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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
50/53

50 冥界の鍵

 小さな城の王の間

 

 冥界(めいかい)の番人ドラーグンは、王座の前に立ち、先端に黒い石のついた杖を掲げている。

 ドラーグンの足元は、広大で難解な魔法陣の中心に位置し、その魔法陣は王の間の床を越え、その城の敷地を越え、城の周辺に八角形に並ぶ小屋、正確には小屋の中にある真闇(まくら)の石へと繋がっていた。

 巨大な八角形を結び、幾重にも張り巡らされた石垣によって、複雑な呪術紋が描かれていた。


 ドラーグンの外套(がいとう)のフードがはだけ、ボサボサの白髪、くすんだ色の肌、光を失った(くぼ)んだ眼、まるでミイラのような顔が出ていた。


 「神級の化け物であっても、このドラーグンの前では、この程度か。

 慌てふためくその姿をこの眼で見られぬ事が、口惜しいわい。

 この冥界の鍵によって、冥界の門を僅かに開いたばかりなのに、もう良い勝負となっておる。

 はてはて、門が大きく開くのは、まだまだこれからじゃで。」


 ドラーグンは、古びていているが、単純な構造で頑丈そうな黒色の鍵を眺めて微笑んだ。

 冥界の鍵を足元の邪悪な魔法陣の鍵穴に差し込むと、無造作に回した。


 「ふぉふぉふぉふぉふぉっ。冥界の門を更に開いてやったぞ。

 ・・・・・聞こえるぞ、聞こえるぞ。心地よい死者たちの足音が聞こえて来るぞ!

 神といえども、数限りのなく噴き出して来る魔族が相手では、その魔力は枯渇(こかつ)し、やがて、生命力も尽き果てるであろう。

 『帥魔将』が1人、冥界の番人ドラーグンは、これで『神殺し』の異名をも得る!」

ドラーグンは歓喜の声を上げた。



 レイが思い出したようにマツリに告げる。

 「子供たちを救い出した時に見たの。洞窟の奥には城と小屋、低い石垣があって、それが城を中心に巨大で複雑な幾何学模様(きかがくもよう)を作っていた」


 「巨大な幾何学模様?」

 『マツリ、それは巨大な魔法陣かもしれない。

 この邪悪でおどろおどろしい気は、そこが原因かもしれん。

 そして、際限なく増え続ける魔族もだ』

ウルは竹笛で、左の掌を叩いた。


 「ウル、この魔族の群れの理由には、その魔法陣かもしれないというのね。

 ムラクモ、すぐに見てきて」

 『承知した』

 ムラクモは高度を上げ、洞窟の断崖を越えて行った。


 ムラクモは、襲い掛かって来る魔族の大群を、雷の雨で焼き落とし、拠点の見える位置へと進んだ。


 ムラクモは上空から、断崖に囲まれたすり(ばち)状の底にある広大な空間を目視した。

 そこには、八角形に並ぶ小屋と石垣で、巨大で複雑な魔法陣が形成されていた。その巨大な魔法陣からは、邪悪でおどろおどろしい気が揺らめきながら噴出し、そこから、今も(あふ)れるように魔族が()き出している。


 どこを見ても、彷徨(さまよ)い、うごめく魔族、魔族、魔族の群れ。

 その数は、ついに10万に(ふく)れ上がろうとしていた。


 湧き出す魔族たちは、我先にと洞窟の内側から外に抜ける通路を目指して群がり、あるいは、翼を広げて空を黒く染めるほどであった。


 ムラクモは、この様子を思念会話でマツリに報告する。

 『主、洞窟を抜けたところに広い空間がある。

 そこには、小屋と石垣、その中心にある城で、巨大な魔法陣が形成されている。

 地面から水が湧き出るように。その魔法陣から魔族たちが小山となり、湧き出ている。

 まるで、群がる地獄の亡者だ』


 『ムラクモ、その魔法陣から、魔族が溢れ出ているのは間違いないのだな』

 『そうだ』

 「どこかに潜む魔族が、その魔法陣から、こちらに移動しているの?」


 上空から邪悪でおどろおどろしい気を漂わせる魔法陣を見ながら、ムラクモは渋い顔をして言う。 

 『主、(おおむ)ね正解の気がするが、事態はもっと深刻かもしれん』

 「深刻?」


 『死んだはずの魔族、ロスゥエルやグラビンの気をまたもや感じている。

 これは死者の国、つまり冥界から魔族を呼び出しているのだ』

 「そんなことができるの?」


 『ククククッ、それで全ての辻褄(つじつま)が合う。

 この魔法陣は、冥界から死んだ魔族を呼んで戦わせ、その魔族が死ねば、またその死んだ魔族を冥界から呼び戻す。こうやって、輪を描く如く無限に循環させているのだ』


 「そんな、・・・・・死者を冒涜(ぼうとく)する悪行。

 しかも、際限のない戦いになるわ」

 マツリの顔から血の気が引いていった。


 『マツリ、鬼族、魔族とはそういうものだろう。

 人間の倫理観や感情は適応できない。魔族には魔族の価値観があるのだ』

 「・・・・・確かにそう。でも、死者を冒涜する行為は許せない。

 ムラクモ、その魔法陣を吹き飛ばして!」


 『承知した』

ムラクモは返答するやいなや、その指を動かした。


 暗雲からうねる竜巻がその威力を増しながら、すり鉢状の底にある巨大な魔法陣めがけて舞い降りて来た。

 空を飛ぶ魔族の群れが竜巻に呑み込まれ、錐揉(きりも)み状態となって上昇していく。


 湖畔にいるマツリたちにも、魔族たちを巻き上げる巨大な竜巻が、断崖越しに見えた。

 「・・・・・凄まじい力。ムラクモ様の御業(みわざ)には、恐ろしささえ感じる」

レイの額を汗が伝わり落ちた。


 「マツリ姉、魔族が何万匹いようと、これで全滅する」

ジンは肩を小刻みに震わせながら(つぶや)いた。


 ついに、うねる竜巻が巨大な魔法陣に接すると、断崖にできたすり鉢状の空間を、踊るように右へ左へと動き回る。

 ムラクモの指が動くと、竜巻は更にその威力と範囲を高めていく。すり鉢状の底は巨大な竜巻に(おお)われた。


 ムラクモは、冷徹で無慈悲な眼をしたまま微笑んでいた。


 やがて、竜巻が収まると、そこには魔族群れは、跡形もなく消えていた。しかし、城を中心とした巨大な魔法陣は、そこに健在であった。

 再び、魔法陣から黒い(もや)が揺れるように噴き出すと、魔族の群れが湧き出してきた。


 『主、邪悪で強力な結界が張り巡らされている。その結界で魔法陣は無傷だ。』

 マツリは眼を見開いたまま、奥歯を噛みしめ、

 「ムラクモ、白龍の息吹!」

と、鉾先鈴(ほこさきすず)をチリリンと鳴らして指示した。


 ムラクモは深く息を吸うと、喉元(のどもと)が橙色に輝く。獰猛(どうもう)な牙の並ぶ口から(まばゆ)閃光(せんこう)が、眼下の城に直撃した。

 衝撃波がすり鉢状の空間を走る。

 遅れて、轟音(ごうおん)がすり鉢状の空間に反響して、天へと突きあがっていった。


 ジンとレイ、ヤクシャは立ち上がり、歓喜の咆哮(ほうこう)を上げ、両手の拳を突き上げていた。


 すり鉢状の空間は、白い靄で満たされている。やがて、その靄が徐々に晴れていく。


 『主、魔法陣は無傷だ。

 白龍の息吹でさえ、あそこの結界を破ることはできない』

 「何ですって! ・・・・無傷だなんて」


 マツリの言葉に、ジンとレイ、ヤクシャは勝利の確信から、失望へと突き落とされた。

 「・・・・・あ、あの攻撃でも通じないなんて」

 「魔族の帥魔将とは、そんなにも強いのか」

 「レイ姉、ヤクシャ、ま、まだ負けたわけではない。そう、まだ戦える」



 「ふぉふぉふぉふぉふぉっ。無駄じゃ、無駄じゃ。

 冥界の瘴気(しょうき)は無限じゃ。その瘴気を力とする、我が魔法陣の結界を破ることは不可能じゃ。

 さあ、冥界より還って来た魔族の戦士どもよ。

 我が魔法陣の下へ集え!」


 冥界の番人ドラーグンは、魔法陣に差し込んである冥界の鍵を更に回し、冥界の門を全開にした。



 「・・・・・う、う」

ジンは胸を押さえて、(うずくま)った。

 「ジン、どうしたのしっかりして」

レイはジンの肩を押さえて顔色を見た。


 「レイ姉、・・・・・大丈夫だよ」

 「胸を見せなさい」

レイはジンの(えり)(めく)り、胸を(のぞ)き込んだ。


 「ジン、この黒い(あざ)は・・・・」

ジンの胸には三角形が正逆に向き合う、砂時計のような黒い痣があった。

 「レイ姉、今は戦闘に集中しよう」

そう言って、ジンは襟を整えた。


 レイは、心に言うに言われぬ不安が込み上げてきて、奥歯を食いしばった。



 『ククククッ、ムラクモの白龍の息吹でさえ、耐える結界とは信じられんな。

 冥界の邪悪な瘴気を吸収し、結界を強化しているのかもしれん』


 「厳しい状況ね。・・・・・ウル、でも、これで、冥界の番人ドラーグンの作る魔法陣のだいたいの特徴は分かったわ」

 『まあ、そうだな。

 魔法陣で、

 死んだ魔族を冥界から召喚する。

 冥界の瘴気を吸収し、強力な結界を張る、だな』


 『ムラクモ、ファンドーラは、そのまま攻撃を続けていて』

 『承知した』

 『マツリ、了解した。ここは1匹も通さん』

と、通路を守るファンドーラが答えた。


 マツリは、真剣な眼つきで(うなず)く。

 『ウル、神楽笛よ』

 『あいよ。この竹笛の名手、木の精霊ククノチのウル様に任せな』

ウルは神楽笛を握り、マツリの肩の上から舞い上がった。


 マツリは神楽鈴(かぐらすず)を握りしめると、チリリンと鈴がなった。

 神楽鈴を(おが)み捧げるようにして、額の上に掲げる。その(つか)から伸びる長い五色布をそっと左手に乗せる。


 「()けまくも(かしこ)大神(おおかみ) 諸々(もろもろ)禍事(まがごと) (かむ)ながら(はら)(たま)え (かしこ)み恐みも(もう)す」

マツリは祓詞(はらえことば)(うやうや)しく奏上(そうじょう)した。


 マツリの脇でウルが神楽笛を奏でる。パロン湖の穏やかな水面に、湖畔の山々や断崖に、(みやび)な音色が染み込んでいく。

 時には高く、時には(かす)れ、長く伸び、戦場で散っていった魔族の魂を沈めるようにさえ感じられた。


 <次回 第51話「極光」>

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