52 亡族の魔女
エイジャント石窟群の小高い丘の上から、幼い女の子の興奮を抑えきれない声が響く。
「トト(父)様、見て! 見て! 突然の夜空に燃える空、緑の光。綺麗~」
幼い魔女のキヒは、大発見でもしたかのように、北北西の空を指さしてはしゃいだ。
「・・・・・・・・・・・・・・あの極光」
長身の若い魔族キオウマルは、キヒを背に乗せたまま、渋い表情をして空を睨みつけた。
「トト様、今度はあっち、あの綺麗な空の下まで行こうよ」
キヒは、フードと高い襟のついた山吹色の外套を羽織り、額からはねじれた1本の美しい角が生え、ウエーブのかかった銀の髪を風に靡かせている。
外套の中から、白と黄緑色の革服に、鮮やかな色彩の糸を束ね装飾が見えた。
「・・・・あの極光が綺麗に見えるのは、遠くにあるからだ。
真下にいけば、そこは凄惨な光景かも知れんぞ」
キオウマルは、2mを超える長身で、藍色の長い髪を後ろで束ねていた。黄色に赤い模様がある仮面を被り、額からはねじれた1本角が生え、刀身が2m近くある大太刀「桃風」を背負っていた。
黒ずんだ銀色の胸鎧と手甲、腕当、脛当と、全身が黒ずくめで、フードのついた胸丈の外套とつけていた。
北北西の赤く染まる空には、緑の光のカーテンが垂れ下がり、絶えず動き、形を変えていた。
「トト様、実はね、アタイもあの空から、神秘的な力を感じているわ」
そう言って、キヒは真黒な宝石を嵌め込んだ首飾りを握りしめた。
「随分と気配感知の力が高まったな」
「それはそうよ。アタイは5歳なのだから」
キヒは肩に座りながら、キオウマルの頭を軽く叩いた。
「さあ、トト様、エンプドの塩湖に行きましょう」
「そうだな。俺らの目的地だ」
人間と魔族は、その寿命や成長速度が異なり、歳の数え方自体も違っていた。
魔族年齢5歳のキヒは、見かけは人間の5歳程度であるが、人間の暦では15歳。
魔族年齢27歳のキオウマルは、人間歴で81歳となるが定かではない。
キヒとキオウマルは、マツリたちと遭遇した国境の村クウから、旅を再開していた。
エイジャント石窟群から南西へと進むと、セツヒという大きな村に着いた。キヒとキオウマルは、フードを深く被りなおした。
村の道を進むと、首に鈴をつけた羊たちが、時折、高い鳴き声をあげながら、草を食んでいた。
「おい、村の者。ここはなんという村だ?」
フードと仮面を被った堂々たる偉丈夫、キオウマルに尋ねられた村人は、後退りして答える。
「ひっ・・・、こ、ここはセツヒ村です」
キヒが村の人々を見回しながら尋ねる。
「ねえ、おじさん。村の人たちが悲しんでいるようだけど、何かあったの?」
「ああ、年に1度、魔族デルテに、この村の子供を生贄に差し出している。その日が、今日なんじゃ。
くじで、長者のダルシュットの娘ディーピカに決まった・・・・・・」
キオウマルは、訝しげに尋ねる。
「・・・・・不可解な。それなら悲しむのは、長者のダルシュットの家族だけでよいではないか。
なぜ、それ以外の者たちまでもが、悲しむのだ」
「何を言っているだ。そりゃ、自分の子供でなくて、安心した家もあるだろう。
じゃがな、村のために子供を差し出す家族の気持ちを考えたら、胸が張り裂けそうになるのは当たり前じゃろ」
キオウマルは、腑に落ちず首を捻って唸る。
「・・・・・・・・・・・う~ん」
「トト様、それが人間の共感という能力だ」
「共感?」
「うん。共感という心の能力で、悲しい人がいると、周りも悲しくなる。嬉しい人がいると、皆が嬉しくなると、カカ様から聞いた」
「利害関係のない他人の悲しみで、胸が痛くなるとは、人間とは、なんと不憫な生き物だ」
「トト様、不憫とは限らないわよ。
カカ様は、『人間は、共感によって心に固い結びつきが生まれる。この心の結びつきの如何によっては、他者のためでも、自己を犠牲にして強い魔族にも立ち向かう。困難な問題にさえ挑戦する』と言っていた」
「ユタが、そんなことを言っていたのか」
キオウマルは、暫く考え込むと、
「では、なぜ、この村の者たちは、共感の能力で、魔族デルテと戦わぬのだ」
と呟いた。
村の者は、眉間に皺をよせ、キオウマルに即答する。
「とんでもねえことだ。あんたらは魔族デルテの強さを知らねえからだ。
それは、もう十年近く前の話だ。魔族デルテがいきなり隣村を襲って来たんじゃ。その隣村は、全滅した。
ここの領主モントとその兵は、魔族デルテと戦った。
しかし、戦った者すべてが見るも無残な姿となった。・・・・あの領主モント以外はな。
その時に、こともあろうか、あの領主モントは、自分の命と引き換えに、魔族デルテと最悪の契約を結んだ。
領内の12の村から毎月1人、子どもの生贄を出すと」
「それで、今月は、セツヒ村の番というわけか」
「儂らでは、魔族デルテにも、あの領主モントにも逆らえねえ」
「皆で戦うのが嫌なら、皆で逃げればよいだろう?」
「あんたは、何にも分かっちゃいねえな。
先祖から続くこの地を離れて生きられるほど、この国は甘くはねえ」
「不条理に抗うことも、逃げることもせず、幼い命を差し出す不条理に従い続けるというのか・・・・・・」
「ああ、その通りだ! 俺たちの情けなさは、俺たちが一番よく知っている。
だけんどもよ、・・・・今まで、泣く泣く生贄を出して来た家があるのに、自分の番になったら生贄を止めようなんて、誰も言えねえだ。
もう、誰もが仕方がねえことだと、諦めているだ!」
その男は下を向いたまま黙り込んだ。
「不可解だ。この問題で被害を受けるのは己たちであっても、その問題を解決せず、『仕方がない』と、他人事のように言い訳して、その悲しい結末を共感する。
それでは、人間は、喰われるために飼われている羊と変わらないではないか。
・・・・キヒ、共感の能力を買いかぶり過ぎではないのか?」
「ふふふっ、人間に興味が湧いてきた?」
キヒは、嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、おじさん。その長者のダルシュットさんの家を教えて」
男は、キヒとキオウマルの会話に違和感を覚えるも、一軒の大きな屋敷を指さした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
長者のダルシュットの屋敷の前に来ると、静まり返っていた。
「誰かいるか」
キオウマルが尋ねた。
家の中からは、返答がない。キヒとキオウマルは視線を合わせ、首を傾げた。
「誰かいるか」
家の中からは、すすり泣く声だけが聞こえて来た。
キヒは、屋敷の戸を開ける。
部屋の中央には、奇麗に着飾った女の子が、座ったまま泣いていた。
その女の子の目の前に用意された豪華な食事には、口を付けた様子はなく、その周りに座る一族の大人たちは、喪服を着ていた。
「・・・・・・・うぅ・・・・・う、うっ・・・」
「・・・・・・ひくっ・・・・ひくっ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その場にいる皆が座り、俯き、むせび泣く。そして、目頭に手を当てたまま、鼻をすする音を立てていた。
「生贄がそんなに嫌なら、どうして戦わないの?
まるで、首に鈴のついた羊のよう」
「・・・・・・・・・・・・・」
そこにいる誰もが、キヒを一斉に睨んだ。
「あなたがディーピカさん?」
キヒの声には、もう反応せず、黙って奥歯を噛んでいた。
「アタイが代わりに行って、魔族デルテを倒すよ」
「・・・・・・・・・!!」
ダルシュット家の全員の眼が、キヒに集まる。
「・・・・お嬢さん、・・・・馬鹿なことを言うものではない。
代わりに行けば、あんたは喰われて死ぬんだよ。
・・・・あんたのご両親の気持ちを考えてごらんなさい」
ダルシュットは、涙でぐちゃぐちゃになった眼を、腕で擦りながら言った。
「トト様」
キヒが声をかけると、外にいたキオウマルが、入口の梁に頭が当たらぬよう屈みながら入って来た。
「!!」
「!! なっ・・・・」
中にいた人々は、2mを越える偉丈夫のキオウマルに驚き、声も出なかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山頂の祠
祠に生贄のキヒが一人で座り、その前には酒や多くの供物が並んでいた。遠くから獣の鳴き声が、山の端を越えて聞こえて来る。
夜の帳が降り、時折、左右の松明の薪が爆ぜ、ぱちぱちと音を立てていた。松明の温かな橙色の光が、周囲の闇を一層深く感じさせた。
一陣の風が吹き抜け、松明の炎が横に靡き、キヒの影が揺れた。
炎が元に戻ると、キヒの前には、灰色の翼をもち、2本の角を生やし、大鉈を手にした巨躯の魔族デルテが立っていた。祠の周りから、数匹の魔族らも薄ら笑いを浮かべながら出て来た。
「キヒヒヒヒ、これはまた小さく可愛らしい女だ」
デルテは、耳まで裂けた口から長い舌を出し、舌なめずりをした。
「あなたが、デルテ?」
デルテは大鉈を口に咥え、獣のように四つん這いになって、キヒに近づいて来た。
「イヒヒヒヒッ、そのフードを取って、美味しそうな顔を見せておくれよ~」
デルテは、キヒのフードに手をかけて捲った。
ウエーブのかかった銀の髪と額からねじれた1本の角が、デルテの瞳に映った。
「・・・・・・・・・・!! ひぃぃー」
この幼い魔族は極めて危険だと本能的に悟ったデルテは、悲鳴のような甲高い声を上げ、逃げ出そうと振り返った。
巨大な壁に当たり、デルテは尻もちをついた。
デルテがその壁を見上げると、その壁は偉丈夫な男の胸であった。その男は仮面を被り、額からはねじれた角が生えていた。
仮面の中の蛇に似た薄黄と深緑色の眼が下に動き、デルテを捉えた。
デルテは配下の魔族に命じる。
「こいつらを倒せ・・・・は、早くしろ!」
「あなた以外の魔族は、もう死んでいるわよ。トト様に気づかなかったのね?」
キヒの言葉で、デルテは周囲を見回す。何やら甘い桃の香りが、デルテの嗅覚を刺激した。
「・・・・ひぃー! ・・・・同族の魔族をどうして・・・・」
キヒはデルテの問いに答える。
「・・・・ん~ん、人間に興味が湧いたからかしら」
デルテは振り返り、キヒの顔をまじまじと見る。
「幼い魔女! ま、まさか。お前があの亡族の魔女なのか?」
「さあ、どうかしら」
「ま、待て、興味が湧いたとは、人間の肉が欲しいということなのか?
俺と手を組もう。毎月の生贄なら半分わた・・・」
祠の前に桃の香りが漂う。
キオウマルの大太刀は、一振りすると甘い香りを放つので、いつしか「桃風」と呼ばれるようになっていた。
「すから・・・」
地に落ちたデルテの首は、自分の胴体をその瞳に映しながら、最後の言葉を発した。
キオウマルは、桃風を背に納めると、キヒを肩に乗せた。
「トト様、魔族を斬り、人間を助けて、心に何かを感じた?」
「・・・・・・何も変わりはない。弱い者は死ぬだけだ。
やはりキヒは、不思議だ。秘相の魔鏡が示した『亡族の魔女』で間違いない」
キヒはキオウマルの頭を、ペシッと叩いた。
<次回 第53話「旅の途中」>
「日出処の巫女の旅日記 邂逅編」は次回編最終話




