プロローグ
陽が落ち、肌寒くなった河川敷。冷たい風が草を揺らし、川の流れが鈍く光る。
ランドセルを背負った少年が、土を掘っていた。
「おい!」
土手の上から、中学生が駆け下りてきた。
少年の傍らに立ち、腕を組んで見下ろす。
「何してんだよ。もう暗えぞ」
この所、この近所では動物の死骸が多く見つかっており、変質者の仕業ではないかとの注意喚起が回覧板などでも回ってきている。こんな子供など、そういう輩の絶好の獲物だ。
彼のそんな心配をよそに、少年は背を向けたまま「お墓」とだけ答えた。
「墓……?」
「猫が死んだんだ」
彼は、少年の軽い口調に首を傾げた。
しかし、穴の傍らに猫の死骸がある。ぬらぬらと血に濡れた毛を見て彼は顔を顰めたが、小さく舌打ちするとしゃがみ込んだ。
「しょうがねぇな。手伝ってやるから、お参りしたらさっさと帰れ」
少年は不服そうな顔をしたが、結局、二人一緒に無言で穴を掘った。
少年の左手の親指の付け根には黒子があった。彼はそれをぼんやりと眺めながら穴を掘る。
「お前、名前は?」
「……ふうと」
ふうとは猫の死骸を抱き上げると、頭が北になるよう、そっと穴の中に横たえた。血で濡れた手を気にするでもない。
ふわりと鉄臭い血の匂いがした。
「お前、よくこんなの見つけたな」
「うん。さっきまで生きてた。でも──死んでからの方がきれいだな」
風が止まった。
冷たいものが背中を伝う。
ふうとは、猫の小さな前足を指でそっと重ねさせた。そして、胸元に、河川敷に群れて咲くセイタカアワダチソウを一輪、そっと抱かせてやる。
それから土を被せた。まるで何かの儀式のように、丁寧に、静かに。
沈黙の中、彼は言葉を探して口を開いた。
「……え、えら、かったな」
「え?」
「だってほら、墓、作ってやったろ? きっと喜んでるよ、そいつも」
盛り土をしていたふうとは、その言葉に初めて顔を上げた。
川面で反射した街灯の光が、黒い瞳の奥で鈍く光る。
「そうだよね!」
ふうとは嬉しそうに笑った。しかしその目はまるで洞のようだった。
土の匂いと、子供特有の転がるような笑い声だけが、闇に──そして彼の胸の奥に、重い石のように引っかかった。
その夜から、彼は自分の言葉を何度も思い返した。
けれど、それが正しかったのかどうかは、もう分からなかった。
やがてその夜の記憶は、胸の奥に沈んだまま、二度と掘り返されることはなかった。
そう──あの日までは。




