、先程の思考に至った。そう考える人は、本部にも多く、援軍は要請しないという考えが、組織に薄っすらと流れていた。


「別に、何も言われてはいないよ。あっちの国防軍からは、エナジー反応は隠蔽しておくって、言ってくれたし」


「そう。なら良いのかな?」


「大丈夫でしょ。きっと」


 光の発言は、茜には能天気に見えた。茜が抱いていた光の印象と、実際は違った。

 かつての凛然としたイメージは崩れ。どこか掴みどころがない女の子というイメージに置き換わっていた。

 けれど、大きな力を持たせるのであれば、そうであった方が良いのかもしれない。と、茜は推察した。


 光は立ち上がり、先に上がると言って、大浴場を出た。


「私が、一番小さい」


 更衣室の白いバスマットの上で、光は自身の胸を抑えて、嘆いた。



 光が部屋のドアの端末をタップすると、近代的な白いドアがスライドする。ドアの向こうには、少し散らかった部屋で、ベッドの上には咲がタブレット端末とにらめっこしていた。


「あれ、どうしてインターホン無しで入ってこれてるの?」


 咲は少し不思議そうな目をして光を見る。


「設定が前から変わってなかったからじゃない?」


「ああ、そゆことね。納得納得。別に光ならいいや。やましい物はあるけど、それは光も変わりないし」 


 光は咲の隣に座った。二人は、かつての戦友でもあった。そして、今日。二年ぶりに再会を果たしている。

 しかし、それを祝福するとか、歓喜するとかのムードは無かった。


「何見てるの?」と、光が訊ねると、咲は端末を見ながら「敵と味方の配置図」少し不満げに答えた。


「今、どんな感じなの?」


 光は曖昧な質問を、咲に投げた。


「どんな感じって。多分見たほうが早いんじゃないかな」


 咲は、光の腕と接触する程度まで近づき、タブレットの画面を見せた。


 西がラビリンスの領土で、その東が今、光や茜が住んでいる国、『ノーヴァム』の領土である。

 大陸は楕円形をしており、西七割をラビリンス領地。東三割をノーヴァムの領地となっている。そして、青色で示されたノーヴァムの領地は、本来持っていた領地よりも縮小を重ねて、L字型の領地が南西にあるぐらいであった。

 L字の東端は、少し丸みを帯び、支配範囲が少し大きい。これは、ノーヴァムの首都がそこにあるからである。味方の隊員を示す、青い点も、そこに集中していた。侵略者を示す赤い点も、そのL字の東端に群がっていた。

 勿論、この画面上に見えている点が敵の全てではない。あくまでもこれはレーダーに映る範囲をプロットしているのであって、映らない範囲にも、敵は居るのだ。


 半分以上の領土を失陥していた地図を見て、光は落胆する。「きっと大丈夫だよ」と、咲は片腕を、光の片腕に絡めて励ます。


「別に、取られたなら、取り返せば良いんだよ。あの時のわたしたちみたいに」


 光が十一の時から約四年間。咲は当時光の専属オペレーターで光がその戦争の最後の戦いで行方不明になるまで共にいた。咲が初めて組んだ相手は、隊ではなく、光個人だった。

 所属も基地も部屋も同じで、歳も一個しか違わなかったことから、二人は対等な友達として接していた。寧ろ、その四年間運命を共にした事は、普通の四年間よりも濃密なもので、友達以上の関係にまで発展していたのかもしれない。


「そうだよね。取り返せば」


「そうそう。諦めなければ道は開けるって言うし」


 咲は話しながら、端末をベッドに置いた。そして、光の膝に頭を乗せ、仰向けになる。そして、咲は両手を、光の輪郭に翳す。


「それと‥‥‥。さっきの事故はわたしたちも気をつけなきゃね」


 咲の悪巧みをしているような笑顔が、光を覗く。


「いつの話よ」


「いつって、忘れちゃったの? 向こうの世界で浮気でもしたの?」


 咲が素早く起き上がる。


「どうかなー」


 濁した答えを聞いた咲は、光の両肩を掴み、光の体を激しく揺すった。

 咲の目には、怒りの反面、涙も少し浮かんでいた。咲がこういった顔をするのを、光は知っている。


「はいはい。ごめんごめん。他の人と関わることが有っても、咲ぐらいの関係の人は居ないよ」


「本当に?」


「本当だよ」


「本当かな? 信じられない‥‥‥」


「あぁもう咲は素直じゃないなぁ」


「だって光が」


 小学生のように咲が駄々をこねる。

 光は両腕で咲を包んで、動きを束縛する。咲は、恥ずかしくなったのか、顔を少し赤らめて騒ぐのを止めた。


「やっと落ち着いた」


 光は咲を両腕で抱いたまま、ベッドに寝っ転がった。柔らかい布団が、二人を受け止める。


「光の意地悪」


「どこが?」


「そういう所が。二年で人って変わるもんだなー」


「そうねー。たった二年であんな社交的な咲が見られるとは、私も思わなかった」


 カチッ、カチッと、時計の秒針だけが響く。

 二人は触れる肌から伝わる熱を、ただ感じていた。

 光は深く息を吐いた。詰まっていた空気が、抜けたかのように。


「なんだか、やっと帰ってきた気がする」


 惚けた声で、光は言う。今にも寝そうな顔をしていた。


「おかえり。光。今度こそは‥‥‥。」


 寝言のように咲は答える。けれど、最後まで話す前に、目が閉じてしまった。  


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