事件の真相
「大分、片付いてきましたね」
「そうですね。最初は犬神家の状態でしたから」
若い刑事と事故調査班の男性二人が話している。
時刻は午前3時。周りは野山に囲われ、照明の外は完全な暗闇。
彼らの目の前にはボンネット部分まで大破した自動車が一台横たわっている。
車内にいたのは運転手の男性一人のみ。
ただ残念ながら事故の詳細を彼に聞くことは出来なかった。
なぜなら彼は───既に死亡していた。
県境にあたる山道での事故。数時間前に通報を受けて山道の現場に着いたときは、自動車が地面に突き立っている状態だった。慌しく救急車やレッカー車が狭い現場を出入りしていたが、今は一通りの現場検証が済み、数人が居るのみだ。
事故車両の運転席に刑事が目を向ける。
無理やりこじ開けたドアと、粉々になったフロントガラス。
さほど照明があたっていないが、ガラスが赤黒く染まっているように見えるのは、気のせいでは無いだろう。
せめてシートベルトをしていれば……いや変わらないか。
刑事は視線を車から上に向ける。
30メートルの崖の上でも、事故処理は行われている。
彼の視線は崖の上のガードレールの切れ間に向けられていた。
「やっぱり、居眠り運転でしょうか」
刑事に向かって処理班の男性が話を振った。だが、その答えは別の人物の口から返された。
「いや、違うな」
「警部!」
そこに現れたのは、これまでにいくつもの難事件を解決してきた、署内でも有名な警部だった。
警部は遠くを見るような目をしながら、口を開いた。
「これは事故じゃない。自殺だよ」
「自殺?」
声に疑問の念が混じる刑事。調査班の男性も口にこそ出さないが、腑に落ちない表情を浮かべる。
だが、そんなことを知ってか知らずか、警部は言葉を続ける。
「君達は運転手が、山道を走行中に居眠りをして、偶然ガードレールが無い箇所から転落したと思っているんじゃないかね?」
「ち、違うんですか?」
「違う」
警部はきっぱりと答えると、視線を崖に、そして車に向ける。
「距離がおかしいと思わないかい?」
「距離?」
「そう、距離だ。いくら高い崖の上からと言えど、崖と車の位置が離れすぎている。この距離を飛ぶとなるとかなりのスピードが必要になる。居眠り運転のドライバーがそこまで強くアクセルを踏んでいると思うかね」
「……た、確かに」
「そして、あの位置は──」
警部が視線を崖の上に向ける。
「このあたりの山道では一番高い処にあたる。しかもその前は長い直線があるんだよ。そう、ちょうどスキーのジャンプ台の様にね」
「ジャンプ台、ですか?」
「ああ。運転手は地元の人間だし、その事を知ってたんじゃないだろうか……」
そう言いながら、警部は右手を前に差し出した。
その手には証拠保存用のビニール袋に包まれた、一枚の写真。
「これは?」
一人の女性が柔らかな笑顔をこちらに向けている。
「運転席から見つかったものだ。おそらく大切な人だったのだろう」
「だった?」
「よく見なさい」
刑事が袋の中の写真をよく見ると、ひびが入っているような線が見えた。
……違う。これは手でちぎったんだ。
写真にひびが入るはずがない。
破られた写真が、ビニール袋の中で完成済みのパズルのようになっていた。
「じゃあ、自殺した理由は……」
先を続けようとする刑事を、警部は遮った。
「よそう、そこまで考えるのは。事件の真相なんて、分からないほうがいいのさ」
「警部……」
「……帰ろう」
警部は二人の肩に手をまわすと、事件現場に背を向けた。
数時間前、車内。
「ぶえっくしょい。ん? づあぁっ!?」
事故原因:クシャミをした際に下を向いた事でアクセルを強く踏んでしまった&涙で目がかすんだ事による前方不注意。
ちなみに写真の女性は運転手が好きだった地下アイドル。
先日恋愛スキャンダルが発覚し、車内に持ち込んでいた一枚を破り捨て、車内のゴミ箱に捨てていた。写真は転落のショックでゴミ箱から出てきただけである。
あえて言うまでもないが、恋人でもなんでもない。
……事件の真相なんて、案外こんなものかもしれない。