第2章 愛すべき不器用なものたち 7 銀毛の狼 - 1
大陸陰暦1020年4月17日
「マツリ姉、森の中を歩くって気持ちがよいもんだな。僕は初めてだ」
「本当ね~。ジン、僕とか、とても自然な言葉になってきたわね」
「本当か。気をつけている」
「ジン様、ご立派です」
レイが優しげな目を向ける。
「・・・・・・レイ姉・・・・・一番・・・・・ダメ」
「レイ姉、自然な言葉遣いは必要だ」
「はっ」
「レ、レイ姉・・・・それが・・・・・ダメ」
「くっ、影の者として培ってきた全ての経験と技をもって、姉になりきるわ」
『ククククッ、影の者って不器用だな。俺たちを尾行していた時のあの有能さは何だったんだ』
『ウル、そんなこと言わないの。忠誠を誓う皇子への態度は、そんなに簡単には直らないのよ』
『そんなもんかね~・・・・・人が来る。7人だ。マツリ、その岩陰に隠れろ』
『え、魔族とやらの追手?』
『分からん』
「血の匂い」
レイがジンを庇うように前に出て、注意を促すよう手で合図を送った。既に2本の短い太刀の柄に手をかけている。
「ジン、隠れるわよ。・・・・・レイ、その岩陰・・・・・に」
マツリたちは森の道脇にあった大きな岩陰に身を潜めた。
声が聞こえて来る。
「くそー、寒村だからちょろい仕事だなんて誰がいったんだ。ハア、ハア」
「ハア、ハア、あんな寒村は、狙わなければよかったんだ。」
「いててててっ、血が止まらないぞ。あそこがあの魔物、銀狼の縄張りだったとは」
「ハァ、ハァ、半分は殺られた。俺たちはついてねぇぜ。もう、ここはこりごりだ」
と、野盗は足を引きずりながら愚痴をこぼし、マツリたちの前を通り過ぎて行った。
レイは鋭い豹のような眼で、野盗が完全に通り過ぎるまで睨みつけていた。
「ジン、怖くなかった」
マツリがジンに声をかける。
「恐怖はない。ただ、奴らが言っていたあの魔物、銀狼という言葉が気になった」
「そうね」
「ジン様、もう大丈夫です」
「レイ姉、ここは『ジン、もう大丈夫だ』だ」
「はっ、もう大丈夫だ」
レイはジンの言葉を繰り返した。
マツリたちは森を抜け、小さな谷間にある寒村コリに到着した。
『これは随分と寂れた村だな』
『なんだか懐かしいわ。ウル、私もこんな小さな村で育ったの』
『フクシュウから急いで旅だったので、金はあっても食料や日用品が不足しているんだろ。こんなしけた村は早く通り過ぎて、もっと大きな街に行こうぜ』
『いただいた地図では、この村はコリ、その西12㎞にアンケイという街があるみたい』
コリ村に入ると、村人の姿は誰一人として見当たらなかった。
『・・・ウル、この村は少し怖いわ。日出処の村で経験したあの視線のようなものを感じる』
マツリは、ジンやレイにかけた言葉とは裏腹に、思念会話で不安と恐怖を口にした。
『問題ない。こちらへの殺意は感じない』
『そうなんだけど、息を潜めているような、張り詰めた緊張をひしひしと感じるのよ』
『ククククッ、日出処の村で向けられたあの視線と同じかどうかは別として、こちらも緊張する必要はないと思うがな』
『そ、そうね。無暗に恐れる必要はないのよね』
村から伝わる異様な緊張感を察知したレイも、豹のような鋭い眼をして辺りを警戒している。
マツリはレイの肩に手を乗せ、
「・・・・・・・・レイ姉・・・・力を・・・・抜いて」
と微笑んだ。
「警戒し過ぎでも悪いことはない。ジン様・・・ジンを守ることが私の使命」
レイがマツリを見てそう答えた。
レイの言葉に、ジンへも緊張が伝わった。
「ジン、大丈夫よ」
マツリはジンの背中をポンと叩いた。
「ジン様に何をする。気安く触れるな」
レイがマツリの手を払った。
「・・・・・・ジンは・・・・・・わ、私たちの弟」
ジンが振り返り、
「マツリ姉の言う通りだ。レイ姉も姉弟なんだから」
と窘めた。
「はっ」
「・・・レ、レイ姉、・・・え、笑顔を・・・」
レイがぎこちない笑顔を作る。
「・・・レ、レイ姉、す、素敵な・・・笑顔よ」
「な・・・何を」
レイが顔を赤らめた。
それを見てジンも笑い出す。朗らかな笑い声が寒村のコリに響き渡った。
古く粗末な家の戸が開く。中から若い男が顔を出して、こちらを伺っている。
マツリは、精一杯の笑顔を作り、声をかける。
「・・・・・こ、こんにちは、・・・・・あ、あの~」
「僕たちは旅をしてここに来ました。僕はジン、こっちがマツリ姉、ちょっと怖そうなのがレイ姉です」
ジンは明るく微笑んだ。
若い男は、ジンたちを暫く凝視すると、
「・・・・・大丈夫だー! 出てきてもいいぞー」
と叫んだ。
すると、隣の家の戸も開く。次々に戸が開いた。コリの村の家々から人が出て来て、いつのまにか老若男女が集まって来た。
レイは腰の短めの太刀の柄に手を駆ける。マツリは笑顔でレイの手の上に手を重ね、首を横に振った。
<次回 第8話「銀毛の狼 - 2」>




