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日曜日1 起きる

 全部夢だった。

 僕は変な男になんて会ってないし、世界を預かるなんて約束はもちろんしていない。

 昨日は本が見つからず、僕はネガティブになっていた。そのせいで、変な夢を見たのだ。だから、何も怯えることはない。昨日は普通の休日だったし、今日はいつも通りの日曜日になる。

 今日はどう過ごそうか。この間借りてきたDVDでも見ようか。それとも、友達を誘って遊びにでかけようか。いっそのこと寝て過ごすも悪くない。でもそれは少しもったいないかな?

 何はともあれ、今日はなんだか良い日になる気がする。




 目が覚めた。僕は起きあがり、カーテンを開け、布団を畳む。この行動をルーチンワークとしているのは、この広い世界で僕だけじゃないはずだ。

 ところで布団といえば、高校に上がる時に僕は親にベッドが欲しいとねだった。というのも、僕は生まれてこのかたベッドというもので寝たことがなかったのだ。幼い頃から布団で眠ってきた僕は、ベッドで寝るというのがなんだか大人だという印象を持っていて、昔は布団ではなくベッドが部屋にある友人が羨ましかった。

 しかし、今布団を畳んだということから分かるとおり、僕の要望は聞き入れられなかったのだ。その理由を、母さんはこう述べた。

「だって、うちでベッドで寝てる人はいないでしょ?」

 確かに我が家は父さんも母さんも妹も布団ユーザーだ。だが果たして、それは僕がベッドを買ってもらえない理由となるのだろうか。

 ベッドを使っている人がいないのなら、むしろ新たな挑戦、現状の打破として、ベッドを僕に買うべきだ。そうすることで我が家は次のステージへと進み、僕も嬉しくて一石二鳥だ云々と、僕は食い下がった。一週間は言い続けただろう。

 自慢ではないが、僕が自分の望みを、しかもしつこく親に言うのはとても珍しい。日頃は「これ買って」はおろか「アイス食べたい」程度のことすらも僕は言わない。今までの人生で親に言ったもっとも大きな要望は、「ランドセルは赤じゃなく黒がいい」だと思う。

 別に僕に欲が無いとかそういうわけではない。むしろ打算があってのことである。普段は欲張らない分、いざという時に聞き入れてもらいやすいのではないかという考えを持ち、自らを律しているのである。まあ、何度も言うようにベッドは買ってもらえなかったんだけど。

 で、僕があまりにもしつこく言うものだから、親も少しは考えてやろうという気になったらしく、父さんと僕と話し合うことになったのだ。

 互いに正座で、僕は父さんと向かい合った。

 ここで僕は、僕にとってベッドで寝ることがいかに格好いいか、男のステータスであるかを、懇切丁寧に話した。

 父さんはそれを最後まで、真剣な表情で聞いて、お前の言い分は良く分かった、と言った。

 僕はこの時、これでベッドを買ってもらえるものだと信じていたけれど、父さんの次の言葉は予想だにしなかったものだった。

 ベッドを買わなくても、ベッドと似た雰囲気を味わう方法がある、と。

 父さんは、そう言った。

 それは何かと僕が尋ねると、父さんはニヤリと笑って答えたのである。

 ……それは、布団を高くすればいいのさ。

 僕の父さんは天才だと思った。

 なるほど。確かに布団とベッドの一番の違いは高さだ。僕は目から鱗が落ちる思いだった。

 ちょっと考えがおかしいと思うかもしれないが、それくらい僕はベッドが欲しかったのだということで理解して欲しい。しかし最終的にあっさり妥協してるあたり、我ながら情けないと思う。

 ともかく、それから僕の布団を高くしよう計画が始まった。計画といっても、立案から終了までものの数分だったが。

 方法は簡単である。床に何かを置き、その上に布団を敷けばいいのだ。

 雑誌、ダンボール、空箱……母さんはたくさんいらない物の寄付をしてくれた。それが母親の優しさだったのか、それともゴミを押し付けただけなのかは、今となっては知る由も無い(訊いても誤魔化される)。

 そうしてベッド(仮)が出来上がったときは、感動で一杯だった。僕は何度も両親に礼を言い、父さんは共に喜び、母さんは笑っていた。しかしその母さんの笑いが、成功を褒め称えるものではなく、むしろ馬鹿にするような笑いだったのは、今思えば僕の気のせいではなかったのかもしれない。

 しかしベッド(仮)で眠る初夜、事件は起こった。

 それは真夜中に起こり、僕はパニックで大声を出した。その声に驚いた両親、妹が僕の部屋に来て、そして惨状を見た。

 なんということはない。崩れたのだ。

 所詮は積んだだけの山。バランスを崩せば崩壊は必至だった。

 父さんは、僕の……自分の息子の願いを満足に叶えてやれなかったことを悔やみ。

 母さんは笑い。

 妹はその話を学校で広めたらしく、彼女の友人間での僕の呼び名は残念ベッドマンになったらしい。

 そして僕はというと……それ以来、ベッドで寝たいと思うことは無くなった。

 ベッドへの憧れが、全て恐怖に変わってしまったのである。実はこの出来事のせいで、僕は落下恐怖症である。

 僕は将来子供にせがまれても、ベッドだけは買うつもりが無い。何故なら、ベッドは怖いものだと知っているからだ。

 皆さんもベッド派なら気をつけてほしい。ベッドは、布団と違い寝る者に安心は与えない。だから僕は今でもふかふかの布団を……いや、なんの話をしてるんだ僕は。こんなどうでもいい話に熱を入れる必要はまったくなかった。

 さて、では話を戻そう。

 僕は自分の部屋を出た。なんだかお腹が空いていたので、朝食を求めて台所に向かう。今日の朝食はなんだろうか。昨日の朝食はご飯と味噌汁と鮭だった。いつもの流れから予想すると、今日はご飯と味噌汁と目玉焼の可能性が高い。

「おはよう」

 居間でテレビを見ていた母さんに声をかけると、母さんは何も言わずに片手を振った。息子に朝の挨拶も出来ないほどテレビに熱中しているのだろうか。テレビの画面に目を向けるとニュースをやっていた。……ニュースを見ながらだって挨拶は出来るだろうに。いや、別にそこまでおはよう言ってほしいわけではないけど、返事が無いと少しイラっとくるよね。

「最近世の中は平和みたいよ」

 僕の方は向かないまま、母さんが話しかけてくる。

「へえ。良いニュースでもやってるの?」

 自分とは関係なくても、良いことがあるとなんとなく嬉しくなる。他人の幸せを妬むほど、僕の性根は捻じ曲がってはいない。いったいどんなニュースだろうか。

「七十過ぎのおじいちゃんが山で熊に襲われて亡くなったって」

 予想とは逆方向のニュースだった。

「お義母さんも大変よねえ。お義父さんがいなくなって」

「じいちゃんの話だったの!? ……え? 冗談だよね?」

「冗談に決まってるでしょ」

「あ、だよね。よかったよかった」

 安心に胸を撫で下ろす僕。そういう心臓に悪い冗談はやめてほしい。

「亡くなったのはお隣のおじいちゃんよ」

「亡くなったのは本当なのかよ! いやいや、それで平和って言うのは不謹慎でしょ!」

 思わず声を上げる僕。母さんは平和という言葉の意味を知っているのだろうか。

 お隣のおじいちゃんはとても良い人だった。毎朝庭で体操をしていて、七十過ぎとは思えないほど健康な人だった。小さい頃は僕も妹もよく遊んでもらったりお菓子を貰ったりと、結構お世話になっていた。

 そうか……熊に襲われたのか……。

「悲しいね……」

「そうね」

「……なんか心が込もってない言い方だね」

 結構あっさりとしている母さんに、僕は少し腹が立った。

「身近な人が亡くなったんだよ? もっと悲しんでもいいんじゃないかな」

「そりゃ私だって悲しいわよ」

「そう見えないから言ってるんだよ」

 お隣のおじいちゃんは母さんにとってもそこそこ近しい人のはずだ。それなのに、この態度は薄情だと思う。

 怒りとは不思議なもので、言葉にすればするほど大きくなっていく気がする。

 決して悪くは思っていない人が亡くなって悲しかったのもあり、口調が厳しくなる。

「さっきだって、お隣のおじいちゃんが亡くなったのに世の中は平和だとか言ってさ。ちょっとひどいよ」

「老人一人亡くなっただけじゃない。平和よ」

「老人一人って……そんな言い方」

 母さんがやれやれといった風にテレビから目を離し、僕のほうを向く。

「言い方が悪いなら言い換えるわよ。お隣のおじいちゃんは良い人だったし、亡くなって私も悲しいわ。でも別に、私たちに何かとばっちりがくるわけじゃないでしょ?」

「そういう……そういう問題じゃ、ないでしょ。人が死んだのに、その態度はおかしいって言ってるんだよ」

「そういう問題よ。不都合がないんだから、私たちにとって世の中は平和なの」

「だからさ……」

 ダメだ。どうしても意見が合わない。このままだと本格的にケンカになってしまうかもしれない。

「……もういいよ」

 部屋に戻ろう。もう朝食なんて気分じゃなくなってしまった。

「平和よ」

 その後にも何か言ってたような気もしたけど、扉を閉めるときに力が入ってしまって、大きな音がしたので何も聞えなかった。

 ドンドンと蹴るように階段を上り、自室に入る。

 ああ、もう。母さんは何を言ってるんだ。

 そりゃあ、お隣のおじいちゃんは僕の家族ってわけでもない。言ってしまえば、いなくなることで人生に大きな支障はないかもしれない。

 だけどそれは僕にとってそうだってだけで、残されたお隣さん一家にとっては大きいことだろうし、それを考えたら世の中は平和だなんて、そんなことは簡単には言えない。

 それとも僕が間違っているのだろうか。仲の良かった人が亡くなっても、自分には関係ないと思うのが普通なのだろうか。

 少し気を落ち着けてから、改めて話をしに行こう。

 そう結論を出してから、僕はゴロンと横になった。大の字になって、目を閉じる。

「少し寝よう……」




 目が覚めた。本日二度目の起床である。

 ぐー、と、お腹が鳴る。時計を見ればもうすでに午後になっており、朝食はおろか昼食にもやや遅い時間だった。

 寝る前の母さんとのやりとりを思い出す。昼食を食べたら、それについて母さんと話そうと決めた。いや、昼食ではなくブランチと言うべきだろうか。

 ところで、朝食と昼食が一緒になった食事をブランチと言うが、日本語ではなんと表現するのだろうか。というか、そもそもブランチとは何語なのだろうか。

 ブレイクファーストとランチでブランチだから、英語かな。じゃあ日本語では朝食と昼食で……ダメだ、うまい組み合わせが見つからない。超昼食を思いついたけどこれでは漢字が変わってしまう。

 いや、そんなことはどうでもいい。とにかく居間にいって、母さんに何か頼もう。いなければどうしようか。自分で料理ができなくはないけど、空腹時に料理をするのは少し辛いものがある。

「……ん?」

 階段を降りていると、何やら変な臭いがする。なんだろうか。

 居間の方からかもしれない。これから何か食べようって時に、異臭は勘弁して欲しい。

「ちょっと母さん。変な臭いするんだけど。母さ……ん……?」

 廊下を抜け、居間に入った。

 そして、十分に驚いてから……目を閉じる。


 全部夢だった。

 僕は変な男になんて会ってないし、世界を預かるなんて約束はもちろんしていない。

 昨日は本が見つからず、僕はネガティブになっていた。そのせいで、変な夢を見たのだ。だから、何も怯えることはない。昨日は普通の休日だったし、今日はいつも通りの日曜日になる。

 今日はどう過ごそうか。この間借りてきたDVDでも見ようか。それとも、友達を誘って遊びにでかけようか。いっそのこと寝て過ごすも悪くない。でもそれは少しもったいないかな?

 何はともあれ、今日はなんだか良い日になる気がする。


 そこまで考えて、現実逃避してから、再び目を開く。

 見たことのない光景が広がっている。

 呼吸をすると、嗅いだことのない臭いが鼻に伝わる。

 頭を整理しようとすると、感じたことのない非現実感に包まれる。

「これ、なんだよ……」

 居間には頭と体が離れた母さんと、腕と足がなくてダルマのようになった妹がいた。いや、あった。

 誰がどう見ても、二人はとっくに死んでいて。

 死んで、いて……?

「あー、お取り込み中失礼」

 後ろから聞こえた声に反射的に振り向く。いつから居たのか、一人の男がソファに座っていた。

「君だよね? 世界持ってんの」

 僕は答えも頷きもしなかった。そんなことをするほど心の余裕がなかったのかもしれない。だがそれを肯定と受け取ったらしく、男はニヤリと笑う。

 その男は立ち上がり、僕に近づいてくる。頭の中は真っ白なのに、男の足が床を踏む音がやけにはっきりと聞こえた。

 手を伸ばせば届く距離まで来てから、男はこう言った。

「俺は世界を貰いに来た。抵抗するなら君も殺されてくれ」

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