53 旅の途中
『死時計の刻印。生と死の時間を現す刻印だ。
この砂時計に似た死時計の刻印は、ジンの死期を現す。下の三角形が全て黒に染まる時が、ジンの死ぬ時だ』
ウルがジンの胸に刻まれた黒い痣を見てそう呟いた。
「え、死時計の刻印。下の三角形が全て黒に染まると、ジンは死ぬということ?」
『この刻印の力で死ぬわけではない。死が迫っていることを表す印だ』
マツリがジンを見つめると、レイは夜叉姫を抜いたまま、片手でジンの肩を掴み、胸の傷を睨んでいた。
「レイ! 待って!」
マツリは夜叉姫を握る手を掴んだ。
「レイ姉、ウルが言うには、その死時計の刻印が、死をもたらす訳ではないそうよ」
ウルは思念会話のため、ジンとレイには、マツリの音声しか聞こえていなかったため、誤解をしていたのだ。
「マツリ、では、この刻印は何だ」
レイは夜叉姫を下げた。
「それは、ジンの死の時期を現す刻印。
ジンの刻印は、上の逆三角形のほとんどが黒い。下の三角形は、底辺が少し太いくらい。
これを砂時計に置き換えて考えてみると、まだまだ時間はある」
「なぜ、ジンに?」
『冥界の門が空き、その瘴気の影響だろう』
「レイ姉、ウルは、冥界の門の影響だろうと言っている。とにかくこの痣自体に害はないので」
マツリはそう言って、白衣の上から左腕を擦っていた。
「ジン!」
レイはジンを強く抱きしめた。
「・・・・・・レイ姉に殺気がなかったから、僕は大丈夫だと思っていたんだ。
よく考えてみると、レイ姉は、殺気を出さずに行動できるから、どうなんだろう」
「ジン、ごめんなさい。死時計の刻印を胸の皮ごと抉り取ろうとしていたの」
「え、レイ姉・・・・落ち着いてよ」
アイガトプリッツの町
「ゴビンダさんの容態はどう?」
マツリが鍛冶場でヤクシャに尋ねた。
「日用品を作り始めてからは、心も安定しているようだ」
「それはよかったわ。しばらく、留守にしていたから気になっていたの」
「それはひと安心」
マツリもレイも、安堵の表情を浮かべた。
「僕もゴビンダさんは、このままどうにかなってしまうのかと心配だった」
「心の底に棲む夜叉と妙幻石のこともあるから、まだまだ気が抜けないな」
オームはヤクシャの肩に手を置いて言った。
「心配をかけてすまない。
おとうから、妙幻石の拠点を潰してこいと尻を叩かれたが、その留守の間に、おとうが、どうなることかと気が気ではなかった」
「ヤクシャ、私たちは、魔族や荘国の皇七剣から身を隠してジンを守る。
とりあえず、フォーティ朝エンプドを目指すわ」
マツリの言葉に、ジンたちも頷く。
ヤクシャは思いつめたような表情で、
「・・・・・俺も、俺も一緒に行く」
と、気持ちを打ち明けた。
マツリは首を横に振る。
「・・・・無理をしてほしくないの。
ヤクシャは、やっとゴビンダさんと一緒に暮らせるのだから」
「俺では力不足か? 俺が、ウルを守り切れなかったからか?」
「違うわ。ヤクシャは自らの体を張って、ウルや私のことを守ろうとしてくれたわ。
実際、2度も助けてくれた。そのことには、深く感謝している。
でも、それとこれとは別の話よ。今は、ヤクシャにとって、最も大事なことを優先してほしいの」
「最も大事・・・・」
ヤクシャは、視線を落として黙り込んだ。
「マツリは、悔いのない選択をしてほしいと言いたいのよ」
レイは言葉を選びながら、ゆっくりとヤクシャに語りかけた。
オームは、珍しく真剣な眼差しをヤクシャに向ける。
「ゴビンダのために、自分の人生を犠牲にする必要はない。人生の選択は自分自身ですべきだ。
だが、ヤクシャは生きている限り、今の選択の結果を心に背負う」
「・・・・・・・・・・確かに、おとうに何かあったら、一緒にいてやればよかったと、後悔し続けるかもしれん・・・・・」
「ヤクシャさんは、今一番の願いは何?」
ジンが問いかけた。
「・・・・・・そうだな。おとうと俺との失った20年の時間、親子の関係を取り戻したい」
「ヤクシャさん、僕たちはそれを応援したいんだ。
僕も父との親子関係を取り戻したいと願っているから、その気持ちは分かる」
ヤクシャは深く頷いた。
鍛冶場の壁の向こう側では、ゴビンダが壁に背をもたれ、目頭を押さえていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の早朝
霧の立ち込める中、マツリたちは、馬に跨りフォーティ朝エンプドを目指して、旅立って行った。
マツリたちの後ろ姿に、ヤクシャとゴビンダは、手を振っていた。マツリたちの姿が見えなくなると、巨躯のヤクシャはゴビンダの肩にそっと手を乗せ、鍛冶場へと入って行った。
馬に揺られながら、マツリがレイに話しかける。
「先ずは、ゴンベイの港ね」
「交易船に、すぐに乗れるといいわね」
オームが親指と人差し指で輪を作り、ジンを見る。
「まあ、しばらく船を待つようだったら、そこで金でも稼いでおくか」
「オーム兄、僕は、働いたことがないから、一緒にやってみたい」
オームは、小指を立てたまま人差し指でジンを差し、
「ジン、よい心がけだ。
働いて稼ぐ。これは生きる基本だ」
と言ってから、自分の胸を拳で叩いた。
レイは振り向いて尋ねる。
「オームはこれまでどんな仕事で稼いできたの?」
「俺は、これさ」
と、竪琴を響かせた。
「私にできることは、冒組合で冒険者稼業かな」
「それは、レイ姉にはうってつけね。
魔物退治でたくさん稼げそうだわ」
ウルが竹笛で肩を叩きながら、思念会話で呆れたように言葉をかける。
『マツリ、俺らは船に乗るためにゴンベイに行くのであろう』
『その通りよ。でも、これからの未来に思いを馳せることは、楽しいことなのよ』
オームが竪琴を鳴らして、思念会話に参加する。
『♪ 未来、それは、まだ見ぬ希望の光
時は移り行き この瞬間も 遠い記憶へと生まれ変わる ♪
というやつだな』
『ククククッ、生きるということは、そういうことだろうな。
過去は記憶や記録の中にしかない。あるのは移り変わる現在。
つまり、この瞬間は、訪れた未来の一瞬の煌めきの連続だ』
マツリは、無意識に白衣の上から左腕を抑え、
「未来の一瞬の煌めきか。
その一瞬を眩く生きていきたい」
と言葉にした。
ジンやレイ、オームも頷いた。
丘へと続く道の上には、夏の青い空と、天と地を繋ぐかのように積乱雲が白く輝いていた。
【大陸陰暦1020年7月15日
港町ゴンベイへの道中
ジンの胸に死時計の刻印。
その砂時計の下の三角形の底辺が少し太くなっていた。
どこか遠くで起こる出来事のように感じていたジンの死が、現実味を帯びてその姿を現した。私たちはその恐怖に震撼した。
易にでたジンの運命を、この旅で必ず変えてみせる。
左腕が熱くなり、そっと白衣を捲ると、私にも死時計の刻印が。下の三角形は、四分の一が黒く染まっていた。日出処の師ドウマン様の言葉が心を過る。「巫女の宿命」
旅は、予期せぬことが起こるからこそ、その一瞬に心が躍る。
私たちは、今、旅の途中】
2026.1.28
日出処の巫女の旅日記
邂 逅 編
終
花野井 京
「日出処の巫女の旅日記 邂逅編」をご愛読いただきましたことに感謝いたします。
この続編は『日出処の巫女の旅日記2』として、執筆する予定です。
暫く、時間はかかりますが、また皆様に楽しんでいただければと考えています。




