表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
8/36

8 銀毛の狼 - 2

 白い(ひげ)を生やした老人が、マツリたちに声をかける。

 「(よろい)を着た他所者が来たので、警戒していたのじゃ。悪く思わんでくれ」


 小さな子供が、レイを指さして言う。

 「そのお姉ちゃん、怖そうだったよ」

 「これ、何を言うの。まったくこの子ったら。気を悪くしないでくださいね」


 「がはははは、ソウ坊の言う通りだ。俺たちもビビっちまったぜ」

 「全くだ。あはははは」

辺りは村人の笑いに包まれた。


 レイは顔を真っ赤にしながら、

 「我らは決して怪しいものではない」

と、手を横に振った。


 ジンがしみじみと言葉を()みしめる。

 「笑顔は笑顔を生むと、ホウが言っていた通りだ」


 「賢王ホウ様がそのようなことを」

レイはジンに微笑みかけた。


 「・・・・・お、お騒がせ・・・すみません・・・・・す、すぐ・・で、出て行きます」

村人の視線が気になり、おどおどしながらマツリは声を振り(しぼ)った。


 最初に家から出て来た若い男が声をかける。

 「俺たちもちいとばかり用心し過ぎた。もう互いに心配ないと分かり合えた。

 少し休んでいくとよい。俺の名はパハ。そうだ、俺の家に寄って行け」


 マツリたちは顔を見合わせ、それからパハに頷いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「御覧の通り何もない家だが、これでも飲んでくれ」

パハはマツリたちに白湯(さゆ)を出した。


 「・・・・・ありがとう」

マツリが会釈(えしゃく)をする。


 レイは白湯を凝視し、その色を確かめると、一口飲んだ。そして、ジンの眼を見て黙って(うなず)く。ジンはパハに礼を言ってから出された白湯を飲んだ。


 『レイは毒見か。徹底しているな』

マツリの(ふところ)に隠れているウルが思念会話で言った。


 『それはそうでしょう。ジンは命を狙われている皇子(おうじ)なんだから。それよりも、私はジンに驚いたわ。あの場を収める力。きっと歴史に名を残す名君になるわ』


 『ククククッ、生き延びて、大人になれればだがな』

 『馬鹿を言わないで』


 パハが(むしろ)に腰を下ろすと、しみじみと語り出した。


 「俺たちが用心していたのは、数日前にこの村の近くで野盗を見かけたからなんだ」

 「・・・・ま、まあ、・・・怖い」


 『ウル、その野盗って、さっきやり過ごした野盗のことかな』


 『そうかもしれんな。全員がかなりの深手を負っていたな』


 ジンがパハに率直な質問をする。

 「野盗退治のため、警備隊はいつ来るんですか」


 「この荘国に野盗は沢山いる。こんな寒村に警備隊なんて来てくれる訳ない」


 「民あっての国ではないのか」


 「皇帝コウ様やお偉い役人にとっては、自分が一番だ。その次に国あっての民だ」

 「そんなはずはない。民を(いつく)しんでいるはずだ」


 「役人から、俺らに対しての慈しみを感じたことはない。役人の態度を見れば、その上の者の考えも伝わってくるというものだ。

 ジンは子供だから、まだ分からねえだろうがな」


 「それは、地方の役人がいけないのではないか」

 「俺には難しいことは分からねえが、正直な親には、正直な子が育つ。まあ、そう言う事だな。

 いっそ、ジンみたいな真っすぐな子が皇帝になってくれれば、この荘国も変わるかもな。がはははは」


 ジンは次の言葉を言いかけたが、言葉を飲み込み唇を()んだ。握った拳がブルブルと小刻みに震えていた。


 パハは大人気もなく本音を言ってしまい、まだ子供のジンを不快にしてしまった事を後悔したのか、話題を変えようと首を傾け、眼を伏せたまま独り言のように(つぶや)く。


 「そうそう、俺は近ごろ気味が悪くてしょうがねえんだ。

 1週間ほど前に、この辺には珍しい銀色の毛を持つ狼の魔物1匹が、裏の山裾(やますそ)から俺を見ていたんだ。

 次の日には、その狼の魔物が、俺の畑のゴボウと(いも)を抜いていやがったんだ。俺は大声で追い払ってやったよ。まあ、俺を襲ってこなかったのが、せめてもの幸いだったがな。

 その次の日から、毎日、この家の土間に魚や自然薯(じねんじょ)が置いてあるんだ。村人に聞いても知らねえって言うし、薄気味悪いったらありゃしない」


 ジンの拳の震えが止まり、興味深そうに尋ねる。

 「パハ殿、それは神の恵みではないのか」


 「ならいいんだけどな。

 ・・・・・・う~ん、そういやぁ、今日は魚も自然薯も届いていないな。もう神様の恵みも終わりか。がはははは」


 「パハ、・・・・・もう野盗、し、心配・・・・ないかも。今朝・・・・・や、野党を・・・・・見かけた」

 「何だと!」


 「・・・・・みんな・・・・・お、大怪我していた」


 「大怪我? そうか、それがあの野盗ならいいな。長老にも伝えておくか」


 「・・・・・パハさん・・・・・あ、ありがとう。私たちは・・・・・これで・・・・・出発します」


 「おう、俺の話を聞いてくれてありがとうな。よかったらまた寄ってくれ」

マツリたちは寒村コリを後にした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マツリたちが両側を林に挟まれた川沿いの道を進んでいると、河原に魚と自然薯が散らかっていた。


 ジンが指さして、声を上げる。

 「それは、先ほどのパハの言っていた神の恵みの品ではないのか」


 「ジン、そうかも知れないわね。なぜ、河原に」


 レイが右手を横に伸ばし、マツリたちを制する。

 「気をつけて、血の匂いがする」


 「・・・・・野盗・・・?」


 『マツリ、用心しろ。魔物の気配だ。だが、生命が尽きかけているのか、弱弱しい気だ』


 レイは右手に両刃剣の「(あさひ)」を順手で持ち、左手で片刃刀の「月光」を逆手で持って構え、ゆっくりと風上へ前進して行く。マツリとジンもこれを追う。


 やがて、武器を手にした者が、河原に屍となって転がっているのが見えた。その脇で横たわる魔物が顔だけ起こして、グルルッと(うな)り声を上げた。


 レイは駆け出すと、大きく跳躍した。そのまま魔物の心臓めがけ、太刀を上から突く。


 「待って!」

マツリが叫んだ。


 レイの太刀が魔物に触れる寸前に止まった。


 「なぜ止める!」

 「こ、この魔物・・・・・銀毛の狼」


 グルルルルと威嚇(いかく)をするものの、舌を出して、ハァ、ハァと苦しそうな息遣いを繰り返していた。その狼の体には、幾つもの刀傷があり、銀の毛は真っ赤な血に染まっていた。


 「マツリ姉、この銀狼は、パハが言っていた畑を荒らしたという魔物なのか」


 「この辺りでは、狼の魔物は珍しいと言っていたから、そうかも知れないわね」

マツリが頷く。


レイが冷静に述べる。

 「(そば)に転がる(しかばね)を見ろ。恐らく、さきほどの野盗の一味だ。

 この魔物は人間を手にかけた。よって、情けは無用だ。

 それに、この魔物は虫の息。苦しませずに命を絶つ方がよい」


 「この・・・・お、狼の魔物が、・・・・む、村を・・・・守ってくれた・・・・のかもしれない」


 「馬鹿な。魔物は人間を襲うことがあっても、人間を救うことなど聞いたことはない」


 マツリは生得能力の秘物庫から、白酒を取り出した。それを器に注ぎ、狼の魔物の前にそっと置いた。

 グルルルルと唸り、狼の瞳がマツリを見る。


 「お前は、(さみ)しそうな眼をしているんだね。さあ、お飲み」


 「マツリ、何をしているのだ」


 「・・・・この白酒は・・・清めた酒。き・・・傷と体力の・・・か、回復が・・・期待できる」


 狼の魔物は白酒の匂いを()ぐと、舌で酒を舐め始めた。全て舐め終わると、そのまま静かに横になり、目を閉じた。先ほどの息苦しさは緩和されたらしい。


 「・・・あとは・・・み、自らの・・・体力と・・・か、神のご加護しだい」

その言葉を聞き、レイは2本の太刀を(さや)に納めた。


 マツリは、神楽鈴(かぐらすず)を手に取り舞い始めた。リン、リリリン、リンとマツリが舞う度に神楽鈴が心地よい音色を奏でた。クルリと一回転すると、手を前に伸ばし神楽鈴を細かく鳴らしながら、左から右へと移動させた。

 マツリは神楽鈴を腰に戻してから、狼の魔物へと視線を移す。


 「お前はパハのために戦ったのだな。言葉にできなくとも、お前の気持ちは感じる」


 狼の魔物は目を薄っすらと開き、瞳を僅かに動かしてマツリを見た。すぐに目を閉じ、横になったまま速い息遣いを繰り返していた。


 「守れたよ。あの盗賊は、もうパハのいる村を襲わない」

そう伝えると、マツリは背を向け黙って歩き出した。


 「・・・・慈しむ心・・・・我が父に代わり・・・・」

ジンは村を救った銀毛の狼を、じっと見つめていた。


 その夜、マツリは黙々と日記を書いた。


 【大陸陰暦1020年4月17日

  コリ村 

  私は、気持ちを人に伝えることが苦手だ。魔物は、それがもっと苦手だ。

  (さみ)しいのたった一言すら伝えられない】


 <次回 第9話「天井を駆ける足音 - 1」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ