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B級異世界サバイバルガイド  作者: 海原望
3/5

神器製造はロリっ子任せ

 おかしいとは思わないだろうか。

 何ら細かい説明もなしに異世界に叩き落とされ、スタート地点はゾンビまみれ。装備していた物と言えば、読めもしない文字がかかれた分厚い本のみ。

 腹立たしいのが、表紙は“B級異世界サバイバルガイド”と日本語で書かれているくせに、中身がまったく違う言語なところ。

 あの女神様が途中で和訳が面倒になった説が濃厚だ。

「……なあ、ユリア。もしかして、これ読める?」

「はい?」

 ゾンビの群れを斬り抜け、城下町まで避難したところで、俺はユリアにサバイバルガイドを見せることにした。

 城門が閉ざされている今しか、落ち着いて本を読むチャンスなどないだろう。ユリアの予想では、あと1時間ほどで城壁が破られるそうだ。

「ふむ……」

 慣れた手つきで本を捲り、描かれた文字を目で追うユリア。どうやら、問題なく読めているようだった。

「イツキさん、これをどこで?」

「あー、えっと。生まれたときから持っていた物、みたいな感じかな」

 嘘は言っていない。

 転生直後から所持していたのだから、所有権を主張しても問題ないと信じたい。

「これは……神器の設計図です。とんでもない代物ですよ」

「神器!?」

 最初にゾンビに投げつけたことを後悔するレベルの単語が飛び出してきた。なおも読み進めたユリアは、何度か頷いた後に本を閉じ、こちらに返してくる。

「……これがあれば、ゾンビに対抗できるかもしれません」

「おおっ……でも、神器って言うくらいなら作るのに時間がかかるんじゃないの?」

「ええ、1時間ほど」

「短っ!」 

「私の幼い頃からの友人に、技師がいるんです。イツキさんさえ宜しければ、その子の工房まで持ちこんでみませんか?」

「願ったり叶ったりだ、頼む」

 こうして、城下町で管を巻いている間にも、ゾンビたちは壁の外に集まりつつある。身を守る術はひとつでも多くあるに越したことはない。

 皆避難しているのか、静まり返った城下町を俺達は駆け出す。

「……しかし、本当に異世界なんだな」

 レンガ造りの家が並ぶ城下町は、日本では見慣れない光景の連続だった。極めつけは、やはり服装だろうか。

 ユリアは軽装だと言うが、薄い鎧を身に纏って走るなど俺には考えられなかった。皮と薄く伸ばした銀が主な素材らしいが、それでも充分すぎるほど重そうだ。

 それでもユリアは俺よりも早く、軽やかな足取りで城下町を駆けている。

「あっ、イツキさん。ちょっと待ってください」

 民家の数が減ってくると、先行していたユリアが急停止。

 慌てて身体を静止させると、振り返ったユリアは俺の身体をじろじろと見渡してきた。

「えっと、なに?」

「これから会う技師の子は非常に優秀なのですが、極度の血液恐怖症でして。ゾンビの返り血でも付いていれば仕事にならなくなります」

「なる、ほど」

 自分でも身体を見渡して、返り血が付いていない事を確認する。

「さて、では私の服も確認していただけますか?」

「ん、おう」

 惜しげもなく背を向け、無防備な姿を俺に見せた。

 いや、これは返り血を浴びていないか確認する作業ではあるのだが。

「ユリアって、なんでスカート履いてるの? 戦うときスカートって適しているとは思えないんだけど」

「…………? 女ですから」

「そういうもんかね」

「そういうものです」

 らしいので、スカートから絶対領域、ブーツまでじっくりと確認して返り血が付いていないことを確認する。

 ゾンビを何体も斬り裂いてきたとは思えないほど、服は綺麗なままだった。

「問題なし」

「では、行きましょうか」

 ユリアの視線が示す先は、一際大きな家だった。赤い屋根に、巨大な煙突。黙々と黒い煙を吹かすその家は、いわゆる鍛冶屋のような場所なのだと推察できる。

「これまた、頑丈なことで」

 ほかの民家が木製の扉であるのに対し、この家は鉄製の扉でできていた。その重苦しい扉をユリアが悠々と開けると、中から炭の匂いが溢れ出てくる。

「ミントー。私です、ユリアですー」

 遠慮なしに入っていくユリアに続き、家の中に一歩足を踏み入れると。

 ガコン、と。

 何やら嫌な音が鳴り響いた。

「…………ん?」

 それは、感というか、運というべきか。

 偶然、天上を眺めたところスレッジハンマーが振ってきた。

 完全にイカれた状況だが、スレッジハンマーが降ってきた。

 もうすべてがおかしい。

「ひぃぃぃっ!」

 条件反射というよりは、怯えた結果腰を抜かして凶器を回避するに至る。

 目標を外したハンマーは弧を描き、頑丈な鉄の扉に大きな凹みを残していた。

「な、ななっ、なんだよ!」

「おや……これは、トラップですね」

「トラップですね、じゃねぇ! なんで俺が入った瞬間こんなことにっ」

 もしや俺を殺す罠かとも思った瞬間、奥の方からドタバタと足音が聞こえてきた。

「はわわわわっ、ごめんなさいごめんなさい! わざとじゃないんです!」

 飛び出てきたのは、小さな女の子だった。

 肩まで伸びた銀の髪を揺れ動かしながらパタパタと歩く姿は、幼子そのもの。横のユリアと並ぶと、半分程度の身長しかないようにみえた。

「こんなときにうちに来るのはユリアだけかと思い、装備も含め54キロ以上の重さがかかった途端作動するトラップを!」

「ちょっと、ミント。余計なことは言わないで良いですから」

「すみません、本当にすみません! ユリアの装備品6キロの想定をもう少し深く見積もるべきでした。ついでに昨日ユリアが3つ食べたケーキで増えた体重も考慮むぐっ!?」

 一向に黙る気配のない幼女の口を、ユリアが慌てて塞いだ。

 そのままこちらに視線を移してくるが、何も聞いていなかったふりをして立ちあがる。決してユリアの体重が48キロであることについて何かを口にしようとは思わない。

「イツキさん。ご紹介しますね、私の友人のミントです。こう見えて、アルバトロス王国屈指の武器職人……らしいですよ」

 ため息交じりにそう説明すると、ユリアは恨めしげに幼女を解放。すると、途端に深々と頭を下げられた。

「はじめまして、ミントと申します。初対面からのご無礼、深くお詫びいたします」

「いや、まあ急にお邪魔しちゃったのはこっちだから。俺はイツキです、ユリアに助けられて腰巾着してます」

「ううっ、何とお優しい……ささ、奥まで来てください。こんな工房でも、お茶くらいは出せますから」

 炭の香りが充満する工房に案内された俺は、ようやくこの世界にきて一息つくことができるようだった。



「というわけでね、ミント。イツキさんが持っていたこの製造書、貴女なら作れるのではないかと思ったのだけど」

 ユリアが話をスムーズに進めてくれて、俺はさっさとサバイバルガイドをミントに手渡すことができた。

「こ、これはっ……!」

 見開いたページに目を通し、固まるミント。

 そのまましっかり3分間も黙り込むと、ようやく顔を上げた。そこに映るのは、爛々と目を輝かせる幼子の姿。

「凄いです凄いですよ! 何ですかこれ、今までに見たことがありません!」

「ええ、私もこんなすごい技術は初めて見ました。形は分かりますが、実際どのように扱うのかまったく見当もつきません」

「……へー」

 中身を理解できず、ひとり蚊帳の外。

 俺が手にしていたはずなのに、俺が理解できないというこの苦悩をどうするべきか。

「確かに……これを作ることは可能だと思いますが。どのように扱う武器なのかは、この製造書では分かりかねます」

「そこはほら、イツキさんが扱えるんじゃないでしょうか?」

「へ?」

「だって、生まれたときから持っていたのでしょう? きっとイツキさんは運命に選ばれた人なのよ」

「ユリアはいつまで経っても子供思考ですね」

 ミントの毒舌にユリアは表情を歪ませながら、咳払いをした。

「とにかく、いまできることをしたいの。ミント、武器の製造をお願いします。かかる費用はこちらで持ちますから」

「費用など要りません。こんな光栄なお仕事、引き受けられるだけで充分です」

 目を輝かせたミントは立ち上がり、ページを何枚も捲り、用紙に走り書きをはじめた。

「ユリア、無理難題を押し付けますが……この素材、用意できますか?」

 手慣れた手つきでミントがメモを渡すと、ユリアもそれを当然のように受け取った。そこには、確かな信頼感のようなものが感じられた。

「ふむ……。ひとつ隣の区画まで行けば、何とかなりますね」

「では、お願いします。ゾンビが城下町に侵入してくるまで、そう時間はありません。気をつけてくださいね」

「ええ。任せてください」

 とまあ、信頼関係からサクサクと話が進んでいくのは良いのだけれど。

「あのー、俺に武器とか貸してくれます?」

 どうせ俺もその地獄絵図に巻き込まれるのだから、最低限の装備くらいは支給してほしかった。



 城下町は幾つかの区画に分かれているらしい。

 ミントが居たのは、工業地区。そしていま俺達が向かうのは、貿易地区だ。

「この国では、技術階級によって使用できる金属に制限があるのです。ミントは、最年少で第2製錬を許された銀鋼師なんですよ。私の武器や鎧も、あの子が作ってくれたものです」

「なるほど……通りで、さっき農家で使った鋼の剣より使いやすいわけだ」

 ミントから借りた銀の剣は、非常に手に馴染む。ただ軽いだけではない。人への負担が最低限になるよう、それでいて切れ味は最適化されるよう作られているのだろう。

 だが、これはどちらかというと、筋力の無い女性向けの剣に思えた。元々、誰のことを意識して作られたかは明白だ。

 筋力平均値の男子高校生にとっては、ちょうど良いくらいだが。

「よっとっ!」

 思った以上に、事は早く進んでいた。

 ゾンビは城下町を徘徊し、動く者すべてを喰らわんと暴れている。物陰から現れたゾンビの首を一刀両断し、足を止めた。

「囲まれてないだけマシだけどさ」

「ええ、少々数が多いですね」

 街が広すぎて手が回らないのか、兵士は既にやられてしまったのか。いま、俺達以外の生者はどこにも見当たらない。

 代わりにいるのは、ゾンビとゾンビとゾンビ。

「19匹か……ユリア。目的地まではどれくらい?」

「すぐ目と鼻の先です。とはいえ、この状況では素材回収などできそうにありませんが」

「…………ふむ」

 残念ながら、俺にはミントが書いたメモを読み取ることができない。ちらっと見たら意味不明な文字が書かれていたのだ。

 つまり、現状最善手となるのは。

「俺がゾンビを引き受けるから、素材回収は頼んだ」

「……えっと、大丈夫ですか?」

「できるだけ早くしてくれると助かる……マジで」

 道を塞ぐゾンビをぶった切り、ユリアの進む道を作る。その背を守るように、ゾンビ達に刃を向けたところで、ようやく気付いた。

「……アレ、これ死亡フラグじゃね?」

 ゾンビ映画で、ひとりで時間稼ぎをすることになって生き残れた奴が何人いるだろうか。

 しかも、軍人でも狂人でもないただの一般人で。

「うぁぁぁぁぁっ……」

 迫りくるゾンビの群れ。

「主人公がゾンビになる映画もあったっけな」

 半ば諦めを伴いつつ、銀の刃と共に群れへと突っ込むことにした。

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