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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
51/53

51 極光

 ウルの神楽笛から、神秘的な音色が響く。


 マツリは右手で神楽鈴を持ち、チリン、チリリンと鳴らしながら天を示す。

 その場で円を描きながら、足裏を(すべ)らすように進む。マツリの丈長の和紙で結わかれた長い髪が揺れる。

 左手は下に、横にと動かしながら雅に舞う。

 (おごそ)かな神楽笛の音色と、流麗(りゅうれい)な神楽舞であった。


 マツリは(うつ)ろな瞳で、一心に舞を捧げる。両腕を横に開き、緋袴(ひばかま)の中で両膝を(わず)かに曲げ上下する。右手で神楽鈴をチリン、チリリンと鳴らし舞い続ける。


 この間にも、冥界の門から(あふ)れ出す魔族が、洞窟の通路に押し寄せ、魔法陣の上の空に黒雲の如く群がっていた。


 ムラクモの繰り出す竜巻で群がる魔族を一掃するものの、冥界の門が全開となった今では、僅か数秒足らずで、我先にとうごめき群がる地獄の亡者のような、魔族の死者の(おぞ)ましい塔がそそり立った。


 『一掃しても、また湧き出してきりがないぞ。

 魔族は、もう数十万を超えている』



 ファンドーラは、雷魔法の雷槍(らいそう)を連発しているが、一時しのぎにしかならなかった。

 『こちらの魔力にも限界はある。・・・・これは、かなりまずい状況になってきた』


 冥界の門が全開となり、(またた)く間に噴き出す魔族の数で形勢を逆転していた。


 レイがその状況を見て呟く。

 「まずいわね。ムラクモ様とファンドーラの殲滅(せんめつ)速度よりも、魔族たちの湧き出る速度の方が、明らかに速くなってきた」

 「俺は後悔を繰り返したくない。八百万(やおよろず)の神の召喚まで、マツリとウルを守る」

ヤクシャはそう言うと、岩を飛び越えてマツリたちの盾となった。


 「ジン、このままだと、直に魔族がここにも攻めて来る。ワイバーンを護衛に呼び戻して」

 「分かった。レイ姉、僕も覚悟を決める」

ジンは穏便の鞭を振り、3匹のワイバーンに戻るように命じた。



 パロン湖の青く澄んだ湖面にさざ波が起こる。今まで鏡のような湖面に映っていた空と山々が、さざ波に消えていく。


 「レイ姉、ほら、洞窟の入口の方に向かって湖面が波打っている」

 「それだけではないわ。ジン、あそこを見て」

レイは、東の山々の山頂を指さした。

 「え、何なんだ。遠くの山頂から、真っ黒な何かが昇って来る。あれは黒雲?」


 目を()らして眺めるヤクシャが呟く。

 「・・・・・うう~ん、あの黒い空は、黒雲ではないな。

 信じられんが、夜空だ。

 ・・・・夜が東の地平線から昇って来たのだ!」


 「夜が昇って来るだって?

 ・・・・・確かに、言われてみれば。・・・・星の(またた)きも見える」

 「間違いないわ。夜が、徐々に昼を(おお)いつくそうとしている」


 昼空を、くっきりとした半円の境界をもつ夜の(とばり)が、昼を覆い隠そうとしていた。


 「これは日食か」

ヤクシャがレイに尋ねた。

 「違う。日食は太陽が欠ける現象だけど、これは昼そのものが欠け始めている」


 マツリは(うつ)ろな瞳で、神楽鈴を鳴らし、神楽舞を踊り続けている。そこに天変地異への驚きや不安、魔族への恐怖などは存在していない。ただ、八百万の神々と交信をしていたのだ。


 その時、ムラクモとファンドーラが討ち漏らした魔族の一群が、尋常(じんじょう)ならざる気を(まと)うマツリめがけて飛んで来た。


 ヤクシャの棍「(さい)」が唸る。魔族の頭部を殴りつけると、その先端を支点として、上空へと飛び上がった。

 ヤクシャは落下しながら、仄暗(ほのぐら)い宙を飛行する魔族を、砕で次々に叩き落とした。


 ジンの前へ出たレイは、闇に消える真黒(まくろ)()で、左から迫る魔族の頭をかち割り、夜叉姫で右の魔族を両断した。


 ジンの命を受けたワイバーン3匹は、高高度から降下し、魔族に襲い掛かった。

 1匹目は、歯を()き出し、魔族にかぶりつく。

 2匹目は、後ろ足で横腹を掴み引き千切る。

 3匹目は、魔族の炎魔法の炎弾を片翼に受け、錐揉(きりも)み状態で落下して行った。


 昼は欠け、夜に覆いつくされた。

 「レイ姉、見て。黒と青、赤の夜空になった!」


 レイは、向かって来た魔族の一群を殲滅(せんめつ)したことを確かめてから、ジンの指さす方へと視線を向けた。

 「どうなっているのだ。赤と青に揺れ光る夜空。あそこには、緑色の円い雲も現れた」


 緑色の薄い光が輪を作る。そこから仄かに白い光を放つ門が現れた。

 門が徐々に開いていく。すると橙色の光が()れ出してくる。


 「レイ、ジン、あれは人か? 門の内側に人影がある」

 「ヤクシャ、橙色の逆光で、(おぼろ)げにしか見えないけれども、あれは恐らく、いえ、間違いなく神」


 ヤクシャは両膝を着き、呆然(ぼうぜん)と眺める顔から感涙(かんるい)(しずく)(したた)り落ちていた。

 「・・・・・うう、・・・・・うっ、・・・・・あれが、あのお方が・・・・・か、神」


 「神域の門が開いた」

マツリは平伏し、神楽鈴とその柄から伸びる五色布を掲げて頭を()れた。


 「八百万の神の神威、カムナホビノカミ、(みそぎ)極光(きょっこう)


 朧げな人影が持っている水瓶から、(てのひら)で水をすくうようにしてそっと()いた。掌からは緑に輝く夜空の星々のような粒が、夜空に流れる美しい河となって、魔法陣の上へと伸びていく。


 それを見上げていたジンが呟く。

 「レイ姉、あの緑の粒は星なのかな」

 「どうでしょう。でも、清らかで、神聖なものだと感じる」


 天を流れる河に、まるで羽衣(はごろも)でも垂れ下げたかのように、(やわ)らかで優しい光の布が(なび)きながら落ちていく。その羽衣は、生き物のように刻々と形と色を変え、淡い七色の光を(まと)った極光オーロラとなった。


 「なんて神秘的な天の羽衣だ。

 静かに揺れ、天と地の(けが)れを浄化していくようだ」

ヤクシャは、極光を見ながら、いつしか両手を合わせていた。


 空から舞い降りる極光が、ゆらゆらと形を変えながら、魔法陣へと光臨した。

 冥界から呼ばれた魔族は、極光に包まれると、体はそのまま透き通るようにして消える。亡者のように群がり塔を作る魔族も、地を()う魔族も、空を覆いつくす魔族も、瞬時にその存在が(かす)み、消えて行った。


 ついには、数十万もの魔族の全てが、現世から音もなく消え去っていった。

 

 「レイ姉、魔族が笑顔で消えていった」

 「あれが、笑顔かどうかは別として、安らかな顔をして消えていったように見えたわ」


 溢れる涙を()きもせずに、ヤクシャが2人に呟く。

 「・・・・あの光の羽衣は、本来の正しき状態へと戻す力を秘めているのだと思う」


 「本来の正しき状態?」

レイはそう言って、ヤクシャの顔を見て尋ねた。


 「いくら魔族といえども、死んでもなお冥界から引き戻され、戦いに駆り出されることなど、

本来のあるべき状態ではないだろう。

 だから、魔族は死後いるべき場所、死者のあるべき状態に戻れて、安らかに消えたのではないか」


 「本来の正しき状態か。

 僕は、それだけではなく、あの魔族たちには、穢れのない清らかな心で、新たな居場所を見つけてほしい」


 「・・・・・・ジン、私もそう願うわ」


 東から昼の空が昇ってきた。夜空は西へと沈んでいった。

 マツリは平伏し、無言のまま感謝の祈りを捧げた。


 「その存在に善や悪はない。(みそぎ)を司る者」



 冥界の番人ドラーグンは、冥界から呼び戻した魔族たちが消え、城の中で狼狽(ろうばい)していた。

 「何が起こったのだ! ・・・・儂の冥界からの戦士が消えただと。

 冥界の瘴気(しょうき)は無限のはずじゃ。我が魔法陣が敗れるはずなどない・・・・」

 ドラーグンの手から、黒い石のついた杖が滑り落ちる。カラン、コロンと杖の転がる音が王の間に響いた。


 傍に控える側近の魔族キャジイが、その杖を拾い、ドラーグンの手に握らせて(ささや)く。

 「ドラーグン様、冥界からの戦士は、・・・・もうおりません」


 キャジイの囁きに、ドラーグンは反応せず、声を張り上げる。

 「さあ、亡き魔族の戦士よ。再び冥界から(よみがえ)り、我が魔法陣の下へ集え!

 今一度、その死者の足音を響かせるのじゃ!」


 「・・・・・・・・・・・・どうしたのじゃ。聞こえぬのか。

 この儂が、冥界の番人ドラーグンが、命じているのだぞ・・・・」


 キャジイが、ドラーグンに追い打ちをかけるように新たな事実を報告する。

 「ドラーグン様、結界も消えております。

 ・・・・・・最早、ここは裸の城となりました」


 「キャジイ! 何を言うか。結界が消えるなどあるはずが・・・・・・・な、ない!

 結界がない」

ドラーグンは、結界の完全なる消失を感じ取った。


 「妙幻石による侵略拠点を喪失。

 キャジイ、至急本国へ戻り、この一大事を復命せよ。

 そして、キオウマルはまだ冥界におらぬ。必ずや探し出すようお伝えしろ」

 「ドラーグン様を置いて行くわけにはいきません」


 「儂は死して、魔王ゼクヴァーナ様にご報告する」

 !! ドラーグン様・・・・・やはり、あの・・・・」

 「はやく行け!」

ドラーグンは、そう言うと四つ()いになり、魔法陣に刺さる冥界の鍵を手探りで探し始めた。



 『ムラクモ!

 あの死者を冒涜する魔法陣と、冥界の番人ドラーグン、備蓄された妙幻石を(はら)ってやりなさい!』

マツリは怒気のこもった声で、鉾先鈴の清らかな音を響かせた。


 パロン湖の湖畔が、フラッシュのような白く強い光が瞬いた。ジンやレイ、ヤクシャ、マツリたちが、目を腕で覆った。

 その直後に、地鳴りと轟音が、マツリたちの足裏をビリビリと震わせた。

 すり鉢状の焼野原から、白雲の輪が内側から外側へと回転し、上昇気流で天高く昇っていく。まるで清らかな天使の輪のようであった。


 『主、白龍の息吹で、城も魔法陣も、備蓄されていた妙幻石も消滅した』

 『ムラクモ、ご苦労様。勿論、ドラーグンもでしょう』

 『言葉に挙げる必要もない』

ムラクモは口角を上げ、獰猛な牙を覗かせた。


 ヤクシャが空を見上げて呟く。

 「・・・・新しい居場所か」

ジンとレイ、ヤクシャは、高い青空に浮かぶ、白い天使の輪を、いつまでも見ていた。


 【大陸陰暦1020年7月5日 

  パロン湖

  魔族の妙幻石による侵略拠点は壊滅した。

  早晩、拠点を壊滅させた私たちのことが、魔王ゼクヴァーナに伝わるだろう。

  私たちは決意した。とことん逃げる。それであっても、民のためなら戦う】


<次回 第52話「亡族の魔女」>

 「日出処の巫女の旅日記 邂逅編」、次々回「邂逅編」最終話

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