ゾンビといえばお約束
案外、人は死なないものだ。
ゾンビを30匹ほど切り伏せた辺りで、ようやくそんなことを考える余裕が出てきた。
斬れば斬るほど湧いて出るゾンビはハッキリ言って強くない。動きは鈍く、こちらを標的として認識しているかも定かではない。
近づいてきたゾンビの首を容赦なく撥ねればそこで終わり。唯一の脅威は、その数だけだ。
「……っと」
背後の足音から距離を取り、腐った姿を認識して首を撥ねる。残った肉体を蹴り飛ばし、続くゾンビの足を止めてから距離を離す。
四方を囲まれないよう逃げ場は常に確保、数はできるだけ減らす。それだけのルールを守るだけでも、生存率は引きあがった。
残る問題は、スタミナ。
「っ、はぁ……くっそ」
運動部にも所属していない男子高校生に、長期戦は厳しいものがある。こんな世界に来るなら、もっと身体を鍛えておけば良かった。
「ヤバいな、コレ」
余裕があるときに周囲を見渡し、逃げ場を探す。素材回収に向かったユリアもそろそろ戻ってくる頃だろうが、人間のまま再会できる自信はない。
で、あれば。
「……あそこだ!」
目の前のゾンビを蹴り飛ばし、地を蹴る。
目指すは、十字架が掲げられた一際大きな建物。俺の認識に間違いがなければ、教会と思われる建物がそこにはあった。
距離は遠くない。2分間ほど全力疾走すれば充分に辿り着け
「へぶあぁっ!?」
目標物だけ視界に入れて走っていた途端、何かに衝突して激痛が奔った。
衝撃を殺しきれず、尻もちまでついたところで目の前を見るが、そこには何もない。
「なんだよ……これ」
手を伸ばし、俺にぶつかった何かに触れる。
やはり、何かがある。見えない壁のような物が、教会に至る道を塞いでいた。
「結界。生者以外を拒む絶対障壁」
「……ん?」
背後から、人の声。ゾンビしかいないと思っていた場所から聞こえた声に警戒ゼロで振り返ると、そこには真っ黒な何かがいた。
「貴方、生者じゃない。でも、ゾンビでもない」
黒い。
わずかに人のシルエットに見えるが、その姿は黒い靄に包まれている。かろうじて聞こえる声から、女性だという事は判別できる。
「貴方、何者?」
「えっと……」
それはこちらの台詞だ、とも言いたいが。
この人は、俺のことを生者ではないと言った。転生したことが原因だとしても、説明は難しいだろう。
「自分では正真正銘、普通の人間だと思うけど。昔、一度死にかけたのが原因かな」
「ふむ。ゾンビの仲間ではなさそう。でも入れることはできないから。アレ、倒して」
「無茶言うなよ……」
黒い靄が指し示すのは、ゾンビの大群。
それを倒すのが嫌で逃げてきたのに、結果は無駄だったようだ。
「支援」
「ん?」
嫌々剣を構えると、黒い靄は傍に来て、そっと剣に手にあたる部分を近づけた。
途端、剣に触れた部分から青白い光が浮かび上がる。
「――血を追え、銀に蝕む獄炎。糧を得て益を成せ、星天の理……レーヴァテイン」
「……あれ?」
何やら、呪文のような物を唱えていたように思えるのだが。
何も変化がない。
「支援終了。頑張って」
「え、ちょ?」
黒い靄は、俺が通れなかった透明な壁を通り、教会へと入っていった。
何の説明もなく、消えていった。
「なんだったんだ……」
剣を光らせて帰ってしまった黒靄さんのことはまあ、置いておこう。
それよりも問題なのは、背後に迫るゾンビの大群。幸い、剣には何ら異常は見当たらないため、諦めて一歩足を前に。
「――せいっ!」
ほかよりも先行している単独のゾンビめがけて、剣を振るう。今まで同様、首に向かって狙いを定めて一刀両断。
その瞬間だった。
「うわっ!」
ゾンビの血が剣に触れた途端、蒼い炎が剣に纏わりついたのだ。
剣を持つ手では一切熱さが感じられないが、確かにそこには蒼炎がある。
これが、おそらく先程の人が行ってくれた"支援"なのだろうか。
「とにかく、やってみるしかないか!」
付近のゾンビめがけて、上から全力で剣を振り下ろす。
空気が焼ける音と共に振り下ろされた刃がゾンビの肩に触れるが、そこで止まらない。
一切の抵抗なく刃が下へと推し進み、腰の辺りでようやく剣はゾンビから離れた。腐肉の焼ける音が聞こえ、目の前の惨劇がようやく理解できる。
ゾンビの身体は、真っ二つに焼き切れていた。
「……すっげぇ」
今までであれば、ゾンビの身体を切り裂こうとしても途中で止まってしまい、時間の無駄になっていた。
だからこそ、最速で次の手に移れる首切りが最適だったのだが。これならば、身体のどこであろうと切り裂ける。
「黒い人に感謝だな!」
並んで進んでくる4匹のゾンビに向けて、剣を横薙ぎする。それだけで、上半身と下半身は真っ二つに裁断された。
「ははっ、最高っ!」
ピンチになると無駄にテンションが上がってくるのか、意気揚々とゾンビを薙ぎ倒していく。
一撃で、しかも首を撥ねる必要もないためかかる体力も多くない。気が付けば、ゾンビは見る見るうちに数を減らしていった。
「これまた……派手にやりましたね。イツキさんは要領が良いので、てっきり教会に逃げ込んでいるかと」
「そうしようと思ったんだけどね……何か教会に入れなくてさ」
ゾンビの山から離れ、布袋をふたつ抱えたユリアの元へと駆け寄る。結局、ゾンビの群れを全滅させてしまった。
黒い靄さんの支援効果はとんでもなく強力だった。
「収穫は?」
「バッチリです。急いで戻りましょう」
「よし、またゾンビが湧く前に行くか」
借りてきた剣を収め、ユリアが持ってきた布袋をひとつ受け取る。
やけに重く、金属がぶつかり合う音が鳴り響いている。中身は十中八九、金属類だろう。
「行っている傍から、湧いてきていますね。切り抜けましょう」
ゾンビというのは、人間に都合の悪い方向に次々と湧いてくるらしい。
ミントの家に戻る道すがら、俺達は湧き出るゾンビの処理に勤しむことになった。
悲報、剣が燃えなくなった。
さきほどまではゾンビを斬れば蒼炎が纏いつき、易々ゾンビを殺すことができたのに、いまでは元通り。悲しいことこのうえない。
「んで、その黒い靄で見えない女の人が剣に触れたあと、ゾンビを切ったら剣が燃えるようになったんだ」
その経緯をユリアに説明したところ、考え込んだ様子で俯いてしまった。
「それは、占星魔術師かもしれませんね。しかも、短時間でそのレベルの魔術を行使できるとなると、宮廷魔術師クラスの」
「宮廷魔術師?」
「ミントが銀鋼師だとお話ししましたよね。この国には魔術や鍛冶師、ほかにもいろいろと階級分けをしています。ミントのさらに上の階級が金鋼師であるように、魔術師にもいろいろと階級があるのです」
「なるほど。それで行くと、宮廷魔術師は相当上の階級?」
「この国で最も優秀な魔術師です。そのクラスの人が、教会にいるというのも不思議ですが」
「普通は、王宮に避難?」
「ええ。ちなみに、ミントも第2避難対象なんですけどね。金鋼師の方々の避難が終わり次第、ミントのところにも救助が来るはずです」
そう言いながら、目の前に飛び出してきたゾンビを斬り伏せるミント。
この子は、何者なのだろうか。剣の扱いに長け、それでいて男のような野蛮さは微塵もない。
金の髪は艶があり、立ち振る舞いには気品すら感じられる。俗にいう、貴族のようだ。
「っと、ここか」
「はい、血のチェックを。ここであの子に気絶されたら、苦労した意味がありませんから」
最初に来た時と同様、互いの服に付いている血をチェックする。あれだけの戦闘を繰り広げながら、俺達の身体には血が付いていない。
ゾンビは斬っても、ほとんど血を出さない。肉の感触以外は、血の通っていない人形を斬っているような物だった。だからこそ、こうして返り血を浴びずに済んだのだろう。
「よしっ、行きましょう!」
扉を開け、ユリアが一歩先に中に入る。それから天井、床を確認して俺のことを手招きしてくれた。
「トラップなしか」
二度目の死は訪れなかった。
ようやく安息地へと一歩足を踏み入れると、白いエプロンを身に着けたミントが奥から現れた。
「おふたりとも、ご無事でしたか! 良かった、何とか間に合いました」
「間に合った?」
「さきほど、伝書鳩で伝達がありました。間もなく、飛行船が救助に来てくれるみたいです。9割完成させておきましたらから、素材をください。一瞬で仕上げます」
目を輝かせて素材を求めるミントは、歳に似合わない物を求めてキャッキャと喜んでいた。
素直に布袋を渡して、近くの椅子に身を預けるとようやく身体が脱力しはじめた。
気が付けば、こちらの世界に来てから動きっぱなしだったのだ。高校生にしては良く動いたほうだと思う。
「ところでユリア……手に入れた素材って、どんなのだったの?」
「エクスタイトがメインですね。あとは鉛などを」
「……エクスタイト?」
「イツキさんの国にはないのでしょうか? 発火性のある鉱石ですよ。細かくすりつぶせば暖炉を灯す火にもなる優れ物です」
「発火性のある石……鉛」
何やら、ゾンビ映画で必ず出てくるアレが頭に思い浮かぶ。だが、いくらなんでもそれは有り得ないだろう。
何せ、日本でも警察官の皆さんが使っているレベルの道具だ。神器などと名乗れるわけが
「できました、"おーとまちっくぴすとる"です!」
「……………………、うん」
ミントの手には、銀色に輝く銃が握られていた。それはもう、見事に銃だった。
「凄いわ、ミント。こんな造型の道具、見たくありません」
「うん」
「レシピ通りに作ってみたものの、どういった効果があるのかまったく分かりません」
「うん」
「銀細工はミントの意匠でしょうか?」
「はい、神器に影響のない範囲で遊び心を加えてみました」
「うん」
「しかし、さすがは古の神器ですね。重さもそれほどではありませんし、携帯するのに適しています。問題はどのような効果を持つのかですが」
「うん」
「イツキさん? この神器の扱いかた、分かりますか?」
「うん」
見紛うことなき、とても立派な銃だった。
「これはね、ピストルと言ってね」
さて、冷静に考えてみれば。
銃の扱いかたが分かる高校生が日本に三桁いるだろうか。知識として分かるのは、安全レバーを外して、何か上のほうを引っ張って、トリガーを引く。
不安しかない知識を前に、恐る恐るミントから銃を受け取る。
「――ッ!」
冷たい銀が指に触れた途端、頭に電撃が奔った。急に、頭の中に大量の知識が流れ込んでくる。
「……拙いですよ、ふたりとも。ゾンビがここまで来たようです」
遠巻きに、ユリアの声が聞こえる。だが、頭の中はそれ以外のことで容量を満たしていた。
「ミント。マガジンある?」
「えっと、コレのことでしょうか」
「そ、ありがと。弾も準備済みか」
銃弾を入れる弾倉を受け取ると、そこにはすでに12発の弾が詰め込まれていた。入れ方にも問題はない。
そして、ちょうどいま扉を蹴破ってきたのは、試し撃ちにちょうど良い相手だ。
「マガジンを入れて」
一切の躊躇いなく、知識が腕を誘導する。スムーズにマガジンを入れ終わると、金属の小気味よい音が鳴った。
「スライドを引く」
銃の上部を手で後ろに引き、初弾を装填。そのまま、入り口に立つゾンビへと銃を向ける。
「――引き金を引く」
トリガーに指をかけ、それを引いた途端空気の破裂音が部屋中に鳴り響いた。
次の瞬間には、ゾンビの頭が吹き飛んでいた。
…………威力、高すぎない?
「とまあ、こんな感じで……あ」
横にいたはずのミントは、泡を吹いて倒れていた。
「こんな感じなんですよ」
「とりあえずミントを抱えていただけます?」
「はい」
あまりの衝動で、ミントに配慮することを忘れていた。
血液恐怖症の小さな女の子は、ゾンビの頭が吹き飛んだ瞬間気絶してしまったようだった。
「……ここですか。イツキさん、ひとまず飛行船の到着場所まで移動しましょう」
「ミントは起こさない方向で?」
「起こしても良いですが、数秒後にはまた気絶するかと」
ユリアの示す先には、無数のゾンビ。
「片手で使える武器を手に入れられたのは、運が良かったのかな」
小さな身体を背に乗せながら、迫ってきたゾンビの頭を吹き飛ばす。
異世界の素材を使っているのが影響しているのか、ピストルにしては威力が高すぎる。そのうえ、銃を撃った反動はほとんどない。
「まあ、好都合かな」
先行するユリアに続いて外に出て、銃を構える。
この武器は、いまの状況を切り抜けるのに必要になるはずだ。
銃は便利だ。
ゾンビが相手なら、一方的に遠距離から頭を吹き飛ばすことができる。
……その一方で、絶対に避けて通れない問題もあった。
「…………すまん」
「イツキさん、できる限りその神器の使用は控えてください」
俺がゾンビの頭をひとつ吹き飛ばすたび、発砲音でゾンビの群れが押し寄せてしまう。
そのため、道という道から溢れ出てくるゾンビを往なすのは基本的にユリアに任せる必要があった。
「ところで、飛行船って……どんなのなんだ!?」
片手で剣を振るっても威力は出ない。それならば、目の前に現れたゾンビは蹴り飛ばすほかない。
安全を確保しながら、目印となりそうな物を空に求めて先行するユリアに聞いてみた。
「船に、布袋を付けた物です」
「布袋?……気球船みたいな感じか」
船が空を飛ぶイメージがまったく湧き出てこないが、ユリアの口ぶりから一般的な物らしい。これ以上の追求は、俺の存在が怪しまれるだけだろう。
それよりも重要なのは、いまこの場を生き残ることだ。
どこまで行ってもゾンビゾンビゾンビ、終わりなんて見えてきやしない。
「――イツキさん、どうやら助かったようです」
「へ?」
辺り一面ゾンビだらけ、救いなんてどこにもない……そう思っていた瞬間。
風を斬る音が鳴り響いた瞬間、周囲のゾンビが一斉に倒れ込んだ。
「王宮騎士セイヴァリッド……救助隊です」
ユリアの示す先には、黄金の輝きがあった。
金色の刺繍が付けられた鎧に、漆黒の弓。一寸の乱れもなく整列して弓を構える男達の先頭には、黄金の剣を携えた男が立っていた。
「そこの方々、少しの間そこから動かないでくれ」
男は、何のためらいもなくそう言い、右手を上げた。俺達がその言葉に同意するように頷くとともに、男は手を振り下ろす。
同時、無数の矢が放たれ、俺達の周囲のゾンビが倒されていく。そこには、俺達に誤って当ててしまう可能性なんて微塵も考えていない自信が現れていた。
そのまま、2射、3射と弓が射られ、瞬く間にゾンビは全滅した。
「……不躾な対応になってしまいすまなかった。背に居る女性は、ミント殿だね」
「え、はい……そうです」
「ここまでの護衛、感謝する。そちらは、ブレイズのユリア殿か」
リーダーだと思われる男が視線を向けると、ユリアは甲斐甲斐しくお辞儀をした。その仕草は、戦士というよりやはりお嬢様のように見えた。
「御助力、感謝致します。騎士団長様自らの御出陣とは思いませんでしたが」
「有事の際、真っ先に動くのが私の役割ですから。さあ、どうぞおふたりも王宮に。ミント殿のご友人と護衛のかたであれば、拒む理由はありません」
「ほっ……」
ようやく落ち着けるようだった。
これだけ優秀な兵士が集まっているのであれば、もう俺のような素人の出番はないだろう。
「これはまた凄いな」
高い建物の上まで登り、空から降りてくる飛行船を眺める。
飛行船は、本当にユリアの言う通りだった。木製の船が、気球のように空気を利用して浮いている。飛行機が空を飛んでいるよりよっぽど感動する。
「あの布は、魔術を通しやすい作りになっているんです。船でエクスタイトを燃やし、その魔力を布に通すことで浮遊する仕組みです」
「なるほどなぁ。魔術を利用した仕組みか」
「……イツキさんの住んでいる国って、どんな場所なんでしょうか? 飛行船は比較的普及しているはずですが」
「あー、えーっと……まあ、その話はこの一件が落ち着いたら話すよ」
まさか、日本から来ましたとも言えずにお茶を濁す。
そうこうしているうちに、飛行船は高度を下げ、俺達が乗り込めるようになった。
「よっと」
乗り込んでみても、安定感のあるただの船だ。
「さあ、ミント殿を中へ」
騎士団長様の指示通りにミントを中に運び、もう一度外に出る。
腐った空気から解放され、澄んだ空気が肺を満たした。船が目指す先は、一際大きなお城だった。そこまでは一直線、道を阻むゾンビもいない。
ここから見下ろすと、街に居るゾンビは粒のように小さかった。
「イツキさん、お疲れ様でした」
何やら周囲の騎士達と相談事をしていたユリアも外に戻ってくると、俺の横まで来て木製のコップを差し出してくれた。
中身は、ぶどうジュースのようだ。
「ユリアも、色々ありがとうな。助けがなかったら死んでたよ」
「……イツキさんは、不思議な人ですね。外から来たのに、身を守る術を持っていないし、かと思えばゾンビについて詳しいなんて」
「あー、うん。それはなぁ」
「それに、神器についても……ああ、そうだ。これ、ミントからです」
「ん? ああ、マガジンか」
ユリアの手の上には、弾が込められたマガジンが5個置いてあった。
合計、60発。手元の銃にリロードされている分と含めて、残弾数は64発。
とはいえ、もう銃を使う機会もないだろう。
「この神器の扱い方も知っていたようですし、イツキさんは何者なんでしょうね」
無理に聞き出すつもりはないと言うように、さりげなくユリアが呟いた。
「銃なんて、ゲームでしか使ったこと――ッ」
ああ、何かが頭を過った。
もし、この世界に起きている現象が俺の住んでいた世界のイメージで形成されているのならば。
それが、概念的に干渉してくるのであれば。
「まずい」
「え?」
まだラスボスを倒してもいないのに、俺は救助の船に乗ってしまった。
それは、まず間違いなく。
「――ッ、ユリア! アイツだ!」
はるか下、城下町にある高い建物の屋上。そこに、異様な雰囲気のシルエットが見えた。
黒いローブに身を包み、こちらをじっと見ている。
その人物が、腕をこちらに向ける。その瞬間、黒いローブの人間の周囲にどす黒い霧が吹き出た。
「あれは……闇魔術!?」
「クソッ!」
駄目だ、この距離からじゃ銃弾は届かない。
ユリアは慌てて船の中へと駆けて行った。おそらく、騎士団長に伝えに行ったのだろう。
だが、おそらく間に合わない。
「嘘だろっ……」
剣が、浮かんでいる。とんでもなく馬鹿でかい、巨人が振るうような強大な剣。
「――――堕ちろ」
冷たい汗が溢れ出る。
それは、脳裏に直接響くように。ハッキリと、頭にその宣告が鳴り響いた。
巨大な剣が、射出される。
「っくっそがぁぁぁぁぁ!!」
がむしゃらに銃弾を撃ち放つ。何度も何度も金属音が鳴り響くが、剣は止まらない。
このままだと、船に直撃する。駄目だ、中には避難するために集まった人、ミントもいる。
せめて、軌道を修正しないといけない。
「……………………ふぅ」
意識は冷静に、どこを狙うのかハッキリと判断する。
マガジンを入れ替え、スライドを引く。弾は12発、剣がこちらに辿り着くまでに撃てるのはあと7発。
連続して、射出する。1箇所、2箇所、軌道を変えるだけに意識を固め、銃弾を確実に当てる。
「イツキさん!」
「……ユリア、逃げっ」
剣は逸れ。
船を浮かばせるための魔術が施された布を、一直線に切り裂いた。
身体が浮く感覚と、ありとあらゆる場所に身体がぶつかる衝撃の中で、俺はようやくはっきりと思い出した。
救助ヘリは、確実に墜落するものなんだ。