あいいろ
義理のきょうだいに複雑な思いを抱く少女。悲恋。
※近親相姦を仄めかす表現があります。苦手な方はご注意下さい。
母さんの再婚で、義父と、三歳年上の義兄、同い年の義姉、それから一つ年下の義弟が加わり、六人家族で暮らし始めた。
とてもありがちな話。けれど、ありがちではないのは同い年の義姉が、天使のように可愛らしく、場を華やがせる明るさをもっていたこと。
だから、義姉さんは皆に愛された。わたしが影のように扱われるのは、仕方のない話だったと思う。愛されていないわけじゃないのは分かっている。盗られたなんてひがむつもりもない。母さんにしても、優先順位が変わっただけで、わたしを嫌いになったわけじゃない。ちゃんと分かっている、つもりだ。
客観的に考えて、甘え下手なわたしよりも、義姉さんは愛し甲斐のあるひとだった。そして人は万能ではないから、格差のようなものが出来てしまう。それだけだ。わかっている。
ただ、辛くないわけではなかった。
「お義父さん、母さん。お話があります」
わたしはその日、久しぶりに食卓で言葉を発した。義姉さんを中心に、楽しそうに続いていた話がふっと止んだのを見計らい、静かに。
「大学では一人暮らしさせていただきたいんです」
わたしは春から、少し離れた大学の学生になることが決まっていた。此処から通えなくも無いが、一人暮らしをしても差し支えないだろう距離もある。金銭的にも、何とかなるだろう。
「自立してみたいんです」
反対されるわけがない。わたしが居ても居なくても、この家は変わらない。
予想通り、義父と母は、ちゃんと暮らせるのか、決意は固いのか、と何度か確かめてはくれた。しかし、すぐに話題の中心は、物件の目星は、敷金は、という事務的な話にうつっていく。
悲しくない。予想通りであり、狙い通り、なのだから。
「えーっ、ズルいっ! あたしだって一人暮らししてみたいっ!」
「お前は駄目だよ」
頬を膨らませる義姉に、すかさず義兄が言う。そうそう、と義父も頷いた。
「一人暮らしなんてさせたら三日と経たずに怪我だらけになりそうじゃないか」
「ひどいっ!」
「それに、悪い虫がついても追い払えなくなるしね」
ぼそりと義兄が呟く。
本人に確かめたわけではないけれど、傍目から見ていれば何となく、義兄は義姉に対して、妹に対する以上の執着があるらしいと分かる。きょうだい同士だし義姉はモテるからほんとうに大変だなあ、と思うだけで、別にわたしに大した感慨はないけれど。
「いいなあ、自由で!」
自由なんかじゃないんです。向けられる関心が、どうしても薄いだけ。わたしは、義姉さんのほうが羨ましい。わたしだって、あなたのように、不自由を感じるぐらい、いっぱいに愛されてみたかった。
――なんて、口に出来るほど、わたしは器用でも不器用でも、子どもでもない。
曖昧に笑って、流すことしか出来ないんだ。
「家、出るんだね、義姉さん」
夕飯後、食器を洗っていたわたしに話しかけた義弟に、わたしは素っ気無く見えるように頷いた。
「やっぱり、学校から近いほうが便利だから」
「そう。淋しくなるな」
義弟が、ぎゅっと目を細めて、呟く。途端、心臓を握られたような心地がした。逆流しそうに主張し始めた血液がなるべく顔の方にいかないよう祈りながら、わたしはありがとう、と呟く。
義弟だけだった。わたしの存在を見てくれる『家族』は。わたしが優秀な成績を取れば、凄いね、と感心してくれる。家事をしていればいつもありがとうと笑ってくれる。わたしの体調が悪い時には、どうしたの、と声を掛けてくれる。わたしに関心を向けてくれる『家族』は、義弟だけだった。
「でも大丈夫? 義姉さんはしっかりしているから良いと思うけど、自分で色々やらなきゃいけなくなるわけだし」
「どうせいずれは身に着けなきゃならないことだから。やらなければならないほうが、上達するでしょ」
「自分のことには淡白だからなあ、義姉さん。食事とか面倒がって抜かないか心配だよ」
「最低限はするつもり。バイトも家事も、社会勉強よ」
「そうだけどさ」
心配だよ、と繰り返してくれる義弟の言葉を断ち切るために、わたしは静かに微笑んだ。
「ありがとう」
知っている。義弟だって、純粋にわたしを姉だと思って優しくしてくれているわけじゃないことは。
いつだったか、義姉がわたしを気遣う彼を褒めた。その時に見せた彼の表情は、何処か阿るような嬉しさが込められていた。それから、彼がわたしに構ってくる回数は目に見えて増えた。分からないはずが無い。義弟も義兄と同じく、義姉を慕っているのだろう。
わたしに対する気遣いが、義姉に対する点数稼ぎだとしても、嬉しかったのは変わりがない。其処に打算があるからという理由で、温かい手を振り払うなんて贅沢は、出来なかった。
「わたしは、平気よ」
だけど、わたしは、義弟を好きになってしまった。ひとりぼっちのように感じている中で、偽りとはいえ優しい手を伸べられれば、其処に好意が生まれてしまうのは当たり前だったのだろう。必然のように、わたしは義弟に恋をしてしまった。
思いが、叶わないまま募り続けるのは苦しい。思いが叶わないと証立てられ続けるのは、辛い。
だからわたしは、義弟も義姉も居ない場所へ行くのだ。この家から出て、『影のようなわたし』という定義から抜け出すために、足掻こうと決めた。そうしていつか、不毛な恋を良い思い出だと笑える日を、つかみたい。
今までのことは、仕方ないで諦められるけど。そのままは、嫌。辛いままは、嫌なんだ。
「…………今まで、ありがとう」
「嫌だな、姉さん。何か、お嫁に行くみたいだ」
「あら、確かにそうね。ふふ」
笑う。笑ってみせる。あまりにも何でもなく話してくれる態度がどんなに痛くたって、今は、涙を殺す。
わたしだって、幸せになる。そのために。
世界の主役は、勿論、愛され体質な語り手の義姉。
語り手が主人公体質ではないからこそ、書けた話です。多少の歪みは承知の上で、憎悪よりも反骨よりも諦めを選び、思いを沈めることで次のステップへ進むという選択も、ありではないかと思うのです。