49 魔族迎撃
パロン湖
魔族のネロンとベンが操船した小舟は、湖畔にレイを降ろすと、7人の子供を乗せたまま、対岸に見える馬小屋へと漕ぎ出して行った。
「レイ姉ー!」
と、ジンが身を潜めていた岩の上に飛び乗り手を振る。
ヤクシャも腕を大きく振って、レイに位置を示した。
レイは、マツリたちの潜む岩陰に駆け出した。
洞窟の出入り口を守るムラクモは、洞窟内に向かって風魔法を駆使し、突風と真空の刃で追手の魔族を攻撃していた。
『この狭い空間で、我の風魔法に抗う術などない。汝らの数が多くとも、各個撃破となるだけだ』
洞窟という限られた空間では、風魔法は最大の効果を発揮した。掃除機のノズルの中を流れる塵のように、逃げ場を失った魔族は、吹き飛ばされ、切り刻まれていった。
押し寄せる追手の魔族は、悲鳴や断末魔を洞窟内に響かせ、骸と化していった。
ムラクモと魔族との戦闘をよそに、オームは、一人湖畔に立ち、大徳利アミタから流れ出る神酒サーラで大盃を満たした。
大盃を口元に近づけて、サーラの香りを嗅ぐと、目を閉じて至福の表情となった。
「かぁ~、たまらん」
そして、大盃からサーラを一口飲んだ。
それから、胡坐をかいて座り、古びた聖典を開くと、竪琴を奏で始めた。
竪琴の音に合わせて、古びた聖典エック・シーダの一節を口ずさむ。
「♪ 搾ったサーラを飲む者へ
彼をファンドーラと呼び
彼の御業は 雨と雷 命芽吹かせ 恵み与えん
彼は軍神 ガルジャナ掲げ 栄枯盛衰 民に与えん
賢者たちは多くの称号を与える ♪」
パロン湖の湖面に映る蒼天に、疾風の如く暗雲が立ち込めて来た。その暗雲の内部では、稲光が点滅を繰り返して、ゴロゴロと激しい音を響かせた。
パロン湖は、ヒマギリ山脈の標高3,500mに位置する湖である。手の届きそうな高さに見える暗雲の稲光は、湖面と断崖を断続的に白く輝かせ、その雷鳴は全ての音を消し去るほどに響いた。
「ひゃー」
「うわぁぁ!」
マツリとジンは、両手で耳を塞ぎ、その場に蹲った。
冷たい突風が吹いて来ると、ヤクシャの肩で白い氷の塊が跳ねた。
「雹か?」
ヤクシャが暗雲を見上げた。
やがて、大量の雹がパロン湖一帯に降り注ぐ。辺り一面が跳ねる雹で白く化粧されていく。
バリバリ、ズズンと天を裂き空気を震わせる雷鳴が響いた。すると、白象パオスに乗った、十メートルはあろう威風堂々とした巨躯のファンドーラが姿を現した。
金色の長い一枚布を体に纏い、それを金の帯で結び、首から胸を覆うような金とエメラルドのネックレス、背負った大鎌ガルジャナの横から金色のマントを風に靡かせていた。
ムラクモの瞳が、ファンドーラへと動き、
『ファンドーラ、魔族は空から断崖を越えて攻撃を仕掛けて来る奴もおる。我はそちらを迎撃する。
汝には、この洞窟入口での魔族迎撃を任せる』
と言うと、空から来襲した魔族に幾筋もの落雷を命中させた。
『承知した』
ファンドーラは、通路の迎撃についた。
ムラクモは飛び上がり、雷魔法の雷の矢である雷撃で、飛行する魔族を次々に打ち落として行った。
ムラクモの指が動いた。
空に黒雲が湧き、そこから渦が巻き起こり、竜巻へと成長していった。竜巻は黒雲から伸び、轟音を伴って断崖へと着地した。
黒雲と地を結ぶ竜巻は、くねくねと踊るように揺れ動き、その勢力圏にある岩や樹々、飛行する魔族を貪欲に呑み込んでいった。竜巻の吸い上げた大小の岩同士がぶつかり、擦れあい、宙に浮く魔族たちを切り刻み、磨り潰していく。
黒と血の赤色に染まった竜巻は、なおも死のダンスを続けた。
パロン湖の対岸にある馬小屋を目指している子供たちは、船上で振り返り、天変地異ともいえる凄まじい雷と竜巻を見て、顔を青白く染め、歯をカタカタと鳴らしていた。
「か、神様が、悪い魔族をこ、こらしめてくれている・・・・・・」
「あれは、・・・・・て、天罰だ!」
「そ、そうだと思うけれども・・・・・・、私は、こ、怖い・・・・」
子供たちは狭い小舟の上で肩を寄せ合った。
小舟の先頭に立つネロンと最後尾で櫓をこぐベンは、真ん丸の眼をしたまま、湖畔の馬小屋と馬車を見ていた。
洞窟の入口では、白象パオスの鼻から出る高速の水噴射が、洞窟内の岩を抉り取り、そのまま魔族の体に風穴を開けていく。
ファンドーラが振る大鎌ガルジャナから、繰り出される雷が魔族の体から、別の魔族の体へと次々に伝わり、魔族たちは攻撃されたことを自覚する前に、屍へと変わっていった。
レイがマツリたちの下へ到着すると、ジンの差し出す手とハイタッチした。
「レイ姉は、やっぱり凄い」
「ほんと、凄いわ。レイ姉のお陰で、窮地を打開できたわ」
「レイは、人間とは思えない。俺の中の夜叉の力より強大」
マツリとヤクシャも絶賛した。
「ふふっ、子供たちが無事でよかったわ。
魔族のネロンとベンが、あの子どもたちを、馬車で近くの村まで送る。
それからネロンの話では、この拠点には、北の鉱山で採掘された妙幻石3年分が運び込まれている。
ここを潰せば、数年間は流通が滞るわ」
そう言って、ジンへ穏便の鞭を手渡した。
ジンはレイを見て深く頷くと、
「まだ息のある魔族に止めを刺せ!」
と、穏便の鞭で瀕死で喘ぐ魔族たちを指し示した。
グギャァァァーッという鳴き声を上げ、岩陰から3匹のワイバーンが羽ばたいた。
ワイバーンは、竜巻から放り出されて、地に伏せる息絶え絶えの魔族へと降下して行った。
「もう、八百万の神を召喚しても大丈夫ね」
マツリは、子供たちを乗せた小舟が対岸に到着し、馬車に乗り込む姿を見て言った。
『ああ、あの距離なら大丈夫だろう。
八百万の神の神威は、この世の理を超越する超自然的な力。その力は、召喚したマツリに操れる類のものではないからな』
ウルがマツリの肩の上に乗り、竹笛で背中を掻きながら答えた。
「ウル、魔族の数は?」
『当初の500匹から、今は50匹に減っている。もちろん、敵将の冥界の番人ドラーグンは生きている』
「いよいよ、止めね。妙幻石もろとも消滅させるわ」
チリリンと清らかな鈴の音が響いた。マツリは神楽鈴を右手で掲げ、左掌で神楽鈴の柄から伸びる五色布を支えて頭を下げた。
ウルは、神楽笛を両手で持ち、口に添える。
『主、待て!』
ムラクモが思念会話で呼びかけた。
『ムラクモ、どうしたの?』
『冥界の番人ドラーグンとその周辺から放たれる邪悪な気配がよりおどろおどろしく変わった』
『ククククッ、ムラクモ、この期に及んで待てだと? 確かに、俺も気配の変化を感じたが、八百万の神の神威で消し飛ばせばよいだけの話だ』
『ウル、違うのだ。
奴とその周辺から漏れる気配が、冥界の深淵を思わせる気配へと変化したのだ。
その途端に、感覚遮断魔法や重力魔法で、我を身動きできぬようにしたロスゥエルやグラビンの気を感じたのだ』
『なんだって! 奴らは死んだはずだぞ』
『大丈夫? ムラクモが苦戦したその2匹は、厄介よ』
『心配するな。その2匹は、気配を察知した瞬間に雷の矢で潰した』
『マツリ、突然、魔族の数が、50から1,000匹に増えたぞ。今も増え続けている』
『急増? ウル、どこからか援軍が来たの?』
『主、またロスゥエルやグラビンの気を感じる』
『ええ! ムラクモ、ロスゥエルやグラビンの複製があらわれたということ?』
『そうかもしれないが、分からぬ』
『マツリ、魔族の数が2万を超えたぞ』
『そんなに・・・・・一体、どうなっているの』
マツリは、ごくりと唾を呑み込んだ。
『ウル、冥界の番人ドラーグンらの気配の変化と魔族の増加には、何か関係があるのね』
『ククククッ、そうなるな』
『主、このままでは、魔族の数が増え、魔族の拠点から周囲の山や湖へ溢れ出すぞ』
『ククククッ、溢れ出す魔族の群れ、まるで百鬼夜行のようだ。
こう状況が変化するのなら、ムラクモが待てと言ったのも正解だったな。
召喚する八百万の神にも、その特徴から適材適所があるからな』
<次回 第50話「冥界の鍵」>




