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あおいろ

RPG的世界観、ある街の案内係の娘。たぶんコメディ。

 よく居ますよね?

 初めて訪れた旅人さんに、現在位置やその土地の名前を教えてあげる役割、「此処は○○です」と紹介する役割をもつ人。

 無駄だなあ、なんて誤解されがちですが、彼らって実は大体役場の職員なんですよ。ご存知でした?

 あの言葉で、暗に「自分は土地の人間だから、色々訊いても大丈夫ですよ!」と示し、初めての土地で起こる様々な困りごとの相談を承るわけです。

 詳細な情報により、皆様のお役に立つこと。それが我ら、町役場観光課案内係の目指す形なのです。

 よって、今日も私は誇りをもって、我が街の名前を告げています。


 私の一日は、身支度を整えた後、朝市を訪れるところから始まります。

 実はこれも立派な職務の一環。

 露店での店主たちとのおしゃべりは大事な情報の塊。噂レベルのことも往々にしてありますが、それらしいことを知っていることで、重要な情報を聞き逃しにくくなる――これは私の経験論です。

 それに、店の品揃えで、近隣の様子への推測を立てることもできます。たとえば新鮮な魚が豊富に見られれば、海沿いの隣村への道はどうやら安全らしいな、とか考えるわけです。まあこの段階では想像でしかないので、きちんと裏付けがない限り、旅人さんたちにはお話しませんけどね。

 ともあれ、朝市で買い物を終えたら一旦帰宅、朝食を摂って、いざ、本格的に職務開始です。


 私の持ち場は街の門の近く、入ってすぐ見える噴水広場です。

 おっと、門をくぐっていらっしゃいました。旅人さんです。

「初めまして。ここはカゼンの街です」

 にっこり笑ってご挨拶。

 青年でした。恐らく旅に出てあまり日のない方だろう、というのは身なりで分かります。剣士さんらしいので、腕試しと修行の旅というところでしょうか。少し、脚を引き摺っているようです。

 旅人さんはちょっとだけ驚いたようでしたが、何かお困りのことがあれば伺いますよ、と私が続けると、硬さが大方抜けた、自然な微笑みを返してくださいました。

「そうだな……薬屋への道を教えていただけないだろうか。傷薬を切らしてしまって」

「あら大変。薬屋さんでしたら、この大通りをまっすぐ行って、四つ目の辻にあります。あと、お節介かもしれませんが、もし怪我が痛むようでしたら、薬屋のはす向かいに施療院がありますよ」

 応急手当の道具を一通り持っていない旅人さんなどありえません。その傷薬を切らした、ということは、此処へ辿り着く道中に怪我を負ったということ。余計なお世話と承知の上で、一応情報を付け加えておきます。

 幸いにも、旅人さんは不愉快には思われなかったようで、微笑みと共に頷いてくださいました。

「ご親切に、ありがとう、お嬢さん。行ってみるよ」

「ええ、お大事に」


 私のお仕事相手は、旅人さんだけとは限りません。

 私は公僕であるからして、街の人々のニーズにも、場合によってはお応えいたします。

「案内係さん。最近開いた小間物屋は何処にあったかね?」

 おばあさんに話しかけられ、私は即答します。

「それでしたら東の通りをまっすぐ行くと、右手に見えますよ。仔猫の看板が目印です」

 小さな女の子から若い娘さんを客層に狙った品揃えですが、該当するのは其処しかございません。そういえばおばあさんには7歳のお孫さんがいました。プレゼント選びでもするのでしょうか?

 ありがとねえ、と何度も頭を下げながらおばあさんが去るのとほぼ同時、近所の女の子が駆け寄ってきました。

「お姉さん、うちのパパ見なかった?」

 この子のパパさんは、子煩悩で愛妻家、とっても良い人なんですが、まあ、少年の心を忘れていらっしゃらない方で。

「……一刻ほど前に、大きなズタ袋を担いで、道具屋さんへ向かってらっしゃるところを目撃しましたが」

 この子のパパさんは、近隣の財宝伝説だの隠されたダンジョンだのの情報を掴むと、居ても立ってもいられずアドベンチャーしようとする、という悪癖があるのでした。

「もう、パパったら、いつまで夢見るお年頃なのよ!」

 女の子は、ませた科白を言い捨てるやいなや、道具屋さんへ突撃していきます。

 恐らくパパさんの冒険は、今回も未遂で終わることでしょう。

 男の浪漫は、女には分かりにくいものなのです。


 そんなこんな、何だかんだで千客万来なのです。

 それでも、大体人が集中する時間、はける時間というものがあります。昼も三刻ほど過ぎ、午睡とお茶の時間にさしかかった頃合いは、まさに後者です。しかし、今日はちょっと事情が違いました。

 門が開きました。旅人さんです。

 若い男女四人組。快活そうな青年剣士、たおやかな娘さん、活動的な雰囲気のお姉さん、ローブに身を包んだ少年。とてもではありませんが兄弟姉妹の集団に見えない彼らは、構成として珍しい、という以上に、纏う雰囲気が違いました。明らかに、その他大勢ではありません。大物っぽい旅人さんは珍しいのです。

 ちょっとだけ緊張しながらも、私はいつも通りの科白を投げかけました。

「初めまして。ここはカゼンの街です。何かお困りのことがあれば伺いますよ」

 彼らは一様にきょとんとした後、代表格らしい青年剣士が口を開きました。

「それなら、酒場とか」

「お酒ですか? おしゃれに飲みたいなら西大通りの『アムリタ』というバーがオススメですね。サービスが行き届いていて女性の方でも安心して飲めると評判ですよ。陽気なお酒を飲みたいなら南の下町にある『バッカス』ですかね。騒がしいですけど、ノリが合えば三日三晩だって飲み明かせるとか。ちょっと強いのがお好きなら、ちょっと治安は良くないですけど、北の裏通りに『オロチ』という店があるそうですよ。一風変わった刺激的なお酒もあるそうなので、その道の通向けですね」

「…いやあたしら飲みたいわけじゃないんだけど」

「っていうか君、詳しいね…」

「案内係ですから」

 お褒めにあずかって光栄です。にっこり笑いましたが、お姉さんの言葉が少し気に掛かります。

「酒場をお探しなのに、お飲みにならないんですか?」

「いいえ、情報がほしくて。情報屋さんの居場所とか、ご存じないです?」

 娘さんの言葉に、私は小首を傾げます。一応、情報屋という職自体は存じておりますが、この街ではそれこそ裏通りの、脛に傷持つ人々のドンパチ絡み限定みたいなもの。とてもではありませんが、旅人さんにとって有益な情報を持っているとは思えません。もし紹介しても、多分吹っかけるだけ吹っかけて中身はスカ、という対応をされるでしょう。案内係として、そんな顛末は許容できません。

「あ、それなら、皆様どのような情報がご入り用で? 職業柄、色々な方と見知りますので、もしかしたらその類に詳しい方をご紹介できるかもしれません」

「ああ…この辺りに、強力な魔物が出ると聞いてきたんだけど。具体的な場所とか、特定できないかな」

「もしかして、南の洞窟のことですか?」

 はたと思い当たって、私は顔を上げました。

 今までは普通の崖だったのに、半月ほど前突如穴が開いたとか。結構強力な魔物が出ているとか。おかげで、面した道の危険度が上がって、海沿いの街からの物資が手に入りにくくなっています。

 因みに、恐らくさっきの女の子のパパさんがアドベンチャーしようとしていたところです。愛する妻子がいるのですから、そんな危険など冒さなければ良いものを。

「入り口付近にいるのはスライムや凶暴な野犬程度のものなので、腕に覚えのある方は勇んで突入するそうなのですが、中ほどまで来ると様相が一変するそうですね。武器が通りにくい体をしていたり、傷を回復してしまったり、何度も立ち上がったり、倒れた仲間が多いほど強くなったり、変わったスキルを持つ魔物がわんさかいるとか」

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って! 何で君がそんな詳しいんだ!」

「それは勿論、今までの挑戦者さんたちに直接伺ったからです」

 今のところ我が街に害はないとはいえ、その洞窟からは一番の近場。洞窟に挑戦し、強敵と出会って辛くも逃げ延びてきた、という方は結構いらっしゃいます。思えば、朝出会った剣士さんもそのクチなのではないでしょうか。

「いやだから何でそんな情報を掴む必要が」

「それは勿論、必要にかられてですよ?」

 いずれ脅威となりうるやもしれませんし。知っていることには、対処を考えることができますものね。

 それに。

「案内係ですから。街やその周辺について、出来るだけ詳しくお答えするのが私の職務です」

 胸を張ります。

 私には、戦ったり、何か有用なものを作ったり、そういった特別な才はございません。でも、それで良いじゃないですか。私は私の選んだ職務を、恥じませんから。

「というわけで。他にご入り用な情報はございますか?」

「……えっと、お願いします」

 返事は引き攣った表情つきでした。何故?

 

 後日談として。

 彼らは無事、南の洞窟の最奥に辿り着き、魔物の発生を止めてくださいました。どうやら魔王の封印だかなんだかのひとつがあったらしく、それがほどけかけていた所為で口が開き、同時に魔物が大量発生したのだとか。

 お礼を言わねばならないのはこちらのほうだというのに、彼らはわざわざ私にお礼を言いにきてくださいました。

「当然のことをしたまでですのに」

「いや当然じゃない、当然じゃないから!」

 ツッコミを入れられました。謎です。

 不肖この街に関するよろず相談を承る身、土地のエキスパートでなければ務まりません。暇人なんてとんでもない。地図を頭の中に叩き込むだけでは不足です。地区の雰囲気や治安を掴み、道は大通りから裏路地まで網羅し、日々変わる住人情報や店舗情報を正確に把握する。それが出来てこそ、真の紹介役。

 地味だったり誤解されやすかったりする割に、影で結構頑張りが必要な職務ではありますが、だからこそ充実感もあるのです。

 モブはモブでも、お役立ち。それが私の生き方なのです。大きなことが出来なくったって、普通のことなら出来るんです。それを卑下する必要なんて、私には何処にも見つけられないのです。

「初めまして。ここはカゼンの街です」

 よって、今日も私は誇りをもって、我が街の名前を告げています。


 世界の主役は、勇者御一行。RPGっぽい世界観です。

 RPGのお約束キャラにもこんな設定あったら面白いのに、というノリで主人公を設定しました。モブだけど何か不思議に存在感がある、そう仕上がっていたら重畳です。


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