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例えこの剣が、憎しみに塗れていたとしても。  作者: ハル
第一章 優しい思い出
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第二話 ReStart


「もう! 何回言ったら判るのよ!」


 誰かを叱咤する女子生徒の声が、階段から廊下にこだまする。

「また怒ってるよ」、「黙ってりゃ可愛いんだけどな」と、ガヤの中から反応が漏れる。

 叱咤の声の主の名は、螢田茜(ほたるだあかね)。赤い眼鏡、二つに結って提げた髪、制服の黒セーラに赤い『風紀委員』と書かれた腕章が特徴的だ。

 今日も、茜は風紀委員の務めをしていた。服装違反、禁止物持ち込み、無断遅刻‥‥‥。挙げていったらキリがない。

 

 学校の治安は、ハッキリ言って、良くない。だからこそ規律を尊守して、危険を事前に防いだり、真面目な生徒が損をしないようにするべきだと、彼女は思っている。

「そんなに細かくやらなくても良いのよ」と、上級生からはアドバイスされたけれども、「規律は規律ですから」と言って、茜は頑なに曲げようとはしなかった。そんなせいか、影では「細かい人」、「うるさい人」と揶揄されていた。


 本鈴が鳴り、風紀委員の茜も教室に戻る。ヒビの入っていない空間はどこにも無いと言われるほど、この学校も老朽化が進んでいた。

 教室の席のうち、四分の一程は空席である。大体、遅刻者が半分。欠席者が半分。本鈴と同時に朝の学活が始まっているので、茜が席に着く頃には既に先生の話が始まっていた。

「大事なお知らせがあります」と言って、先生はおしゃべりの世界に入っている生徒や、漫画を読んでいる生徒、寝ている生徒から、耳を傾けて貰うように促した。


「今日から転校生が入ってきます。えっと、ただ‥‥‥」


 茜が周囲を見回しても、見慣れない顔の子は居なかった。

「居ねぇじゃねえかよ」と、文句の声が混じった雑談の声が、再び教室を覆い尽くす。

 先生の話に耳を傾ける生徒など、二割居ればマシな方だ。実体の声に遮られ、先生の声が届かなくなったため、茜も話を聞くのを諦め、窓の方に目をやった。

 

 窓側の席である、茜の席から見えるのは、数百メートルに続く住宅街と、その先地平線の彼方まで続く、瓦礫の荒野だった。茜が通う『桜ヶ丘高校』は、異界からの侵略者(インベーダー)と接触する恐れの高い『注意区域』、及び『警戒区域』にとても近かった。

 しかし、国が非常事態宣言を出してからというもの、高校学区制が始まり、大学までの教育の一本化が始まった。

 それに、侵略者によって、家、親族、友人を失った人も、この学区には少なくない。茜も、その一人だった。

 そんな様々な因果が、この『桜ヶ丘高校』の治安の悪さに影響していた。


 窓を見て、意識が上の空な茜に、先生が机をコンコンと叩き、話しかけた。

 授業途中で転校生が来たときには、担任に連絡すること。あと、席を隣にしておくから、転校生にこの学校について教えてあげて。と、先生は言って、教室を去っていった。


 朝居なかった転校生が、学校になんか来るのか、そんな疑問を茜は抱いた。



 授業とは言い難い授業を受け、午前が終わった。

 茜は、腕章を付け、周りが昼食を取っている時間帯に、校内へと見回りに出る。

 することは主に二つ。勝手に早退する人を止めること、午前の出席状況を伝えることだ。前者は風紀委員の仕事だが、後者は日直が本来行う仕事である。

 しかし、日直の仕事をしっかりやってくれる生徒は、先生の話をしっかり聞くクラスの二割のうち、数名しか居ない。結局、茜が代行する形となっていた。


 見回りは、原則毎日ある。けれども、風紀委員は二人居るから、本来二日に一回の頻度だった。けれども、もうひとりの風紀委員は現在進行系で不登校だった。

 不平不満を少し浮かべた顔をして、いつもの見回りルートを茜は歩いた。


 校舎は『教室棟』、『共通棟』、『職員棟』の三つに分けられている。昔は『職員棟』というものは無かったが、高校学区制以降、教員の保身の為に取り入れられた噂が、高校に流れている。

 クラスの出席状況も、午前と午後の出席シートをポストに入れるだけ。職員を呼び出したい時は、職員棟入り口のインターホンを鳴らす必要がある。

 職員棟は改装されていて、入り口の清潔さの差で、教員が生徒を嫌っているのがわかった。それに、カードキーが無いと入れない仕様となっている。義務教育では無いから、バッシングされないだけであって、ここまで生徒を嫌っているのをあらわにされると、憤りがこみ上げない訳がなかった。

 今日もポストに出席シートを提出し、茜は見回りルートに従い校舎の外へ出た。


 幾ら規則に細かい茜でも、見回りルートで視認できない所へと、深入りするのは止めるようにしていた。特に体育館倉庫と、物理化学実験準備室。

 何故かと言うと、中から声があり、確認の為に入った時。茜が目にしたのは生徒同士の性行為だったからだ。気まずさと、凍る背筋の度合いは、言葉で表せないほどだった。

 その経験から、見回りは深追いしないと茜は決めていた。入学からまだ二ヶ月。無事卒業できるのか、不安は常に付き纏った。


 見回りルートも終盤で、中庭のチェックを迎えた。共通棟が正面奥にあり、共通棟と直角になるよう、教室等が左、職員棟が右にある。上から見ると、コの字の形をしている。

 茜は空を見上げた。綿菓子のような白い雲が、青の中に溶けていた。そして、空から視線を戻そうとした時、屋上に人の影が見えた気がして、茜は目を凝らした。


 職員棟の屋上に、人は居た。逆光でよく見えないが、女子生徒で、少し長い髪をなびかせてながら、パンを食べているように見えた。

 けど、屋上にたどり着ける通路は、ない。一体どうやって‥‥‥。いや、問題はそこじゃない。その”女子生徒”が屋上に居ることだ。


 茜は、女子生徒の麓へ近付いた。


「そこの女子生徒! 危ないから今すぐに屋上から立ち去りなさい!」


 コの字の中庭で反響した茜の声が、全校へ響き渡る。

 ”女子生徒”は聞く耳を持たず、体を倒し、職員棟屋上で仰向けに寝そべる。

 茜は屋上まで行って、今からでも屋上から立ち去らせたいと思ったが、生憎屋上へ登ることのできる道は無い。どこにも繋がっている通路が無いのである。学校の航空写真と、見取り図から、それは明らかであった。

 茜は唇をかみしめて、教室へと戻った。



 午後の授業は、少しだけ形を成している。五月蝿い学生の半分ぐらいが、午前で帰るからだ。全く、風紀委員上級生は仕事をしているのか。と思いながら、茜はため息をついた。

 授業が全て終わると、教室から茜以外の人は居なくなり、午前とは打って変わって、静寂が包み込む。

 掃除当番も何回代わりをやらされているのだろうか。数えるのも厭になるほどだと、呆れた顔をしながら、茜は教室の掃除を始める。教室の交代制の掃除当番も、形骸化していた。


 茜が黒板の掃除をしていると、ドアが開く音が鳴った。茜は扉の方向を見る。


「あーあ。終わっちゃったか‥‥‥」

 

 声の主は紫色の瞳をした女子生徒。

 少し長い髪の毛のシルエットが、さっきの屋上に登っていたのを自白していた。


「あ! あんたは!」


「おっと。これはさっき下から注意してきた人」


 悪びれている様子は微塵も無かった。


「いや~、校内を一通り周ってから教室に来たらこれとは‥‥‥。ま、遅刻したから、改善の余地はあったけど」 


「改善の余地って、遅刻と学校の立入禁止区域に入ってその態度は無いでしょ」


 ムスッとした顔で茜は言った。


「ごめんごめん」


 ”女子生徒”は愛想笑いをして申し訳無さ半分で言ってから、次に床を掃くために立てかけてあった箒を手に取った。


「ま、代わりと言っちゃなんだけど、掃除手伝うからさ」


 ”女子生徒”が床を掃き始める。茜は黒板の掃除に戻った。


「あのさ、掃除当番ってもっと他に居るんじゃないの?」


「居ないわけじゃないけど‥‥‥」


「毎回バックレられてるってことか」


「どうしてそこまで分かるのよ?」 


 初対面で真を突かれ、茜は怪訝そうに訊ねた。


「だって、『掃除当番』って書かれている名前は三人分だし、それに、床のゴミの貯まり具合にムラがある。ゴミの貯まりにムラがあるってことは、同じ掃除の癖がある人が何日も連続でやっているってことだから、そういうこと」


 ”女子生徒”の洞察力の高さに、茜は驚き、手を止める。ふと振り返ると、茜が普段箒で掃除を行うよりも、早く、慣れた手際で進めていた”女子生徒”の姿があった。

 茜は、”女子生徒”の得体の知れなさに少し寒気を感じながら、作業に戻った。普段茜一人で行うよりも、半分以上の速さで掃除が終わった。



「どうして付いてくるのよ!」


「だって私の家もこっちだから」


茜は眉間に手を当てた。そして、頭を少し抱えた。


「こんな注意区域内に住む人なんて、居ないわよ」


学校から徒歩三分。閑散とした住宅街が佇む。茜の国に、侵略者(インベーダー)が現れてから、彼らの領域を『危険区域』といい、私達の居住区域との緩衝地帯として『警戒区域』、『注意区域』がある。

警戒区域は、危険区域から三キロメートル以内かつ、戦闘が起きた区域。注意区域は、危険区域から三キロメートル以内で、戦闘が起こっていない区域を指す。


普通、警戒区域や注意区域に住む人はいない。だから、閑散とした住宅街であるここも、人は住んでいない。どこも空き家である。


"女子生徒"はどうしてだか分からないが、ケロリとした顔をしていた。その態度が、茜には怪しくて仕方がなかった。


「でも、君だって、注意区域(こっち)の方に住んでいるんでしょ?」


彼女の発言に、茜は呆れる。茜は彼女がどちらかの理由でここに居るのではないかと考えた。

一つ目は単なる興味本位。実際一般人が注意区域に入ったところで、罰せられる事は無い。

二つ目は、彼女が私の所属する組織に関与しているから。しかし、例え彼女が組織の隊員だったとしても、こんな地方戦線に人員を割かないであろう。

故に茜は前者が理由であると考えていた。それなら、警戒区域で追い払えば良い。そう思って「勝手にすれば」と、呟いてから、茜は歩く速度を上げた。


追いかけてくる足音を背にして、茜は歩き続ける。学校から十五分程歩いた所で、瓦礫の荒野へと出た。

歪な建物の断片が、建物の敷地をかたどるように、四角錐の形をして、積まれていた。


瓦礫が積まれていない一本の道を歩いて数分後、茜は気配を感じ、素早く後ろを振り返る。そこには"女子生徒"が居た。歩調を合わせて、音で気付かれないようにしていたのだ。


「どうして貴女は付いてきているのよ? ここは警戒区域で一般人は立ち入り禁止よ? 分かってる?」


茜は強い口調で言った。


「分かってるし、大丈夫だよ。ヤバくなったら逃げるから」


茜には"女子生徒"が命知らずな人のように、感じられた。なぜなら、茜には生身の人間が、奴らから逃げられないと知っていたからだ。


「いいや、分かってないわ。貴女、五年前に起きたことを覚えてないの?」


茜は、強く諭すように言った。"女子生徒"が口元を動かし、返事をする時だった。


警報音が、町内放送のスピーカーと携帯から鳴り出した。

相変わらず、激しい不協和音で長く聞くのは耐えられないような音だった。


町内放送のスピーカーの方向、つまり注意区域の方面に視線を向けてからすぐに、茜は反対方向を見た。

黒く重たい球体の中から、白く無機質な甲羅と、黄色い球体の一つ目を持つサソリと、身長三メートル程の人の形をした、白い甲羅の人形。頭部に"サソリ"と同じ黄色い球体の一つ目が埋め込まれていた。


「スコーピオンに、‥‥‥ヘルクレスか。まずいな、地味に潰しに来てる」


"女子生徒"は"サソリ"と"人型"を見て、戦略家のような口調で小さく呟いた。

位置は手前にスコーピオンと呼ばれた"サソリ"が三匹、その数メートル後ろにヘルクレスと呼ばれた"人型"という関係だ。


「私がこいつらを相手にするから、貴女は先に逃げなさい!」


 茜は叫んで、スコーピオンへと走る。


(戦闘体‥‥‥。起動!)


 茜の意志に呼応して、戦闘用の衣服にチェンジされる。

 赤いコートのようなジャケットに、黒く縦にひだを重ねたスカート。それぞれの手には半透明で黄色一色の短剣を携えていた。


『やれやれ、勝手に警戒区域に入った奴を守るとは、なんてお人好しな人だ』


 スコーピオンへと駆ける茜の背中を見ながら、”女子生徒”から”女子生徒”のものではない老けた声を発した。


「ま、そりゃ人々を守るのがお役目だしね」


『何を呑気に言うと思えば。別に、あの人からすれば、レジスタ使って逃げることだってできたんだ』


「その時は、その時だよ。ただ‥‥‥」


 ”女子生徒”は声を詰まらせた。


「ヘルクレス相手はちと厳しいでしょ。普通のじゃ」


『ならどうして手助けをしない』


「お手並み拝見中って感じだから」


『さいですか』


 茜は素早くスコーピオンの懐へ潜り込み、左右どちらかの短剣で、素早く黄色い一つ目を斬る。

 スコーピオンは攻撃、或いは反撃を繰り出す前に、コアをやられて動きを止めた。


 三体のスコーピオンが連携を取る前に、茜の素早い機動で無力化された。


「ここからだな‥‥‥」


 ”女子生徒”は、緩めた表情を戻し、鋭い眼差しでヘルクレスを見つめる。


 茜はヘルクレスと対敵したことはない。


(何これ!? 新型!?)


 見たことがない敵影に足を少し止めた。


(けど、侵略者(インベーダー)である限り、私の敵であることは変わりない)


 茜は一直線にヘルクレスの”目”へ跳躍する。衝突と同時に強く切り落とした剣は、呆気なく割れていた。

 ヘルクレスは茜の剣が当たる直前に、”目”を閉じた。新型兵器であるヘルクレスの反応速度は、スコーピオンよりも早い。


 反作用によって茜は宙に弾き返される。そこへ、ヘルクレスの重い拳が上から下へと、茜を襲った。

 瓦礫の山の中へと打ち込まれ、茜は仰向けにになるようにして、地面と背中を合わせた。立ち上がり、瓦礫の山から出て、再びヘルクレスの前に立つ。


(!?)


 茜の下半身に、痛みが走る。瓦礫の地から、棘のようなブレードが、両足左右二箇所ずつを死角から前へと向けて刺していた。

 棘は地面に素早く潜り、無理矢理引き抜かれた足の穴から血が出る。痛覚は抑えられているものの、質感を持った痛みが、確かに茜を襲う。

 そして何よりも、足の神経伝達系を貫かれ、立てなくなっていた。


 茜は足がよろけて、姿勢が崩れ落ちる。

 短剣を杖のように扱い、正面を見上げた。ヘルクレスと、目が合った。

 その静かな眼光に、茜の目が泳ぐ。まずい! 殺される!


「こうなるまで放置しちゃうなんて、私も性格が悪くなったのかな」


 自問自答の独り言が、宙を駆ける。

 茜は咄嗟に声の方へ顔を向けた。綺麗な銀の刃が、日の光を反射しているのが見えた。

 そして、左手に太刀を持った、少し跳ねている長髪の少女の後ろ姿が、ヘルクレスの正面すぐに降り立つ。


 太刀は正面から見て左上、右上、左下、右下を斬る軌跡を描いた。ここまで一秒も経っていない。

 その軌跡に従い、ヘルクレスは豆腐のように斬られる。両腕と両足の関節を斬られて、崩れ落ちる。

 そして、少女の背丈程の高さに、ヘルクレスの”目”が降りた時に、太刀は”目”を真っ二つにしてから、少女の右に提げられている鞘に仕舞われた。


 茜の脳裏には、五年前の記憶がフラッシュバックしていた。


 振り返った少女の顔は、あの日の記憶と見事に重なっていた。


「久しぶりだね。髪切っちゃったから、戦闘体じゃないと分かりにくくなっちゃったけど」


 戦闘体は赤いネクタイにワイシャツ、その上に黒いスーツでボタンの位置は普通のスーツより高い。上襟には臙脂色のラインが少し入っていて、下はスカートを履いていた。丈は少し短く、短い靴下だったことから、白い肌が露出している。


 ”女子生徒”いや、光は明るい笑みを茜に見せた。光は手を茜に差し出す。

 茜は手を取り、立ち上がった。戦闘体の緊急修復が完了したお陰か、ゆっくりならば、歩ける程度にはなっていた。


「ありがとう。光」


 茜は照れくさそうに言った。


「別に、礼には及ばないよ。ま、学校での罰がチャラになればいいや」


「それは、流石に無理なお願いね」


 瓦礫の荒野に、二人の少女の影が浮かぶ。

 遮るものは何もなく、歪な地平線が、遠く彼方まで見ることができた。

 

 目の前のスコーピオンと、ヘルクレスは、もう動かない。


 光は、基地の場所を尋ねる。茜は指を指して答える。

 その方向には、瓦礫の地平線しか見えない。光は訝しげな表情を取るも、進む茜に促され、後を付いていった。


 無人の、瓦礫の荒野を。


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