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片翼の翼〜姫巫女は後継探しの旅に出る〜  作者: 佐藤真白


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8/13

無関心の娘 中編

その後、一行には2部屋に案内された。

ガーベラの嫁に行った娘と独り立ちした息子の部屋だったそうだ。


2階に上がって直ぐの部屋とその隣の部屋で向かいは夫婦の寝室なので何かあれば言うようにと言われた。


今はまだ農作業から上がって来ていない旦那と隣の家に住む息子夫婦は夕食の時に紹介するとも言われた。


一行は今階段を上がって2部屋目に集まっていた。



「さて、さっきのガーベラさんの話、ユーリ様はどう思いますか?」

オドレイは閉めた扉の前、やや警戒を滲ませながらユーリに問う。


「うーん…嘘は言ってない。でも、不憫ってだけじゃないかなって思うよ。何にせよ本人の意思も大事だと思うのは本当。後は女神様からの祝福の有無もちゃんと調べないとね」


ベッドの端に腰掛け足をぶらつかせるユーリの言葉に一同は頷く。


「じゃぁ私はあの子の監視と情報収集行って来まーす。夕飯には帰るんで取っといて下さいね〜」


そう言うとランタナは窓からヒョイっと出て行った。


「では私は教会へ問い合わせを行いましょう。誰がこの村の選定担当なのか判れば大凡の察しもつきますからね」


そう言ってアンリはランタナの去っていった窓辺に寄ると銀の笛を吹いた。使い魔を呼ぶ為の銀笛は音を響かせない。それでも確かに使い魔はやって来る。何処にいてもだ。


「ユーリ様は早めにお休みの準備を進めましょう。宿屋以外で休息を取るのは初めてになりますから、気も張るでしょう。幸い湯は使えるそうですが、家人の後ではどうにも…」


「私は気にしないよ?育った村では共同浴場だったし、教会だって上級の個室持ちの巫女以外は共同でしょ?」


「ですがユーリ様…」

言いかけたオドレイは瞬時にドアの外の気配を窺った。

木製の階段はギシリギシリと鳴いていた。


トントン

ノックの音が聞こえる。

「お嬢さん方、よろしけりゃお先にお湯をどうぞ?うちの人達はもう少しかかるし、農作業後の人の風呂なんて嫌だろ?下がって来たら場所を教えるから準備したらおいでなさいよ」


ガーベラが気を利かせてくれたようだ。


「ほら、問題なくなったでしょ」

そう言ってユーリは肩をすくめて見せる。


「はーい!ありがとうございます!準備したら降りるわ」

そう扉越しに返すと「はいよ、待ってるよ」と返事があり、階段はまたミシリと鳴いた。



オドレイが深く息を吐く。

そして何も言わずに湯浴みの準備を始める。


ランタナは寝ている事にして3人で着替えを持って降りた。


通されたのは家の外の小屋だった。隣には汲み取り式の厠がある。格子窓からは中の様子が覗けそうな作りで湯を焚いているのが分かる位にその格子窓からは湯気が逃げていた。


先ずはユーリが湯を借りる。小屋の中には狭いけれど脱衣所があり、籠の中には拳大のヘチマと目の粗い木綿のタオルが置かれていた。これを使えと言う事なのだろう。ユーリは懐かしさを覚える。


教会では世話役の巫女達が柔らかい布で泡立てた泡で優しく洗ってくれていたけれど、教会に入るまでは村でギチギチとヘチマタワシで祖父に洗ってもらっていた。石鹸もいい匂いのものじゃなくて、少し脂っぽい匂いだったのをつい思い出した。これはガーベラからの心遣いなのだろう。


そのまま浴場に入れば木製の木枠に七分目まで湯が張られている。

天井からは2本の紐が下がっていて、紐の先は湯船に入るように2本に伸びた樋へと繋がっていた。不思議な作りで戸惑っていると湯船の上の格子窓から声をかけられる。


「お客さん、入ったかい?もし湯が熱ければ青い方の紐を少し引いて下さいな。ぬるけりゃ赤の紐を引けばお湯がでますから。お湯の方は使いきっちまうと沸かし直さなきゃならないから気をつけて下さいね」


成程温度調節の為の物らしい。

今はチョロチョロと其々の樋から水音がする。


ユーリは童心に帰ってヘチマタワシで洗い場を泡だらけにして湯船にまで石鹸の泡を入れてしまった。

次に入ったオドレイにしこたま怒られた。

泡を湯船に入れてはどうやらいけなかったらしい。そして泡だらけにしたままで出て来てはいけないようだと学んだ。


庶民の暮らしをしていたはずなのにもう忘れている自分が何だか情けなくなってしまう。

湯上がりの髪をアンリに拭かれながら少し落ち込んだ。石鹸の匂いは記憶のものよりも甘く微かにミルクの匂いがした。


湯上がり後にダイニングへと戻って謝るとガーベラには大笑いされた。

「アッハハハハ!お嬢さんは元気だね〜!うちの孫たちもやるから気にしなくって大丈夫だよ。うちの風呂は亡くなった義父御自慢でね、この辺では珍しい東式の風呂だから子供達が喜ぶんだよ」


聞けば外にお嫁に行った娘さんの3歳と5歳のお孫さんも同じようにお風呂を泡だらけにするらしい…。話を聞いたユーリは途端に恥ずかしくなる。


「それにしても、急な事なのにタオルやタワシ、石鹸までご用意くださってありがとうございます」

アンリはやや警戒しているようだった。


「偶に孫達が来た時とおんなじだよ。石鹸は実は私の自作でね、もし使えそうならお嬢さんの目に留まるんじゃないかって打算込みなのさ」

アンリの警戒は少し緩む。人間、よっぽどの善人でなければ真心よりも下心がある方が親切になるものだと安心したようだ。


「そうだったの!変な脂っぽさが無い、いい石鹸だなって思ったのよ!泡立ちも良かったし、洗った後も何だかしっとりだったから」


「おや、お嬢さん分かってくれたかい?あの石鹸にはうちの牛乳を入れてるから洗い上がりが柔らかなんだよ。知り合いの中では評判なんだけど、売り物になるかね?」


ガーベラは嬉しそうに小首を傾げて見せた。


「なるなる!来る途中の綺麗なお花やハーブがあったからそれを入れてみたらもっと良くなるかも!そうすれば教会で使ってても遜色ないんじゃないかな?」


「お嬢さん、いくら何でも教会は褒めすぎだよ。まぁ、褒められて悪い気らしないけどね。もし気に入ったなら検討しとくれ。お嬢さんの旅が終わってからで構わないからさ」


ガーベラが笑うのと、家の玄関が開けられるのは殆ど同じタイミングだった。


「ガーベラ、賑やかだな。さっき言ってたお客さんかい?」


入って来たのは少し薄汚れた作業着姿のおじさんだった。栗色の髪は数筋白くなっている。恰幅もガーベラと並んでも見劣りしない。


「えぇそうよ、あなた。お嬢さん方、紹介するわね。これがうちの主人のシダー。まだ仕事中なもんで作業着でごめんなさいね」


ガーベラからのいきなりの紹介にシダーは手に持っていた牛乳のたっぷりと入った鍋をガーベラへと渡しながら苦笑する。


「おいおい、これ扱いかよ…。初めまして、シダーだ。何も無い集落だけど、食い物は美味いから浅慮なく食べてってくれ。それと…スザンナの件、前向きに考えてくれると嬉しい。握手は…俺が風呂に入ってからで良いかい?」


「シダーさん、初めまして。私はユーリ、こっちがオドレイでこっちはアンリ、もう1人私の付き人のランタナがいるんですけど、慣れない旅で疲れて寝ちゃったのであとで紹介させて下さい。今日はガーベラさんに声を掛けてもらえて助かりました!じゃなきゃ野宿だったので…お言葉に甘えてお邪魔してます」



ちゃめっ気を含んだユーリの紹介にシダーとガーベラの顔には親のような慈愛が滲む。きっと根っからの善人なのだろう。夫婦揃って警戒心が薄い…と言うのか子供に甘そうだ。まだまだユーリは見守って手を差し伸べなければならない雛のように見えているのかも知れない。


挨拶を済ますとシダーは後少しで仕事が終わるからと告げて戻って行った。

ガーベラは受け取った牛乳を火にかけ始める。家の一階には良い匂いで満たされている。


お腹の音に手をおさえつつユーリ達は階段を上った。部屋に入ってベッドに腰を掛ければ音も無く窓からランタナが入って来た。


「ただいま戻りました!この家のご主人が風呂に入ってるうちに簡単に報告しますよ?」


「うん、お願い」


「あの後、例の少女は下の沢で身を清めてから上流にのぼって沢の水に瓶を浸けながら作業をしていました。あれはバターを作っていたんでしょうね。抱えてた缶のミルクが無くなるまで作業して家に帰って行きました。家に帰ってすぐに遅いと罵声を浴びながら母親と妹の為に夕飯の準備と風呂の準備をしていました」


「何か変わった事はあった?」


「お嬢、バターってそんな直ぐに出来ないんですよ、知ってました?」


いきなり何を言い出すのだろう。


「知らないけど…それがどうしたの?」

ランタナは少し楽しそうだ。


「バターを作るのには少しばかりコツがあるんです。常温でも出来ますけど、搾った牛乳を静置して分離して浮いたクリームをよーっく冷やしながら作ると早く出来るんです。でも生半可な冷たさじゃ駄目なんです。霜がはるくらいキンキンに冷たくないといけないんですよ…」


それがどうしたというのだろうか。

ユーリは小首を傾げて続きをまつ。


「今は春でしょ?それももう直ぐ初夏ってくらいの時期じゃないですか。いくら沢の水と言ったって水温には限度があるんですよ」


言われてから気づく。水浴びが出来る程度の水温はそこまで低くはないだろう。

ユーリ達は目を丸くして驚くとしてやったりと言った意地の悪いしたり顔のランタナが口を開く。



「水浴びがをしていた水は周囲の水温よりも高く温かでした。そしてバターを作っていた水は手を入れるのが躊躇われる程冷たい水でした。同じ沢で距離にしたら家一軒分しか離れていないのにそれは異常です。恐らく彼女に味方する力があるのでしょうね。今夜夢見の力を使います」


「ランタナ、貴女も巫女だったの⁈夢見なんて凄くレアなのに…気付かなかった…」


「昔の事っすよ。今は残滓があるだけのただの暗部のの人間です。羽視はもうありませんし、もう過去視しか使えませんからね。それに一応隠匿の魔法具と誓約は交わしてますから見えなくて当然です」


事もな気にランタナは言うが夢見の巫女は数少ない上級巫女なのに…

巫女は成人後にその女神様から頂戴した恩寵を残す場合がある。主には羽視や治癒と言った奇跡の力だ。その中でも夢見は本当に数少ない。夢を介して対象と繫ったり、未来や過去を覗き見る事が出来る。リリーも宿す奇跡の福音。女神様の恩寵だ。


「ランタナ…凄い巫女姐様だったんですね…」


「そんな、お嬢!畏まらないで!私そういうの苦手!それに最終はルドベキアだったんだから姫巫女様には敵いませんよ!私をそんな目で見ないで〜」


ルドベキア…巫女階級第七位の高位職だ。その役割は調停者。別名は真実の巫女である。そんな高位巫女の先輩だったのかとユーリは驚きを隠せない。


「昔の事だって。今はただのランタナだよー。そらよりも今はあの子の事よ。多分相当家では折檻を受けてると思うわ…水浴びの時に見えた背中は…随分と傷だらけだったから…。女神様からの加護持ちだと思う。じゃなきゃ死んでてもおかしくない」



ランタナの顔が陰る。ユーリはその目で未だにそれを見ていないが痛ましいものだったのだと想像して身震いをする。


一同の空気が重くなった所で下からガーベラの声がした。


「そろそろご飯はどうだい?今ならチーズグラタンが熱々だよ」


その声に何だか温かさを感じる。少し沈んだ気持ちを切り替えて一同は食堂へと降りた。


テーブルの上には乗り切らないほどの料理と子綺麗になったシダーとシダーを一回り細くしたような青年、その隣に赤子を抱いた女性が待ち構えていた。


「旅のお客さん、ゆっくとできたかい?折角だから鱈腹食って行ってくれ。ここいらの食材は聖都へ運ばれる程美味いしガーベラの料理は世界一だからな。あぁ、紹介しよう、こっちにいるのが俺の息子夫婦だ。今は隣の家で暮らしている。スザンナの事もある…少しは泊まっていくんだろ?困った事があれば息子達にも頼るといい」


紹介された2人は朗らかにどうもと笑んだ。ガーベラやシダーと同じく善人なのだろう。


「こんにちは…こんばんはかな。私はユーリ、こっちはオドレイとアンリ、それからシダーさんにはさっき紹介出来なかったランタナよ!お世話になります」


そうユーリが言えば皆口々によろしくね、ゆっくりして行ってと声を掛けてくれた。

そうやって囲む食卓はとても温かで美味しかった。



食後、ランタナは湯浴みを速攻で終えると闇に溶け込むようにと姿を消した。


それと前後するように音も無く窓辺へは教会からの使い魔がやって来た。それは小柄なミミズクだった。

アンリはそのミミズクの脚に括られた銀筒の中に手紙を入れて返した。


今日一行に出来ることはこのくらいで後はゆっくりと体を休める事くらいだろう。



潜り込んだベッドは少し軋んで、仄かにガーベラの石鹸の匂いがする。

初めてなのに温かさに包まれて不思議と安心してユーリは夢へとおちていった。







闇に溶けたランタナは風のように走る。

自分の過去を隠すつもりも無かったのだが、あの眩しい視線はどうにも慣れない。自分が行って来たのは薄汚れた…本来の聖職者では見ることのない闇だ。


それをあぁも眩しく見られると居心地が悪い。

穢れを知らない姫巫女が眩しくてしょうがない。


苦笑と共に古びた家の屋根裏へと通気口を抜けて入り込む。


そこそこ古い家だが、蜘蛛の巣やネズミは少ない。


隠蔽用の魔法具を起動させて家の様子を探る。


家人は一階に集まっているのだろう。

そっと一度外へ出て今度は縁の下から家の様子を探る。

少し湿気のある床下は流しの下なのだろう。


不意に頭上からは風を切るような鋭い音が聞こえた。

鞭がしなる時の音だ…。次に聞こえるであろう悲鳴は無かった。

ただ小さく堪え飲み込むような呻きだけが聞こえる。



鞭のしなる音に混じり聞こえてくる罵声はそんな事で?と耳を疑うような内容だ。やれ湯沸かしが遅かった。やれ帰ってくるのが遅かった。やれ料理の塩加減が薄かっただとか…本当にそんな事で何故と思うような内容で頭上の少女は鞭打たれている。


時には「ねえちゃんが悪いんだよー」と同調し煽る幼児の声までする。


全く…これは本当にこいつは母親なのか?そんな疑問まで鎌首を擡げる。


母親と末の娘が寝室へと向かう直前まで折檻は続いた。少女が床を掃除し始める音を聞いてから母親達の寝室へと向かった。


そこにあったのは先程の親子とは同じとは思えない光景だった。

母親は娘を慈しみ最上の宝のように慈愛のこもった眼差しで見つめ、幼い娘は平民の寝巻きにしては上等な衣で母親と戯れる。


一階に残した娘などいなかったかのように物語を語り、優しく娘の頭を撫でる母親と、その手に安心をして眠る娘という理想そのものがそこにはあった。



先程までの光景との温度差に薄寒いものを感じる。

でもそれが事実だ。全くいつの世も人というものは怖しい…。


ランタナは2人が寝静まるまで静かにその温かいはずの薄寒い光景を静かに静観した。



そして、感情を一切殺した冷酷な瞳で寝息をたてる母親に近づきそっとその心の内を覗き込んだ。



ご無沙汰しています。

更新遅れました。

選出はお休みすることをお伝えしましたが、今週は本当に忙しすぎて筆すら取れずにおりました。


お盆明けの本業で緊急案件二連発は流石にしんどかった(笑)


今回は短めです。本当は前後編にしたかったのですが内容が膨らみすぎました。

次回後編を挟んで解決編へと移る予定です。


別タイトルの5巻も間も無く発売となります。表紙絵がマジで素敵なのでもしお時間ありましたら覗いて下さい。

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