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きいろ

マイペースに暴走するお妃さま。ツンデレ王子とのラブコメ、だと思いたい痴話喧嘩。

※性的な描写はありませんが、そういった行為をほのめかす表現はあります。

 神子さまを取り巻く人々の賑わしさは、最早慣れた光景でした。

 異世界から来たゆえでしょうか、天真爛漫さ、まっすぐさが良いのだと、一気に神子さまは人気者です。いずれ劣らぬ華をもつ騎士や神官たち、美しい侍女や従者たちと、なかなかどうして、その周りは常に絢爛豪華。あのちょっとイタいくらい上から目線な陛下まで落としたのは凄いですねえ。

 ええ、それは…国政的にはあまりよろしくないのですが、個人的にはさておき、とさせていただきます。

 どうして神子さまの取り巻きの中に、殿下が居るのでしょう。

 いえ殿下が恋愛したって全然悪くないのです。乱暴な話、愛妾を千人こさえたって、財政的にはともかく、倫理的には怒られやしないのですよ。いや私が言いたいのはそんな話ではなく。

 名ばかりとはいえ、私たち夫婦ですよ。

「……一応正妃の私に断りなしですか」

 今まで一度として閨を共にしてなんていませんけど、それでも式は挙げたしちゃんと夫婦であるはずなのです。確かに、私は色んな意味で王子妃向きではないですが、それでも正式かつ公式に夫婦である、はずなのです。

 あ、何かイラッとしてきちゃいました。

 私はちょっとだけどうしようかな、と考えた挙句、文机の中に入れていた便箋に一行、こう書き残しました。

『実家に帰らせていただきます』

 脱走開始です。


 さて。

 私は残念ながら由緒正しい貴族のご令嬢とかでも近隣国の姫君とかでもないのです。先代神子の孫娘というだけ、元は身分もへったくれもない、ある商家の生まれです。

 だから、結婚して一年後、新しい神子さまが現れた時点で、お役御免になったのは分かっていました。夫である殿下が心移りしたって、その相手が神子さまなら、別に文句は言えないのです。それこそ名実共に必要のなくなった妻を顧みることがないのも、当たり前なのでしょう。

 私はそれでも待つ、なんて健気に言えません、残念ながら。さっさと離縁して再婚でもしちゃったほうが、それなりに建設的なような気がします。出戻りだろうがなんだろうがまだ清い体なのです。今の、本物の神子さまには手が伸びなくても、『神子』の肩書きが欲しい連中なんていくらでもいるとよく知っているので、再嫁先には苦労しなくてすみましょう。

 あとは殿下の許可を取らなければならないのですが、まああの人ほっといても自分から言い出してくれないでしょうし、仕方ないので私が緊急手段を取りましょう。

 私はとことこと王宮を進みます。故あって私、生家では死んだも同然の存在なので、今更あっけらかんと帰るわけにもゆかぬのです。というわけで、目指すは南の塔――私が十の歳から殿下と結婚するまでの間を過ごした、王宮内にそびえる小さな塔です。

 流石に鍵は掛かっていましたが、一時期そこそこ自由に出入りできた時期もありましたから、開け方ならお手の物。内鍵を掛けて嘗ての自室に入り、のんびりと騒ぎを待つことにしました。


 がんがんと扉を乱暴に叩く音がして、私は窓から顔を出しました。

「あら殿下、こんばんは」

 いつの間に日が落ちたのやら、其処に見えた影はたったお一人。一応王宮内だから大丈夫だろうとはいえ、伴もつけずにというのは不味いのではないでしょうか。

「どういうつもりだ馬鹿妃!」

 ううむ、何故か大分機嫌がこじれているらしいですね。理由は分かりませんが、私はわざと飄々とした態度で続けました。

「これは私の一存、周囲の者へは咎めなしに願いますよ」

「………………そういうことを聞きたいわけじゃない!」

 殿下は綺麗な顔を真っ赤にした挙句、漸くそれだけを振り絞りました。

 ちょっと意地悪、だったのですかね。

「ごめんなさいねー。びっくりなさいました?」

「驚かないとでも思っているのか考えなしが! 昏倒したり泣き崩れたりするお前の侍女を宥めるだけで一刻掛かったわ!」

 うむ。それは悪いことをしてしまいました。確かに、私に何かあったら彼女たちの責任問題となることを思い返せば、かなり考えなしでしたね。

「で、こんな馬鹿騒ぎを起こして、一体何なんだ!」

「え、じゃあ単刀直入に。離縁してください」

「そんなこと出来るか!」

 即却下でした。

「何でですかー。もう私は用済みでしょう? 殿下はあちらのほうがお好きみたいですし、というかそもそもからして私のことお気に召さないみたいですし、だったら私も別の人探したいです」

「別の、って」

「だいじょぶですよ、流石に王子妃の身で不倫するほど見境なくなってないんで。ただ、やっぱりね、淋しいんですよ。今の私には、殿下しかいないんですよ? その殿下にツンケンされてばかりだと、いかな楽天家でも、殿下の妃でいる意味あるのかなあって思っちゃうわけですよ」

 まあちょこっと特殊な身の上の所為で、王宮で友人なんてほぼ居ませんし作れません。侍女たちも、親切にはしてくれますが、身分と事情の所為で微妙に遠巻き。だとしたらやっぱり、夫とか子どもとか、ちゃんと交流したいではないですか。贅沢だって分かっていても、淋しいものは淋しいんです。

「というわけで、殿下。理由は私のこの不実な態度とかでも良いんで、離縁してください」

「………………お前は色々すっ飛ばしすぎだ! 淋しかったなら淋しかったで、まず僕は今まで一言も聞いていない。毎日昼間お前の部屋に行っていたにも関わらず、だ!」

 ええ、殿下は何故か、毎日の昼、必ず決まった時間に私の部屋を訪れる、ということは義務のように繰り返してくださっています。まあ取りとめも無く世間話しているだけですが、確かにその時にはそんなこと、言っていませんでしたね。

「殿下が折角妃参りという義務を果たしてくださっているのに、我儘を言うのはどうかと慎んだんですが」

「それが今最大級の我儘をぶちかましている奴の科白か!」

 返す言葉もありません。

「それは、ごめんなさい」

 至る結論は変わらないにしろ、一方的に溜め込んで何も言わないでおいてこれ、って冷静に考えるとあんまりな行動です。ちょっと感情に任せて突っ走りすぎましたね。

「でも、言い訳させていただくと、私は私なりに、お互いの幸せを考慮していた、つもりなのですよ?」

「僕はお前のことを嫌いだとも言ってないし、神子のほうが好きだと言った覚えもない」

「でも他の人の前では結構朗らかなのに、私と居る時の殿下って物凄く仏頂面じゃないですか」

 結構口調が荒いのはまあやり取りの流れで仕方ないの分かりますけど。笑ってくれないのは、私じゃ駄目なのかなあって思わされます。

「そ、れは」

 私は殿下のこと、好きなんですけどねえ。

 言葉に詰まる殿下を笑顔で見下ろしながら、心の中はほろりと苦い気分でした。

 この婚姻は、私の中に流れる血のみで決まったものです。それも新たな神子さまがいらした今、殿下に有利になるような意味は失いました。殿下が私を疎ましく思うのは、至極当たり前なのです。それでも、義務感からであっても、毎日顔を出して会話してくれます。淋しいのはこの人が構ってくれないからでしたけど、淋しさを紛らわしてくれるのもこの人だったので、好きになれないほうがおかしいのです。

 でもやっぱり、待ち続けるのは辛いのです。だから、好きな気持ちを諦めようと決めました。只今絶賛諦めの努力中なので、再嫁も言っているほどすぐ出来るわけがない気もしますけど。

 私がしんみりと浸っていると、殿下はなぜか躊躇いながら、口を開きました。

「それは、お前だからだ」

「はい?」

「確かにお前に関しては、主に性格で扱いに困っていたが、気が置けないやり取りが出来た。社交辞令が全然要らない、むしろ浮く相手だと思っていたから」

「あれ私何か酷いこと言われてます?」

「話を逸らすな!」

 性格はかなり普通なのに、扱いにくいとか言われてしまいました。社交辞令が浮く相手って言い方もちょっと、何だか酷くないでしょうか。いや言いたいことは分かるのですけれど。

「…………ええと? 殿下におかれましては、にこにこするよりも仏頂面だったりそうやってすぐ突っ込みを入れたりのほうが好意が表れた態度だと、そういうことをおっしゃりたいんでしょうか?」

 あ、殿下が赤くなった。基本的に分かりにくいけど、照れ屋さんなところだけはわかりやすいのですね。

 ………………なーんだ。そっか。私、分かってなかったんですねえ。

「私、殿下の友達にはなれてたんですねえ」

 嫌われてると思ってたからそんな発想なかったです。

 まあ分かりにくい殿下が六割ぐらい悪いと思いますけど、と責任転嫁しながら、それでもにやにやしそうになりました。うん、好きな相手に好かれてたのは嬉しいですね。好きの種類が違っても。

「…………お前、本当馬鹿じゃないのか。いや馬鹿なのか。うん馬鹿なんだな」

「三回も言わないで下さい。何なんですか」

 殿下、目が据わってるし。一体全体どうしたんですか。

「とりあえず塔を降りて来い馬鹿妃。僕はお前を嫌っていないし、淋しいというならもっと構ってやる。離縁どうこうの理由はなくなっただろう」

 そうですけれども。

「浅はかだった。お前の謎の勘違いに関しては僕が、今から、直々に、正してやる」

 殿下が後半、とってもゆっくり言ったのが怖いのですが。

 こちらを見上げる黒い瞳が、私の知らない激情を孕んだような気がするのです。こちらが焦げてしまいそうな眼差しに、何だかぞくりと背筋が粟立ちました。

「…今急に、物凄く降りたくない衝動に駆られたので、このまま此処でまったりしてちゃ駄目でしょうか」

「降りて来い」


 結局、焦れた殿下のほうが塔に乗り込んでらっしゃって……その場で、その、名実ともに、妃にされました。

「元々妻ですから酷いとは言いませんけど、何か展開がいきなりすぎませんか」

 ふてくされるぐらい、良いですよね。

 一応結婚した時から覚悟してはいましたが、こんな状況はおかしいような気がするんですもの。

「すぐどうこうするのは流石に哀れかと思っていたんだが、今回あっさり離縁なんて発想が出たのは僕が手をつけていなかったこともあるだろう。お前の勘違いの度にこんな騒動になってはたまらないからな」

「…………殿下ー、其処は睦言のひとつはあるべきですよー」

 まあ、良いですけど。殿下が頬を染めて目を逸らした辺りで照れ隠しと分かるし、薄ぼんやりと悟るところはあったので、今日は勘弁してあげましょう。

 くすりと笑って、仕方ないので私からひとつ、大好きですよと囁いた。


 世界の主役は、神子。逆ハーレムな異世界トリップファンタジーの主人公をイメージ。

 「押して駄目なら引いてみる系ラブコメ」という当初のコンセプトから斜め下25度ぐらいの場所に着地しました。裏設定は意外とシリアスだなんて誰にも信じてもらえないノリですね。


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