5 母の愛ゆえの願い
港街フクシュウのとある部屋
「私の息子をお守りください」
「・・・・・・ヒ、ヒリ様・・・・なぜです。・・・・きゅ、宮廷には・・・・多くの兵が・・・・私よりも」
「そうですね。順を追ってお話しします。
荘の初代皇帝ギメイは易の能力を持っていました。ギメイ帝の易は、まるで未来が見えているかの如く的中したと伝わっております。
その易によると、
『荘は3代で滅ぶ。4代目となる者は10歳の時、魔族に惨殺される。
そして、その時、宮中には、魔族の手先となっている者が複数潜んでいる。その定めを免れる方法はない。
しかし、大陸陰暦1020年にトンシュウに現れる巫女によって、その定めを変えられるかもしれない。それが定めを変える可能性のある唯一の方法』だと」
「ま、魔族?・・・・・・わ、私に・・・・そのような、ち、力は・・・・・ありません。・・・・・それに、私には尊い務めが」
ホウが低く落ち着いた口調でマツリに話しかける。
「マツリ殿、話が飛躍して、分かり辛いところがあったことをお詫びする。
これは宮中の、いや、この荘国の秘中の秘となることだが、全てをお話し致す。
兄のコウ皇帝は、10年前までは名君の誉れに恥じぬ皇帝でした。それがある時を境にして急変した。
皇后トク様とここにおられる第2王妃のヒリ様が相次いでご懐妊し、トク様の出産1週間ほど前から、皇帝コウは人が変わったような振る舞いをするようになった。まさに、暴君の例えが当てはまる変容ぶりであった。
トク様は死産した。トク様はこれが元でお子を身ごもることもできない体となった。コウ皇帝はそれを悲しむ様子もなく、宴に明け暮れるばかり。
トク様は、深い悲しみを分かち合うことができるはずのコウ皇帝の変容ぶりに、自身への愛情すらも疑うようになり、もはや正室の座が危ういのではないかとの不安が増していった。
やがて、それが第2王妃のヒリ様が、世継ぎとなる男子を生むことへの恐れとなっていった。あろうことか、ヒリ様のご出産なさったお子が男子の場合には、これを殺める策を企てていると、まことしやかに囁かれるまでに至った。
ここにおられるヒリ様は、皇帝の世継ぎとなる男子をご出産された。
それからは、世継ぎとなられるヒリ様のお子の命が脅かされる事故が、相次ぎました。そこで、私がそのお子を密かに救出し、我が子と偽り今日まで育てて参った。
その子の名がシギ」
ホウは宮中の秘を打ち明けると、静かに目を閉じた。
代わって、ヒリが床に額を着けて、マツリに懇願する。
「皇后トク様のこともありますが、シギはあと1ヵ月余りで10歳になります。これからは、魔族にも狙われます。最早、一刻の猶予もありません。
シギは私の命です。荘の皇帝にならずともよい。人としての生涯を全うさせてやりたいのです。どうか私の願いをお聞きください」
隣に控えるリン・ファンも同様に平伏する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『おい、マツリ、固まるな。聞こえているか』
『・・・・・・・・・・あまりにも突飛な話で・・・・・・理解が追いつかない』
『これは最大級の厄介事に巻き込まれたな。言うなれば、荘国の最高機密だ。断ればマツリは消されるぞ』
『ジンという子の命が懸かっているのだから、慎重に選択しなければ』
『慎重に選択? マツリ、状況が分っているのか。
シギの護衛を引き受けた場合、魔族とやらだけではなく、皇后トク派からも追手がかかるだろう。暴君と化している皇帝コウからの支援も絶望的だ』
『これこそ、正真正銘の絶体絶命ね。ドキドキするわ』
『ククククッ、呑気だな。この際、ヒリの願いを受け入れてしまうのも手だ。万が一、皇子シギが魔族とやらにか、皇后トク派に殺されたら、日出処に逃げ帰ればよいことだし』
『ウル、何を言っているの。人の命の重さを軽く見ないで!
もし、受けるのならば、命を懸けてやり遂げるわよ。
それに、このヒリ様の願いは切実なのよ。我が子を愛し、その命を何物にも代えがたいものだと感じているのよ。母の愛ゆえの懇願よ。
その依頼に、その場しのぎの駆け引きを持ち込まないで。誠実に答えを出しましょう』
『そんなものかね~。よっこら、しょっと。もう、マツリの出す結論は察しがつく』
ウルがマツリの懐から出て、肩の上に乗ると神楽笛で背中をかき始めた。
「・・・・・・・・・・ヒ、ヒリ様・・・お顔を上げて・・・ください」
ヒリは額をつけたまま、身動き一つしない。
「・・・・・・・・ヒリ様の・・・お気持ちは・・・・わ、分かりました。・・・皇子・・シギ様を・・・お守りします。ただ、・・・・・・わ、私は・・・・・つ、務めも果たさねば・・・・・・なりません」
「あ、ありがとうございます・・・・・ありがとう・・・・・ありがとう。
・・・・そのお務めは承知しております。
荘国の皇帝へ日出処の国から使者が参っております。マツリ殿もその使者としていらしたのですね」
そう言って、ヒリが顔を上げると、眼には涙が溢れていた。
ホウも安心した顔で頷いた。
「・・・・ひ、日出処から使者と・・・・共に参りましたが、・・・・わ、私には・・・・聖酒と聖塩を探す・・・・べ、別の・・・・務めがあります」
「そちらのお務めについても、リン・ファンより聞いております」
「・・・・そ、そうですか。・・・・・では、・・・・・ま、魔族とやらの・・・・手先の者と・・・皇后トクの配下が・・・心配です。皇子を連れて・・・すぐに旅立ちます。・・・・・・い、1時間でお別れを・・・してください」
「分かりました。シギの安全のためです。30分で準備します。マツリ殿、感謝いたします」
そう言って、マツリを見ると、肩の上に腰かけるウルが目に入り、一瞬だけ驚きの色が出た。しかし、さすが皇帝の第2王妃である。顔色一つ変えずに皇子のいる部屋へ歩いて行った。
<次回 第6話「今も胸がドキドキしている」>




