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儀式  作者: 桜坂詠恋
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第一章:4 虚構の真実

 翌日。十一月十八日十時。

 

 壁の電波時計が正確な時刻を刻む中、刑事課の職員の手により、書類が一枚ずつ、まるで「折り目」をつけるように並べられていく。

 神田りりかの、死を整理する手だ。

「では、捜査会議を始めます」

 ホワイトボードには、鑑識の撮影した遺体の写真が貼られている。

 それを前に、報告が始まった。彼女の死を切り開く事が、日常の一部であるかのように。

「現場には争った形跡なし」「凶器は鋭利な刃物」「犯行は計画的」

 職員が、乾いた音を立ててキーボードを叩く。彼女の死もまた、数多い『データ』のひとつとして仕分けされ、仕舞われていく。

 死を整えた犯人。真実を整えようとする組織。

 どちらも、同じ匂いがして、高瀬は軽く眩暈がした。


 会議室の中ほどで、痩せた背中が生えた。竹山である。

「え~。T大法医学教室の月見里教授による解剖で、次の事が分かりましたのでご報告します」

 竹山は眼鏡をひょいと頭の上にずらすと、手元の手帳を読み上げた。

 

 死因は失血死。凶器は細身のナイフと思われる物。

 胃内容物から、睡眠薬由来の成分が検出され、死後硬直と体温、当日の気温から、死亡推定時間は発見のおよそ十二時間前と思われる。

 

「なお、遺体は化粧を施されていたという事です。死化粧ですな」

「死化粧……ですか」

 森永が繰り返す。それに竹山は「葬式がしたかったんちゃいますかね」と答えた。これは、現場に臨場した時からの竹山の一貫した印象だ。

「……なるほど。有難うございます。次。被害者の足取りを追っていた……渡邊さん。報告をお願いします」

 森永に名前を呼ばれて立ち上がったのは、捜査一課強行犯係第一班の班長、渡邊だ。突き出た腹でジャケットのボタンも締まらないような男で、ろくに成果もあげられないくせに手柄を欲し、上層部に胡麻を擦ってばかりいる。

 高瀬はこの男が嫌いだった。どうせ、この捜査も部下にやらせて、自分はファミレスの席を温めていたに決まっている。

 

 渡邊は汗ばんだ額をハンカチで拭うと、隣の席の刑事からメモを奪った。

「被害者の最終目撃情報がありました。十一月十四日、午後六時四十五分頃、神田りりかは、学校から五キロ離れたコンビニの防犯カメラに映っていました。自宅とは逆方向です」

 会議室に驚きの波が広がる。

「その映像には、りりかの後をつけるような男の姿も確認されています」

 渡邊は得意気に続けた。

「男は二十代後半から三十代前半。身長は百七十五センチ前後。黒いパーカーにキャップ姿。マスクをしていて顔ははっきりとは分かりませんが……」

 渡邊が一枚のプリントを掲げる。ぼやけた防犯カメラの映像だ。夜の光が滲むコンビニ前で少女が振り返っている。そして画面の端に黒い影のような男が立っていた。

「この男の身元は?」

「顔認識システムを用いて照合したところ、既に一件、該当がありました。双葉組と敵対関係にある、鬼越会傘下・古屋組の構成員、井村翔太(いむらしょうた)です」

 会議室がざわついた。あの渡邊が、犯人に一番近付いている。

 渡邊は続けた。

「──井村は半年前に暴行事件で書類送検。その際、神田正臣の手下と揉めていたという記録があります」

「つまり、因縁があるわけですね」

 森永の言葉に、渡邊が頷く。

「井村は現在行方をくらましておりますが、自宅(ヤサ)からは、睡眠薬の包装ゴミが複数見つかっています。成分は……被害者の胃内容物から検出されたものと同一ですな。加えて、刃物も発見されております」

「決まりだな。緊急手配しろ。刃物は科捜研へ」

 管理官が低く言い、森永の号令をかける。

 全員が立ち上がり、お決まりの会議終了の儀式。

 兵隊のように揃って腰を折る刑事たちを眺め、高瀬は小さく息を吐いた。

 あまりに早すぎる。

 答えがまるで最初から用意されていたような気味の悪さに身動ぎした時、速報が飛び込んで来た。


「大変です! 神田りりかの父親、正臣が遺体で発見されました!」


 *   *   *


 神田正臣の遺体は、自宅のガレージ内で発見された。

 柴田が大部屋で仕入れてきた情報を高瀬に報告する。

「頭部を至近距離から拳銃で撃たれていたそうです。ええっと、使用された銃は暴力団の間で通称『赤星』と呼ばれるマカロフ型拳銃。落ちていた薬莢から特定されたと」

 高瀬は黙って報告を聞いた。

 先ほどトイレで出くわした組対の刑事によると、神田が籍を置く双葉組の幹部がこれに激高しているという話だから、警視庁は、井村翔太の緊急手配をかけると共に、双葉組の監視を強めるだろう。

 捜査本部では、渡邊が森永に報告をしていた。

「井村の自宅(ヤサ)で発見されたナイフから、神田りりかの血液が検出されました。こいつあ、りりか殺しのホンボシに間違いありませんな」

 そう言うと、戸口に立っていた高瀬をちらりと見る。

 その、抜きん出てやったぞと言いたげな顔に吐き気がした。

 しかし──。

 部屋から押収された睡眠薬。りりかの血が付いたナイフ。

 高瀬はこのタイミングよく出て来た「証拠」に不自然さを感じずにはいられなかった。

 会議室のテレビで、硬い表情をしたアナウンサーが、速報を読み上げる。

 

 東京都内で、産廃処理会社の社長が殺害されました。

 被害者は、先日殺害された女子高生の父親で、指定暴力団・双葉組の幹部でもあります。

 警視庁は、少女の殺害も見せしめ目的だった可能性が高いとみて捜査を進めています。


 刑事たちがテレビの前に集まる中、高瀬は外へ出た。

 ここ最近、いつもどこからともなく漂っていた金木犀の香りが消えていた。

 高瀬は煙草に火を点けると、空を見上げた。

 慌ただしい一日だった。

 いつの間にか陽が落ち、空は雲に覆われ黒い。

 この空のどこかに、りりかと神田を殺した犯人がいる。


 ふと、また土を掘る音がした。

 それに呼応するように感じる、この胸につかえた石のような感情はなんだ。

 高瀬はシャツの胸を掴んだ。


 *   *   *

 

 彼は土を掘っていた。

 男をそこへ転がすと、服を整えてやる。

 そして髪を直してやると、手を組ませ、その手に路地で生えていたセイタカアワダチソウを持たせてやった。

 黒い服の上で、セイタカアワダチソウの黄色が映える。

「綺麗になったよ」

 彼はそう言うと土をかけた。

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