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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第三話 暗影・上


 中南部基地(桜ヶ丘基地)代表 螢田茜 様

 北部防衛隊長 袴田萌花 様



 こんにちは。

 中部基地代表の平松です。戦闘の激化に伴い、定期通信に出られない状況となりましたため、文書での通信を許して下さい。

 

 本日、六月二十九日にも中規模な戦闘が発生しました。

 結果は戦術的敗北。中部基地北方隊全員が行方不明。南方隊のうち二人が戦死。負傷者が全隊半分以上で、現在行動可能な人数は四名ほど。

 

 敵方は新型を投入して、波状攻撃を実施中。私達中部基地も、後何日持ち堪えられるか、見当が付きません。

 私達だけでは、本部は耳を貸してくれませんので、何卒ご協力の方をお願いします。


 幸運を祈ります。



 新西暦十九年 六月二十九日

 中部基地代表 平松悠未 (信号解読 晴嵐咲)



「ここが桜ヶ丘基地の入口よ」


 茜がしゃがみ込んだのは警戒区域内にある。マンホールの前だった。道の両サイドは瓦礫が積まれていて、とても居住地としては言い難い場所である。

 茜がマンホールに手を触れると、茜の姿が消えた。光もそれに倣ってマンホールに触れた。

 

 二人が転送された先は、近代的な白を基調とした内装の建物内だった。足元はワープを行うためだと思われる円盤の装置が取り付けられていた。

 ワープの台座から出て、辺りを見回す。そこは、広いリビングであった。机に椅子にソファーにモニター。そして、キッチンには調理道具と家電が一式揃っている。


 光と茜の目が、一人の少女を捉える。


「ただいま、蓮」


 茜が、蓮と呼ばれた編み物をしている人物に声を掛ける。ふわふわした白い髪から優しい笑顔を零した。


「おかえり~、茜ちゃん。隣の子は一体?」


「この人は藍原光。名前ぐらいは聞いたことあるでしょ?」


「あ~。この前ラビリンスの慰霊塔が壊されたあの人‥‥‥って、生きてたの?」


 蓮と呼ばれた少女は、手を止めて、キョトンとした表情で光の顔を見つめる。光はコクリと静かに頷いた。


「ね? 実際私もさっき助けてもらったし」


「ふ~ん。茜ちゃんが言うなら。間違いないわね~。私、南雲蓮(なぐもれん)。よろしくね~」


 雲のようにふわふわした笑顔を見せ、蓮は自己紹介をした。光は軽く会釈を返した。蓮は時計を一瞥し、何かを思い出した表情をする。


「光ちゃんさ~。初対面で悪いんだけど、オペレーターの咲ちゃんの迎えに、行ってくれないかな?」


「別に、私が行っても問題ないでしょ? いつもそうだったんだし。第一、咲と光も初対面になるんだろうし」


「駄目よ、茜ちゃんは。まずは自分の怪我の治療が優先」


 茜は図星を指され、顔を引きつらせる。光は、一つ聞いていい? と言った。


「咲って、晴嵐咲(せいらんさき)で合ってる? その咲だったら、顔見知りだよ」


 光の言う”咲”と、蓮の言う”咲”が一致し、蓮は少し驚いた後、咲が光のオペレーターを務めていたことを思い出す。


「合ってるよ~。それなら、話が早いわね~」


「ま、久々の再会だし、有り難くお迎えを務めさせて頂くよ」


 光は、さっきのワープ装置の円盤上で、端末を操作すればさっきのマンホールへ戻れることを確認し、行ってくる。と言い残してから、基地を後にした。


 蓮は編み物を仕舞い、ソファーの直ぐ側の低いテーブルの下から、大きめの救急キットを取り出す。


「さて、こっちに来て、戦闘体を解いて。治療するから」


 茜は蓮に促され、蓮の隣に座り、戦闘体を解いた。戦闘体の傷は、多少たりとも生身の体にも影響を及ぼす。

 例えば、今回みたいに足を貫かれると、その貫かれた穴はないが、刺された所に大きな擦り傷が生まれる。


 茜は痛さから険しい顔をしてながらも、片足をソファーに乗せ、傷口を蓮に見せた。白い脛に、赤く、少し大きめの傷口が露出していた。

 蓮はワセリンを塗ったラップを傷口に当て、巻きつけることで裏表が直線上にある傷を密閉した。そして、その上から包帯を巻いた。


「反対側の足も見せて」


 茜は蓮に言われた通りに、反対側の足もソファーに乗せる。タオルを敷いていたため、ソファーに血が染みになることは無い。

 蓮は反対側の足も同じ要領で処置をした。


「あとは‥‥‥」


「きゃっ!」


 蓮は勢いよく茜のスカートをパンツが見えるスレスレのラインまで、たくし上げる。いきなりの行為に、茜は赤面し、悲鳴を上がる。


「やっぱり」


 蓮は茜の仕草から、言わずとも傷の位置を把握していた。何も言わず、いきなりスカートをたくし上げたのは、恥ずかしがる茜をただ、蓮が見たかっだけだ。

 蓮は丁寧に、太ももの傷をラップと包帯で治療した。 


「あと怪我をしている場所は‥‥‥」


 蓮は茜の体のいたる所を手で触る。腹、二の腕、頬。

 そして、「何よ‥‥‥」と呟く茜の両肩を手で押して、体を倒し、蓮は茜の体に密着する。


「ちょ、ちょっと! こんな所で何してるのよ!」


 茜は紅潮した頬を見せながら、震えた声で抗議する。

 蓮はソファーと茜の隙間に片手を入れ、制服越しに背骨をなぞるように撫でる。蓮の目には、瞳を閉じて、声を必死に我慢する茜の顔が、すぐそこに見えた。

 

「今なら誰も見てないよ~。それに」 


 何気ない声で蓮は言ってから、背中から脇腹をなぞり、下腹部を手のひらで優しく撫でた後、茜の胸の中央に手を当てた。茜の心臓は、強く、早く振動していた。


「茜ちゃんだって、したいんでしょ?」


 茜は返事をせず、抗議の眼差しを蓮に向けていた。けれども、その目は、今にも泣き出しそうな顔だった。

 必死に口を閉じて我慢しているのは、開けたら恥ずかしい声が出てしまうから。と、蓮は直感した。


 蓮は茜の弱点をしっかり把握していた。首も、耳も、髪も、そして上も下も。

 首に手を当て、耳へとなぞり、耳の裏をくるりと指を回し、手首を一周させる。茜は時より体を震えさせながら、口と目を力いっぱい閉じていた。

 今みたいに、普段からは考えられない茜の顔を独り占めするのが、蓮の至福のひと時だった。


 蓮は上半身からゆっくりと、体を茜に乗せた。茜は状況確認のため、目を少し開ける。茜には、蓮の顔が迫るのを見て、再び目を閉じた。

 茜の体に、蓮の心拍が伝わる。茜は両腕を、蓮の背中に回す。互いのサインが出て、行為に発展しようとした時だった。


 ワープ装置から、音が鳴る。


「晴嵐咲。ただ今戻りました!」


 元気の良い少女の声が聞こえる。蓮は直ぐさま茜に密着していた体を離す。ワープ装置の台の上に、白セーラー服で茶髪のショートボブの少女と黒セーラ服にセミロングの黒髪の少女が居た。

 茜と蓮の構図に、咲はキョトンとした顔をする。


「ありゃりゃ、お楽しみの途中でしたか。風紀委員であろう人が、不順同性交友とは」


 かしこまった声、二人を、主に茜を茶化した。


「いや、これは蓮が勝手に‥‥‥」


 起き上がった茜が手を振って否定する。頬はまだ少し赤く、昼の固い顔ではなく、柔らかくピュアな女の子の顔だった。


「裏切りは良くないよ~。茜ちゃん」


 茜を両腕で抱いて、茜に頬を擦り付けて蓮は言った。


「だーかーらー! ここでくっつかないでよ!」


 茜が蓮を押し、密着していた顔を離す。


「二人きりなら良いんだ。ありがと」


 蓮は茜の小さな胸に頭を当て、寄りかかった。茜は再び頬を紅潮させて、目線を逸らした。


「はいはい、最初から光に桜ヶ丘基地のアレな部分を見せないで下さい」


 咲は表情を変えず、素っ気なく言った。


「ごめんね~。光ちゃん。いつか慣れるから」


「慣らさせちゃ駄目な奴ですから。せめて部屋でやって下さい」


 咲は、両手に提げた買い物袋を持って、キッチンの冷蔵庫へ向かった。

 光も買い物袋を持って、咲に続く。


「どうしたのそれ?」


 茜が訊ねる。


「冷蔵庫が空だって聞いたから、ついでに買い出ししてきたの」


 光が答えた。


「別に食べ物ならあるのに~。カップ麺だけど」


「そのカップ麺は光の数少ない嫌いなものなんですよ」


「へ~。珍しい。カップ麺が苦手な人なんて」


「わたしは好きですけど、体には悪いのは確かですからねー」


 冷蔵庫の中身は、ほぼ空と言っていい状態だった。ジュースとアイスと言った甘味がポツリと入っている程度で、調味料の姿すら無かった。

 冷蔵庫の中身は、光の手によって肉、野菜、卵、魚、調味料が揃えられていく。その様子を、蓮と茜は興味津々に覗いていた。


 キッチンの備品は、電子レンジやオーブントースターなどは使われた形跡が有ったが、フライパンやまな板、包丁、炊飯機は使われた形跡が見当たらなかった。

「よく、こんな食生活でやっていけるな。ま、人それぞれの勝手だけど」と、光は小声で愚痴を零した。

「別に、インスタント麺でも、若いうちは大丈夫だよ」と、咲は言う。台所に置かれているカップ麺のチョイスは、殆ど咲が行っていた。

「ま、咲ならそうだろうね」と、光は答える。カップ麺が、咲の嗜好で選ばれているのは、銘柄を見れば、共同生活をしていた光にも分かることだった。


「何を作るの?」


 茜は、野菜を切り始める光に聞く。


「チキンカツカレー。惣菜のカレーが安かったし、数日間乗り切れるし」


 夜カレー、朝カレー、昼カレー、夜カレー。家庭の食卓ではよくあることだが、家庭と隔離され続けた三人にとっては、それが懐かしく感じた。


「咲、ご飯四合洗米してくれる?」


「はいよー。なんだか懐かしいなー」


 咲は内釜に米を入れてから、光と台所に並ぶ。


「手慣れてるなぁ。あの二人」


 咲と光の姿を見て、茜は呟く。


「同じ七番支部出身だしね~。光ちゃんと組んでいたらしいし」


 そういえば、と茜は思い出す。しかし、普段年上は差はあれど敬う体質な咲が、同級生、いや、友人のように光と話すのは、妙に思えた。

 それは、憧れのあの人と、非戦闘員である咲が対等に話していることに対する、嫉妬の意が少なからず籠もっていた。


 料理に一段落が付き、光が部屋について聞く。茜が空いている部屋のうちどれが良いかを訊ねた。

 部屋はリビングの、ワープ装置の反対側のドアを出た廊下に、十人分有る。三部屋を除いて、全て空き部屋である。

 光は、茜の正面で、咲の隣の部屋を選んだ。荷物について茜が聞くと、別に、問題は無いと答えた。


 部屋の設備について一通り説明した後、茜は光の部屋を後にした。

 光は、握れるサイズの、白い棒状の物体を取り出した。中央に鞄の絵が黒で刻印されている。

 光は、それを握って、その棒に力を加えた。すると、棒は輝き出し、光の目の前で棒は大きな箱に変形した。

 これは、空間歪曲、量子圧縮・復元技術によって作られた、大きなバックパックである。


 箱の蓋を取ると、中には様々な物品が入っていた。生活必需品から、趣味の物まで、その中身は多岐に渡る。

 光は、まずカーペットと布団を取り出し、次に趣味の為の本棚や、工具と作業台などを組み立てていく。

 

 光の様子は手慣れており、部屋の設営がすべて終わるのに、三十分も掛からなかった。黒と赤を基調にした、落ち着いた部屋。という感じであった。

 光がリビングに戻ると、部屋の隅にある、三枚のディスプレイの前に、咲と茜が真剣な眼差しをして、画面を見ていた。

 あれは一体何かと、ソファーに座っている蓮に聞く。


「あれはね、定期通信って言って、隣接防衛基地である中部基地との連絡を取り合っているの」


 蓮は咲と茜の方向を見て微笑みながら言った。


「もう直ぐ、通信が始まると思うんだけど。どうしたのかな? 戦闘中なのかな?」


 咲と茜の表情は、固かった。結局、十分待っても、返事は無かった。

 咲は、「きっと戦闘中ですよ。彼女たちは無事だと思います」と、心配する茜を宥める。

 光は、中部基地自体がもう長くないのでは無いかと予測した。不安の表情を出す茜の影で、光の心も曇る。

 光はその気持ちを仕舞い込み、煮込んでいた具材の様子を見た。もう直ぐルーを入れられるぐらいの状態だった。


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