6 今も胸がドキドキしている
マツリたち一行は、フクシュウの街から西へと歩んでいた。
『マツリ、幻の酒と言われる果紅酒を大樽3つ分もらえたな。それと旅費に渡された金もそこそこあったから、生活には暫く困らないな』
『果紅酒は、私たちが探す至高の聖塩と聖酒の一品とは限らないけれども、その候補ね。
いただいた酒も旅費も、私の生得能力「秘物庫」に入れているから、防犯面でも安心』
『なあ、皇子シギがここにいるのは分かるが、何で奴まで・・・・』
マツリの肩に座っているウルが、影の者、リン・ファンを見つめた。
『そんなこと言わないの。私の戦闘力は皆無なんだから、いざという時にシギ皇子を守れるのは、リン・ファンでしょう』
『それはそうだけれどもさ。奴の気は、息を殺して森に潜む豹みたいで、不気味なんだよな』
『あはははは、ウル、リン・ファンと仲良くしてね』
『しかし、リン・ファンは無口だな。街を出てからまだ一言もない。
人間と話す時のマツリよりも口数が少ないぞ』
『変な例えはしないでよ』
『それに、シギの腰の剣も普通の感じじゃない』
『それはそうでしょう。皇族の剣なのだから豪華で特別よ』
『豪華とか、そういう意味ではなくて、何と言うか、む~』
シギ皇子は、腰には賢王ホウが持たせた宝剣を帯びていた。今は母のヒリが持たせた王家の紋章の入った翡翠のネックレスを手に取って見つめている。
その翡翠のペンダントトップは、半透明でありながら鮮やかな緑色に、北極星と北斗七星のような深緑色の星と7つの星があった。
ちなみに、北極星と北斗七星の図柄は、荘皇帝と皇子のみが許される印であった。
『ウル、シギ皇子は聡明で物分かりのよい子だわね』
『そんなものかね~。俺には、人間の子供のことはよく分からないからな~』
『まだ子供とは言え、天子の子とは、特別な人間なのかもしれない』
『背はマツリよりだいぶ小さいし、顔も幼い。俺には、他の子と変わらないように見えるがな』
マツリは歩きながら、シギ皇子へ、
「シギ皇子、お疲れではないですか」
と声をかけた。
シギ皇子は翡翠のネックレスを懐にしまうと、マツリを見て答える。
「余はまだ元気だ。案ずるな」
「私は疲れましたので、その木陰で休憩しましょう」
「むう、分かった」
マツリたちは、木陰に腰を下ろして休憩をした。
シギ皇子の目元は母ヒリに似て優しく包み込むようであり、やや小柄な体から、活発そうな印象をマツリは持った。それでいてどこか実の弟の満丸に似ていると思った。
「シギ皇子の誕生日はいつですか」
「5月30日」
「あと1ヵ月半で10歳。そこから11歳までの1年間が勝負」
シギ皇子は、「むう」と頷いた。
「それから、シギ皇子」
「まだ何かあるのか」
「シギ皇子をお守りすることが、私とそこにいるリン・ファンの役目。
今のままでは、お守りすることに危うさを感じます」
「其方は弱いか?」
「はい、私はとても弱いです。ですが、その事を言っているのではありません。
魔族とやらの手下なる者がシギ皇子を探すに違いありません。今のシギ皇子の言葉遣いでは、身分がばれる恐れがあります」
「余が迷惑をかけると言うのか」
「その言葉遣いのことです」
「・・・・分かった。気を付けよう」
「それから不自然によそよそしい、私たちの関係も危ういです」
「ならば、どうすればよいのだ」
「失礼ですが、これから私を姉だと思ってください」
「余がマツリを姉と呼べばよいのだな」
マツリの肩の上でウルがあんぐりと口を開けていた。
『どうしたのウル』
『って、マツリは気づいていないのか。シギ皇子と普通に会話しているぞ』
『ああああああ、本当だ。不思議だわ。でも、とっても、とぉーっても嬉しい』
『ククククッ、マツリらしいと言えばそうだが、まあ、よいことだ』
『日出処にいる弟と、どこか感じが似ているからかも』
マツリは嬉しそうに顔をほころばせた。
「シギ皇子、そうです。でも、・・・・・・うーん、マツリ姉と呼んでいただきます」
「分かった。マツリ姉は余を何と呼ぶのだ」
「弟なのでシギと呼びます。そして、彼をリン兄と呼んでください」
リン・ファンは動揺し、やや甲高い声で猛烈に異議を唱える。
「私ごときが、恐れ多くも皇子シギ様を呼び捨てなどできない」
「・・・・・シ、シギの命・・・・・守る・・ため・・・・・」
「それでも」
マツリが黒装束から覗くリン・ファンの瞳を見つめている。
「・・・・・そ、それでは名を変え、・・・シギ皇子は、ジン。
・・・・・ファ、ファンは・・・・・うーん・・・・・ファンは、レイ・・とします」
「ジンか。余はそれで構わん」
シギ皇子がリン・ファンを見た。
「・・・・分かりました。これもリヒ様から命じられた、シギ様をお守りするという使命のため。シギ様をジンと謹んでお呼びします」
リン・ファンはシギ皇子にそう答えると平伏した。
「さて、これで・・・・・決まりね。あ、ジンは自分のことを余ではなく僕と言ってね」
マツリが満足そうに呟いた。
「僕だな。そのようにする」
レイはマツリを豹のような鋭い眼で睨みつけ、
「マツリ殿、一つだけ異議があります・・・・・私は女です」
と、黒装束から顔を出した。
「ええええー! ・・・・・ご、ごめ、ごめ、ごめん・・・・・なさーい!」
「まあ、黒装束で顔を隠していた私にも非はあります。それに、この装束はこの任務には目立ち過ぎるようです。これからは、女性らしい服装に変えることにします」
「・・・・・レイ、・・・・・あなた・・・・・長い黒髪・・・・とても綺麗・・・・・」
マツリはそう呟くが、レイはその言葉に興味なさそうに背負っていた箱を開け、その場で着替え始めた。
『豹は豹でも、雌豹だったのか』
ウルも竹笛で背中をかく手が止まり、レイを見て目を丸くしていた。
「・・・・・レ、レイの・・・・・レイの歳は?」
着替えながらレイがマツリを見て渋い顔になった。
「失礼・・・・・いえ・・・・・どちらが、姉・・・・・かなと」
「18歳です」
「・・・・・私は、2歳年下・・・・・なので、わ、私の姉・・・・・」
「私が易に登場する救国の巫女、マツリ殿の姉になるなんて、不思議です」
そう言いながら。レイは、革鎧を着て、腰にやや短めの剣と太刀を差し、長い髪を一つに束ねた。
レイの鎧の左肩には、紺地の革に翡翠の星3つ付いた飾りがあった。レイはこれをじっと見つめてから、右手でこの飾りを引きちぎって捨てた。
「・・・・レイ姉、それが・・・・女性らしい服装・・・・なの?」
「問題ない。ごくありふれた冒険者の姿。マツリの服装の方がよほど目立つ」
『ククククッ、これでは3姉弟と言うより、姉弟と女用心棒だな』
それから、荷物を背負う仕草をすると、マツリが自分の生得能力である異空間超大型収納庫の「秘物庫」開き、格納するように言った。レイは、マツリが宙に発現させた秘物庫に驚き、思わず声を出していた。
皇帝コウより第2王妃のヒリが授かった王家の紋章の入った翡翠のネックレスも、身元を隠すためにマツリの秘物庫に保管した。
マツリは鼻歌交じりで帳面を出すと、笑みを浮かべながら旅日記を書き始めた。
【大陸陰暦1020年4月15日
フクシュウでなんと姉弟ができた。とっても、とぉーっても嬉しい。綺麗な姉はレイ、話しやすい弟はジン。「レイ姉」、「ジン」。今も胸がドキドキしている】
<次回 第2章 愛すべき不器用なものたち 第7話「第7話 銀毛の狼 - 1 」




