みどりいろ
人知れず城を見守っていた見習い賢女。童話『いばら姫』から着想した独白。
呪いを受けて眠る姫は、運命のくちづけで目を覚ました。
瞬間、姫を守るための茨は朽ち果て、白亜の美しい城が太陽の下に姿を現す。城の中のすべても姫と共に目を覚まし、何事も無かったかのように動き出す。
おとぎばなしは終わり、日常が戻ってくる。
「・・・・・・・・・・めでたしめでたし」
美しい姫君と勇敢な王子は結ばれる。紛うかたなきハッピーエンド。
「で、わたしはめでたくお役御免と」
わたしは茨守。
元々姫君の呪いを緩和した賢女の弟子だったわたしは、師の命令で、眠れる城を盗人だの悪党だのの有象無象に荒らされぬよう、茨と共に人知れず守っていた。
百年と分かっていて一人でそんな役目を任された辺りで分かるように、信頼はされていたけれど、師匠が手塩に掛けて育てたくなるほど優秀ではない。小手先みたいな魔法しか使えなくとも、不思議な力に慣れていない人間の相手は、遠くからこけおどしの幻覚を見せれば充分。
そうして、長い長い百年が終わった。
これからのことは何度も考えていたけれど、やはりこれというものが見つからない。役目は果たしたわけだから、大手を振って師匠のところに帰れるわけだけど。
「帰りにくい・・・・・・」
そう言えば師匠は自由にさせてくれるだろうと分かる、だから尚更に。
守り続けなければならないわけだから、わたしは百年の間片時も此処を離れていない。百年も経てば師匠のところには知らない顔も増えているだろう。知っている顔にも忘れられていてもおかしくはない。
わたしが優秀だったらよかった。もしくはいっそ劣っていれば、開き直れたかもしれない。魔法使いとしては平凡で中途半端なわたしが今更戻るには、溝やわだかまりというほどではないが、引け目がある。しかし一応力をもつがゆえに、ただびとではありえない寿命をもつわたしは、今更人の街の中に混じれるはずもなし。
どうしようかなあと溜息を吐いたところで、眼下に広がるバルコニーで寄り添う恋人たちが見えて、ふと気が抜けてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・ま、いっか」
姫君は王子の隣で綺麗に笑っている。もし百年の途中、城が誰かに荒らされて、美しい姫が害されることがあれば、あの幸せそうな光景はなかっただろう。
それならば、彼らの笑顔はわたしがつくったんだと胸を張っていいはずだ。
彼らは知らない。茨守なんて、師匠とわたしと茨しか知らない。だから、誰から感謝されるわけでもないけれど。それでも、幸せそうな人を見てしまえば、わたしだって結構満たされてしまうんだ。
単純だとは思うけど、自覚してしまったらもう無かったことには出来ない。
「・・・・・・・・・・やっぱ師匠のところ、戻ろ」
わたしの出来るようなことは、とても少ない。
でも、半端者にも、幸せづくりの手伝いぐらいは出来るみたいだから。
世界の主役は、いばら姫と王子様。無論元ネタは童話『いばら姫』。
主人公のみならず、縁の下の力持ちさんたちが清々しい気持ちで居るのは、ハッピーエンドの条件だと思うのです。そんなコンセプト。