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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
6/35

6 今も胸がドキドキしている

 マツリたち一行は、フクシュウの街から西へと歩んでいた。


 『マツリ、幻の酒と言われる果紅酒(かこうしゅ)を大樽3つ分もらえたな。それと旅費に渡された金もそこそこあったから、生活には暫く困らないな』


 『果紅酒は、私たちが探す至高の聖塩と聖酒の一品とは限らないけれども、その候補ね。

いただいた酒も旅費も、私の生得能力「秘物庫(ひぶつこ)」に入れているから、防犯面でも安心』


 『なあ、皇子シギがここにいるのは分かるが、何で奴まで・・・・』

マツリの肩に座っているウルが、影の者、リン・ファンを見つめた。


 『そんなこと言わないの。私の戦闘力は皆無なんだから、いざという時にシギ皇子を守れるのは、リン・ファンでしょう』


 『それはそうだけれどもさ。奴の気は、息を殺して森に潜む豹みたいで、不気味なんだよな』


 『あはははは、ウル、リン・ファンと仲良くしてね』


 『しかし、リン・ファンは無口だな。街を出てからまだ一言もない。

 人間と話す時のマツリよりも口数が少ないぞ』

 『変な例えはしないでよ』


 『それに、シギの腰の剣も普通の感じじゃない』


 『それはそうでしょう。皇族の剣なのだから豪華で特別よ』

 『豪華とか、そういう意味ではなくて、何と言うか、む~』


 シギ皇子は、腰には賢王ホウが持たせた宝剣を帯びていた。今は母のヒリが持たせた王家の紋章の入った翡翠(ひすい)のネックレスを手に取って見つめている。


 その翡翠のペンダントトップは、半透明でありながら鮮やかな緑色に、北極星と北斗七星のような深緑色の星と7つの星があった。

 ちなみに、北極星と北斗七星の図柄は、荘皇帝と皇子のみが許される印であった。


 『ウル、シギ皇子は聡明で物分かりのよい子だわね』


 『そんなものかね~。俺には、人間の子供のことはよく分からないからな~』


 『まだ子供とは言え、天子の子とは、特別な人間なのかもしれない』


 『背はマツリよりだいぶ小さいし、顔も幼い。俺には、他の子と変わらないように見えるがな』


 マツリは歩きながら、シギ皇子へ、

 「シギ皇子、お疲れではないですか」

と声をかけた。


 シギ皇子は翡翠のネックレスを(ふところ)にしまうと、マツリを見て答える。 

 「余はまだ元気だ。案ずるな」


 「私は疲れましたので、その木陰で休憩しましょう」

 「むう、分かった」

 マツリたちは、木陰に腰を下ろして休憩をした。


 シギ皇子の目元は母ヒリに似て優しく包み込むようであり、やや小柄な体から、活発そうな印象をマツリは持った。それでいてどこか実の弟の満丸(みつるまる)に似ていると思った。


 「シギ皇子の誕生日はいつですか」

 「5月30日」


 「あと1ヵ月半で10歳。そこから11歳までの1年間が勝負」

 シギ皇子は、「むう」と頷いた。


「それから、シギ皇子」

 「まだ何かあるのか」


 「シギ皇子をお守りすることが、私とそこにいるリン・ファンの役目。

 今のままでは、お守りすることに危うさを感じます」


 「其方は弱いか?」

 「はい、私はとても弱いです。ですが、その事を言っているのではありません。

 魔族とやらの手下なる者がシギ皇子を探すに違いありません。今のシギ皇子の言葉遣いでは、身分がばれる恐れがあります」


 「余が迷惑をかけると言うのか」

 「その言葉遣いのことです」


 「・・・・分かった。気を付けよう」


 「それから不自然によそよそしい、私たちの関係も危ういです」

 「ならば、どうすればよいのだ」


 「失礼ですが、これから私を姉だと思ってください」

 「余がマツリを姉と呼べばよいのだな」


 マツリの肩の上でウルがあんぐりと口を開けていた。

 『どうしたのウル』


 『って、マツリは気づいていないのか。シギ皇子と普通に会話しているぞ』

 『ああああああ、本当だ。不思議だわ。でも、とっても、とぉーっても嬉しい』


 『ククククッ、マツリらしいと言えばそうだが、まあ、よいことだ』

 『日出処にいる弟と、どこか感じが似ているからかも』

マツリは嬉しそうに顔をほころばせた。


 「シギ皇子、そうです。でも、・・・・・・うーん、マツリ姉と呼んでいただきます」

 「分かった。マツリ姉は余を何と呼ぶのだ」

 「弟なのでシギと呼びます。そして、彼をリン兄と呼んでください」


 リン・ファンは動揺し、やや甲高い声で猛烈に異議を唱える。

 「私ごときが、恐れ多くも皇子シギ様を呼び捨てなどできない」


 「・・・・・シ、シギの命・・・・・守る・・ため・・・・・」

 「それでも」


 マツリが黒装束から(のぞ)くリン・ファンの瞳を見つめている。

「・・・・・そ、それでは名を変え、・・・シギ皇子は、ジン。

・・・・・ファ、ファンは・・・・・うーん・・・・・ファンは、レイ・・とします」


 「ジンか。余はそれで構わん」

シギ皇子がリン・ファンを見た。


 「・・・・分かりました。これもリヒ様から命じられた、シギ様をお守りするという使命のため。シギ様をジンと謹んでお呼びします」

リン・ファンはシギ皇子にそう答えると平伏した。


 「さて、これで・・・・・決まりね。あ、ジンは自分のことを余ではなく僕と言ってね」

マツリが満足そうに呟いた。


 「僕だな。そのようにする」


 レイはマツリを豹のような鋭い眼で(にら)みつけ、

 「マツリ殿、一つだけ異議があります・・・・・私は女です」

と、黒装束から顔を出した。


 「ええええー! ・・・・・ご、ごめ、ごめ、ごめん・・・・・なさーい!」


 「まあ、黒装束で顔を隠していた私にも非はあります。それに、この装束はこの任務には目立ち過ぎるようです。これからは、女性らしい服装に変えることにします」


 「・・・・・レイ、・・・・・あなた・・・・・長い黒髪・・・・とても綺麗・・・・・」

マツリはそう呟くが、レイはその言葉に興味なさそうに背負っていた箱を開け、その場で着替え始めた。


 『豹は豹でも、雌豹(めひょう)だったのか』

ウルも竹笛で背中をかく手が止まり、レイを見て目を丸くしていた。


 「・・・・・レ、レイの・・・・・レイの歳は?」

 着替えながらレイがマツリを見て渋い顔になった。


 「失礼・・・・・いえ・・・・・どちらが、姉・・・・・かなと」

 「18歳です」


 「・・・・・私は、2歳年下・・・・・なので、わ、私の姉・・・・・」


 「私が易に登場する救国の巫女、マツリ殿の姉になるなんて、不思議です」

そう言いながら。レイは、革鎧を着て、腰にやや短めの剣と太刀を差し、長い髪を一つに束ねた。


 レイの鎧の左肩には、紺地の革に翡翠の星3つ付いた飾りがあった。レイはこれをじっと見つめてから、右手でこの飾りを引きちぎって捨てた。


 「・・・・レイ姉、それが・・・・女性らしい服装・・・・なの?」

 「問題ない。ごくありふれた冒険者の姿。マツリの服装の方がよほど目立つ」


 『ククククッ、これでは3姉弟と言うより、姉弟と女用心棒だな』


 それから、荷物を背負う仕草をすると、マツリが自分の生得能力である異空間超大型収納庫の「秘物庫」開き、格納するように言った。レイは、マツリが宙に発現させた秘物庫に驚き、思わず声を出していた。


 皇帝コウより第2王妃のヒリが授かった王家の紋章の入った翡翠のネックレスも、身元を隠すためにマツリの秘物庫に保管した。


 マツリは鼻歌交じりで帳面を出すと、笑みを浮かべながら旅日記を書き始めた。


【大陸陰暦1020年4月15日

 フクシュウでなんと姉弟ができた。とっても、とぉーっても嬉しい。綺麗な姉はレイ、話しやすい弟はジン。「レイ姉」、「ジン」。今も胸がドキドキしている】


 <次回 第2章 愛すべき不器用なものたち  第7話「第7話 銀毛の狼 - 1 」


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