48 レイ潜入
レイは、単独で洞窟へ潜入を開始した。
レイは洞窟内の最上部に手足をかけ、入口を振り返った。洞窟の入口は、高さ20m近い断崖の亀裂からできており、その亀裂から日の光が差し込み、入口は白く輝いて見えた。
下を見ると、パロン湖と繋がった青く澄んだ水面が、波一つなく鏡のように奥へと続いている。
「天然の水路となっているのね」
洞窟の奥は、亀裂の幅も、水路の幅も広がっている。
「魔族の哨兵か」
レイは、重力に逆らい、岩の天井に背面となってへばりつき、真下の哨兵2匹を、息を殺して眺めた。
砂のように脆い岩に手をかけると、レイの手が滑った。咄嗟に、レイは右手で岩の出っ張りに指をかけ、落下を免れた。
右手一本で宙吊りとなったレイの体が、振り子のように揺れる。
砂が、宙を漂い静かに落ちていく。
哨兵の1匹、2本角の魔族の肩に、その砂が落ちて来た。
その2本角の魔族が、視線を上げる。
相棒の魔族が、尋ねる。
「ん・・・・・ビガ、どうした?」
2本角の魔族ビガが、亀裂の上部や側面を注意深く見ながら、
「・・・・・いや、何でもない」
と言って、肩の砂を払った。
「・・・・・思ったよりも、脆い岩が含まれているな」
レイは突き出た岩陰に身を潜ませながらそう呟くと、洞窟の天井を背面のまま、するすると岩の天井を這って行った。
パロン湖畔の岩陰
「レイ姉は、大丈夫かしら」
マツリが不安そうに呟いた。
「マツリ姉、心配は無用だよ。
レイ姉は、皇七剣でもあるが、潜入や暗殺、情報工作を専門にする特殊戦闘集団『影の者』でもある」
オームは、横になり足を組んだまま、他人事のように淡々と言葉を発する。
「あの洞窟内にいる人間の人数と場所を掴まなければ、その人間の救出を前提とした急襲はできない。
今は、俺たちにできることはない。ここは、レンを信じて待つだけだ」
「それでも、やっぱり一人で行かせたのは不安・・・・」
「レイ一人だから、上手くいく」
ヤクシャがマツリの肩を叩いた。
『ヤクシャの言う通りだ。ここにレイと行動を共にし、魔族に気付かれずに情報を仕入れてこられる者はいない』
「まあね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイは洞窟を抜けると、眩しさで眼を瞑った。
そこには、切り立った断崖に囲まれた、村一つ分ほどの空間があった。その中央には、城壁に囲まれた小さな城と幾つかの小屋が点在していた。
その城の周りには、木や植物も茂り、洞窟から続く天然の水路は、そのまま小さな城へと繋がっていた。
レイは小さな城を見つめると、震える唇を歯で噛んだ。
「ここは、おどろおどろしい気に満ちている。
城の陰になり見えない小屋もあるけれども、恐らく、城を囲む小屋は、八角形を描くように配置されている。
それに低い石垣が、小屋と小屋を結び、複雑な幾何学模様を作っている」
レイは、足元に茂るフキの茎を1本掴むと、その葉を払ってストローのようにし、それを歯で咥えた。
そして、深く息を吸い込むと、天然の水路に身を沈め、中央の小さな城を目指して泳いで行った。
「・・・・・・・・・・・・(子供の声は聞こえない)、・・・・・ふーっ、すーっ」
レイはフキの先端の一方だけを水面から出し、他方を耳に当て子供の声を探したり、口に咥えて呼吸をしたりしていた。
再び小さな城を目指し、水路を潜って泳いでいった。
「・・・・・・(子供の泣き声だ)」
水面から出したフキの先端を僅かに傾け、泣き声の方向を確認する。
レイは、枝分かれした水路を右へと進んで行った。
レイは水路から上がると、一軒の小屋の陰に身を潜めて耳を澄ます。
「きゃぁー」
「いやぁー」
「ほほほほほっ、私は、人間の恐怖で泣き叫ぶ声がたまらなく好きよ」
ネロンは、一人の子供の顎を掴み、視線を合わせると、冷たい笑顔で無機質な声を発した。
「ネロン様、本当に大人より子供の骨髄を混ぜた方が、妙幻石の幻覚効果が高くなるのですか?」
逞しい体躯の魔族は、疑いの目を向け、ネロンに尋ねた。
「ベン、つべこべ言うな。本国からの指示だ。
それに、それを確かめるための研究だ。だから私がここに来た」
「はっ。人間の子供も7匹と増え、明日にでも研究開始ですか。
まぁ、俺たちにとっては、子供の方が攫うには楽ですから、良いことですが」
「子供たちから目を離すでないぞ。骨髄を抽出する前に、1匹たりとも死なれては困る」
「はっ、7匹を見張っておきます。
それに、この石も」
ベンは、人の頭ほどの大きさがある、光さえ反射しない真闇の石を指さして言った。
ネロンは振り向いて、見張り役のベンを冷たい目で睨みながら、小屋の扉を開けた。
ネロンが開いた扉に視線を戻すと、そこにはレイが立っていた。
「なっ、貴様は、人間!」
穏便の鞭がしなり、音速を超えたその先端が空気を叩いた。
ピシャッ! ピシャッ!
ネロンと一本角の魔族の殺気に満ちた黄色に縦長の黒い瞳が、真ん丸に変わった。
レイは子供たちに視線を向け、人差し指を唇に当て、
「しーっ、心配しないで。私はレイ。貴方たちを助けに来たの」
と、精一杯に優しい目をして、子供たちに微笑みかけた。
「きゃ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・う、うん」
子供たちは、レイの鋭い眼とぎこちない笑顔を見て、思わず陰に隠れたり、後退りしたりする子もいた。
レイは眼だけを動かし、片膝をつき、その場に控えるネロンと一本角の魔族に命じた。
「其方たちの名は」
「抽出のネロン」
「牛力のベン」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小さな城の王の間
壇上に置かれた王座で膝を組み、肘掛けに肘をつき、酒杯を傾けていた大魔族の下に、駆け込んで来る魔族がいた。
「ドラーグン様、一大事にございます」
外套のフードの中からドラーグンの顔が覗く。
赤い酒が酒杯の中で揺れるのを感じながら、
「一大事とは、我が嗜みの邪魔をする程のことなのか」
と、静かな口調で問う。
魔族は冷や汗を流しながら、
「も、申し訳ございません。
魔王ゼクヴァーナ様のご意向に反する行為がありましたので、報告いたします」
「何じゃ」
「妙幻石の改良のため、捕えて来た人間の子供たちを、こともあろうにネロンとベンが逃がし、逃亡中です」
大魔族『帥魔将』が1人、『冥界の番人ドラーグン』は、酒を一息で飲み干し命じる。
「つまらんことをいちいち報告するな。
ただちにその者たちを捕え、首を刎ねればよいだけのこと」
「はっ」
ドラーグンの脇に控える魔女が、宝石の散りばめられた瓶を傾け、空いた酒杯に酒を注いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「マツリ、洞窟への入口から小舟が出て来たぞ」
ヤクシャが、パロン湖の湖畔から指さした。
「人が結構乗っているわね」
『マツリ、用心しろ。魔族2匹も乗っている』
目を凝らして小舟を見ていたジンが叫んだ。
「マツリ姉、あれはレイ姉だ。子供たちもいる」
「えっ、レイ姉?」
湖面に浮かぶ小舟から1人が立ち上がり、両腕で大きな丸を作った。
「マツリ姉、やっぱり、あれはレイ姉だ。丸の合図を出している」
「信じられないわ。情報収集に行って、子供を救出して来るなんて・・・・・・・」
マツリは、目を丸くし、あんぐりと口を開けた。
『追手が掛かっているぞ。魔族の集団が近づいて来ている。
このままでは、あの小舟では、ひとたまりもない。
マツリ、ムラクモを召喚しろ』
マツリは、鉾先鈴を手にして立ち上がった。
鈴の清らかな音を響かせながら、鉾先鈴を天に掲げた。
「日出処の巫女の名において命ずる。出でよムラクモ!」
青白い閃光が、洞窟の入口へと走った。
最強の御先、体調30mの白龍ムラクモが洞窟の入口に召喚された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小さな城の王の間
酒杯が手からこぼれ落ち、ドラーグンは、不意に王座から立ち上がった。
脇に控える魔女は、ドラーグンの表情に驚き、宝石の散りばめられた瓶を抱えたまま後退りする。
ドラーグンの右手で握った拳が、わなわなと震える。
「突然現れたこの他を圧する気配! これは、神か、魔神か」
<次回 第49話「魔族迎撃」>




