8 銀毛の狼 - 2
白い髭を生やした老人が、マツリたちに声をかける。
「鎧を着た他所者が来たので、警戒していたのじゃ。悪く思わんでくれ」
小さな子供が、レイを指さして言う。
「そのお姉ちゃん、怖そうだったよ」
「これ、何を言うの。まったくこの子ったら。気を悪くしないでくださいね」
「がはははは、ソウ坊の言う通りだ。俺たちもビビっちまったぜ」
「全くだ。あはははは」
辺りは村人の笑いに包まれた。
レイは顔を真っ赤にしながら、
「我らは決して怪しいものではない」
と、手を横に振った。
ジンがしみじみと言葉を噛みしめる。
「笑顔は笑顔を生むと、ホウが言っていた通りだ」
「賢王ホウ様がそのようなことを」
レイはジンに微笑みかけた。
「・・・・・お、お騒がせ・・・すみません・・・・・す、すぐ・・で、出て行きます」
村人の視線が気になり、おどおどしながらマツリは声を振り絞った。
最初に家から出て来た若い男が声をかける。
「俺たちもちいとばかり用心し過ぎた。もう互いに心配ないと分かり合えた。
少し休んでいくとよい。俺の名はパハ。そうだ、俺の家に寄って行け」
マツリたちは顔を見合わせ、それからパハに頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「御覧の通り何もない家だが、これでも飲んでくれ」
パハはマツリたちに白湯を出した。
「・・・・・ありがとう」
マツリが会釈をする。
レイは白湯を凝視し、その色を確かめると、一口飲んだ。そして、ジンの眼を見て黙って頷く。ジンはパハに礼を言ってから出された白湯を飲んだ。
『レイは毒見か。徹底しているな』
マツリの懐に隠れているウルが思念会話で言った。
『それはそうでしょう。ジンは命を狙われている皇子なんだから。それよりも、私はジンに驚いたわ。あの場を収める力。きっと歴史に名を残す名君になるわ』
『ククククッ、生き延びて、大人になれればだがな』
『馬鹿を言わないで』
パハが筵に腰を下ろすと、しみじみと語り出した。
「俺たちが用心していたのは、数日前にこの村の近くで野盗を見かけたからなんだ」
「・・・・ま、まあ、・・・怖い」
『ウル、その野盗って、さっきやり過ごした野盗のことかな』
『そうかもしれんな。全員がかなりの深手を負っていたな』
ジンがパハに率直な質問をする。
「野盗退治のため、警備隊はいつ来るんですか」
「この荘国に野盗は沢山いる。こんな寒村に警備隊なんて来てくれる訳ない」
「民あっての国ではないのか」
「皇帝コウ様やお偉い役人にとっては、自分が一番だ。その次に国あっての民だ」
「そんなはずはない。民を慈しんでいるはずだ」
「役人から、俺らに対しての慈しみを感じたことはない。役人の態度を見れば、その上の者の考えも伝わってくるというものだ。
ジンは子供だから、まだ分からねえだろうがな」
「それは、地方の役人がいけないのではないか」
「俺には難しいことは分からねえが、正直な親には、正直な子が育つ。まあ、そう言う事だな。
いっそ、ジンみたいな真っすぐな子が皇帝になってくれれば、この荘国も変わるかもな。がはははは」
ジンは次の言葉を言いかけたが、言葉を飲み込み唇を噛んだ。握った拳がブルブルと小刻みに震えていた。
パハは大人気もなく本音を言ってしまい、まだ子供のジンを不快にしてしまった事を後悔したのか、話題を変えようと首を傾け、眼を伏せたまま独り言のように呟く。
「そうそう、俺は近ごろ気味が悪くてしょうがねえんだ。
1週間ほど前に、この辺には珍しい銀色の毛を持つ狼の魔物1匹が、裏の山裾から俺を見ていたんだ。
次の日には、その狼の魔物が、俺の畑のゴボウと芋を抜いていやがったんだ。俺は大声で追い払ってやったよ。まあ、俺を襲ってこなかったのが、せめてもの幸いだったがな。
その次の日から、毎日、この家の土間に魚や自然薯が置いてあるんだ。村人に聞いても知らねえって言うし、薄気味悪いったらありゃしない」
ジンの拳の震えが止まり、興味深そうに尋ねる。
「パハ殿、それは神の恵みではないのか」
「ならいいんだけどな。
・・・・・・う~ん、そういやぁ、今日は魚も自然薯も届いていないな。もう神様の恵みも終わりか。がはははは」
「パハ、・・・・・もう野盗、し、心配・・・・ないかも。今朝・・・・・や、野党を・・・・・見かけた」
「何だと!」
「・・・・・みんな・・・・・お、大怪我していた」
「大怪我? そうか、それがあの野盗ならいいな。長老にも伝えておくか」
「・・・・・パハさん・・・・・あ、ありがとう。私たちは・・・・・これで・・・・・出発します」
「おう、俺の話を聞いてくれてありがとうな。よかったらまた寄ってくれ」
マツリたちは寒村コリを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マツリたちが両側を林に挟まれた川沿いの道を進んでいると、河原に魚と自然薯が散らかっていた。
ジンが指さして、声を上げる。
「それは、先ほどのパハの言っていた神の恵みの品ではないのか」
「ジン、そうかも知れないわね。なぜ、河原に」
レイが右手を横に伸ばし、マツリたちを制する。
「気をつけて、血の匂いがする」
「・・・・・野盗・・・?」
『マツリ、用心しろ。魔物の気配だ。だが、生命が尽きかけているのか、弱弱しい気だ』
レイは右手に両刃剣の「旭」を順手で持ち、左手で片刃刀の「月光」を逆手で持って構え、ゆっくりと風上へ前進して行く。マツリとジンもこれを追う。
やがて、武器を手にした者が、河原に屍となって転がっているのが見えた。その脇で横たわる魔物が顔だけ起こして、グルルッと唸り声を上げた。
レイは駆け出すと、大きく跳躍した。そのまま魔物の心臓めがけ、太刀を上から突く。
「待って!」
マツリが叫んだ。
レイの太刀が魔物に触れる寸前に止まった。
「なぜ止める!」
「こ、この魔物・・・・・銀毛の狼」
グルルルルと威嚇をするものの、舌を出して、ハァ、ハァと苦しそうな息遣いを繰り返していた。その狼の体には、幾つもの刀傷があり、銀の毛は真っ赤な血に染まっていた。
「マツリ姉、この銀狼は、パハが言っていた畑を荒らしたという魔物なのか」
「この辺りでは、狼の魔物は珍しいと言っていたから、そうかも知れないわね」
マツリが頷く。
レイが冷静に述べる。
「傍に転がる屍を見ろ。恐らく、さきほどの野盗の一味だ。
この魔物は人間を手にかけた。よって、情けは無用だ。
それに、この魔物は虫の息。苦しませずに命を絶つ方がよい」
「この・・・・お、狼の魔物が、・・・・む、村を・・・・守ってくれた・・・・のかもしれない」
「馬鹿な。魔物は人間を襲うことがあっても、人間を救うことなど聞いたことはない」
マツリは生得能力の秘物庫から、白酒を取り出した。それを器に注ぎ、狼の魔物の前にそっと置いた。
グルルルルと唸り、狼の瞳がマツリを見る。
「お前は、寂しそうな眼をしているんだね。さあ、お飲み」
「マツリ、何をしているのだ」
「・・・・この白酒は・・・清めた酒。き・・・傷と体力の・・・か、回復が・・・期待できる」
狼の魔物は白酒の匂いを嗅ぐと、舌で酒を舐め始めた。全て舐め終わると、そのまま静かに横になり、目を閉じた。先ほどの息苦しさは緩和されたらしい。
「・・・あとは・・・み、自らの・・・体力と・・・か、神のご加護しだい」
その言葉を聞き、レイは2本の太刀を鞘に納めた。
マツリは、神楽鈴を手に取り舞い始めた。リン、リリリン、リンとマツリが舞う度に神楽鈴が心地よい音色を奏でた。クルリと一回転すると、手を前に伸ばし神楽鈴を細かく鳴らしながら、左から右へと移動させた。
マツリは神楽鈴を腰に戻してから、狼の魔物へと視線を移す。
「お前はパハのために戦ったのだな。言葉にできなくとも、お前の気持ちは感じる」
狼の魔物は目を薄っすらと開き、瞳を僅かに動かしてマツリを見た。すぐに目を閉じ、横になったまま速い息遣いを繰り返していた。
「守れたよ。あの盗賊は、もうパハのいる村を襲わない」
そう伝えると、マツリは背を向け黙って歩き出した。
「・・・・慈しむ心・・・・我が父に代わり・・・・」
ジンは村を救った銀毛の狼を、じっと見つめていた。
その夜、マツリは黙々と日記を書いた。
【大陸陰暦1020年4月17日
コリ村
私は、気持ちを人に伝えることが苦手だ。魔物は、それがもっと苦手だ。
寂しいのたった一言すら伝えられない】
<次回 第9話「天井を駆ける足音 - 1」




