47 拠点急襲
北の空に向かい、バルフ交易商隊の生き残りの魔族2匹が、恐怖に駆られて逃げて来る。
「行け!」
草原の茂みから声がした。
茂みから翼竜のワイバーン3匹が、黒く大きな翼を広げた。
突き出た顎にならぶ鋭い歯、翼についた指、力強い尾、鋼の強度をもつ鱗が全身を覆うワイバーンは、その2匹の魔族めがけて一直線に飛んで行った。
草原の茂みに身を隠し、穏便の鞭を握りしめたジンが立ち上がり、2匹の魔族に襲い掛かるワイバーンを眺めた。
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ウルは、御猪口に継がれた白い醴酒を飲み干して、大きく息を吐いた。
『ふ~っ、マツリ、やっぱり御神酒は効くな~。この醴酒で体調も戻って来た』
「ウル、それはよかったわ。日出処から持ってきた御神酒が役に立ったわ」
マツリは、御神酒の一種である甘酒の醴酒を秘物庫にしまいながら、安心した表情で答えた。
『主、南東からオーム、北からはジンとレイが、ワイバーンに乗って戻って来るぞ』
「ジンたちも、無事でよかったわ」
マツリの顔が明るくなった。
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アイガトプリッツの町
まだ星が瞬く暁の空に、4つの影が北を目指して飛んで行く。それは、町外れから飛び立った異形の集団があった。
その先頭には、体長30mの金毛の白龍が、宙を泳ぐように体をくねらせて夜の雲へと消えて行く。白龍のムラクモの背には、マツリとジンが跨っていた。
『主、民の目に触れぬよう、雲の上を飛んで行く』
『ムラクモ、お願い。
ジン、怖くない?』
『ムラクモ様に乗って飛ぶのは、初めてではないし、問題ない。
それよりも、星が近い。こうやって、掴めそうなほどだ』
ジンはそう言って、手を伸ばして瞬いている星を掴もうとした。
『マツリ姉、ちょっと手を伸ばせば、掴めそうなんだけど、指だけが空振りする』
『ふふふっ、私たちが願ったり、憧れたりするものは、実際には、手の届かない遥か彼方にあるのと同じね』
黒色の翼竜ワイバーン3匹が、ムラクモの後を追うように飛んでいる。ワイバーンには、レイ、オーム、ヤクシャがそれぞれ騎乗していた。
レイは跨るワイバーンの首筋を撫でながら、オームに語りかける。
「ジンが穏便の鞭で魔族から聞き出したことは、
魔族商隊の拠点が、北のヒマギリ山脈のパロン湖の湖畔にある。
魔族が採掘した妙幻石は、そのパロン湖の拠点に集められているということ」
「レイ、それだけではない。パロン湖の拠点から、他の国々にも同様の魔族商隊を派遣しているとジンが言っていた。
だから、その拠点を必ず潰さねばならんな」
ヤクシャが後方から2人に、懸念を伝える。
「そうは言っても、そのパロン湖の拠点には、魔王ゼクヴァーナ率いる魔族の中でも、大魔族『帥魔将』が1人、『冥界の番人ドラーグン』が治めていると言っていた。
魔族の交易商隊『バルフ』撃退でも、俺とマツリ、ウルは、魔族の魔法に押されていた。今回はそれ以上の敵だ」
「おっかない、おっかない。帥魔将って名前からして強そうな大魔族なんだろうな」
オームが首を竦めて言った。
ヤクシャは、眼を伏せて答えた。
「前回、マツリとウルを最後まで守り切れなかったことが悔しい」
オームはワイバーンの背で立ち上がり、跳躍してヤクシャの乗るワイバーンの背に飛び乗った。
ワイバーンは、急激な重さの増加に、一瞬だけ高度を下げたが、懸命に羽ばたく回数を増やして、高度と速度を他のワイバーンに合わせた。
「人間はつまらんことを、気にするな。魔族の炎弾を弾き飛ばして、マツリとウルを守ったんだろう。砕いた欠片が、たまたまウルに当たっただけだ。
細かな事は気にするな。がはははは」
オームはヤクシャの肩を、笑いながら何度も叩いた。
「オーム、飛んでいるあっちのワイバーンの上から、こっちのワイバーンの背へと跳び移るとは・・・・・。しかも、ここは雲の上だぞ。お前は、怖くないのか」
「だから、細かな事は気にするなって。がはははは」
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岩陰から蒼白な顔を半分だけ出し、レイがマツリに囁く。
「地図では、あれがパロン湖」
マツリはレイの示す指が、震えていることに気づいた。
「レイ姉、湖面は青く澄み鏡のようで、高い岩山と崖に囲まれた美しい湖ね。
遠くに滝の音も聞こえるわ」
ヒマギリ山脈の中腹、標高3600mにあるパロン湖を眼下に見て、マツリはジンたちを手招きする。
ジンはパロン湖の湖畔をじっと眺め始めた。
「レイ姉、あそこの馬車、帆は黒く、白い雪の結晶の印。魔族のバルフ商隊の馬車と同じだ。馬車のあるあそこの数棟の小屋が拠点なの?」
「拠点には、小さすぎる。恐らくあれは、商隊の馬小屋だろう。
ん? ジン、顔色が悪いが・・・・・」
「高山病なのかな? さっきから頭が少し痛いし、吐き気もする」
「・・・・・・・・・・やっぱり、ジンも感じるのね」
レイはカチカチと歯を鳴らしながら、ヤクシャらを見た。
ヤクシャは遠くの一点を見つめながら、眉をしかめている。
マツリは、オームに話しかける。
「ムラクモは、帰還させている。ここは、オームとウルの気配探知の出番ね」
オームは忍術を唱える忍者のように、人差し指だけを上に伸ばし、拳を上下に重ねる。
「・・・・・む~う、・・・・・むむむむ! ・・・・・ふむ、ふむ、ふっ~」
「オーム、それは智拳印を結んでいるの?」
「俺の気配探知のありがたみが増す、高度な特殊印だ」
「ありがたみが増すって、・・・そんなことは、どうでもよい。探知結果だけを教えて」
「もうすでに、邪悪な気配に当てられ、皆が、体調不良や震えなど感じているだろう。俺が付け加えるとすれば、2つだ。
帥魔将が1人、冥界の番人ドラーグンの強さは、間違いなく魔族で最上級だ。
そして、敵の拠点も何等かの邪悪な準備が施されている」
「私も、この邪悪な気配に、心臓の鼓動が高まり、心が不安で潰されそうよ」
ウルは、湖畔に突き出た断崖を竹笛で指した。
『マツリ、邪悪な気配は、1時の方向、距離2.4km。湖畔に面した断崖の斜面の奥からだ。
ちょうど、あの馬小屋の対岸の位置だ』
オームは小指を立てながら、人差し指を細かく上下に震わす。
「ここまで巨大で邪悪な気配を発しているのなら、敵とその拠点は駄々洩れだな。
敵味方の関係なしに恐れ慄くほどだ。もはや隠す意味も、必要もないのかもしれんな」
マツリは断崖を見ながら呟く。
「強過ぎると、そこに慢心という隙が生まれるのね」
「そういう事だ。
さぁ、作戦通り、マツリの召喚する八百万の神とムラクモ、俺のファンドーラで大暴れして、そこの拠点ごと廃墟にするだけだ」
オームがそう言った。
マツリが緊張した面持ちで行動を促す。
「レイ姉!」
レイは頷くと、マツリとヤクシャを見て2本の指で右を差す。自分とオームを指さしてから、2本の指で左を差した。
「・・・・・開始」
マツリはジンに、五芒星の描かれた布を手に握らせて告げる。
「今回の敵は、これまで以上に強大な鬼族、いえ、魔族です」
それから、マツリは、人差し指と中指の2本を立てた刀印を結び、手刀のようにして空間に四縦五横の格子を描いた。
「空中に印を切り、結界を張った。ジンは、その五芒星を肌身離さず身に付けていなさい」
「ありがとう。マツリ姉」
ジンとワイバーン3匹を残し、それぞれが岩で身を隠しながら、散開して行った。
湖畔の断崖に出入口の穴があり、それが奥へと延び、湖水も流れ込む洞窟となっていた。その穴の前には大岩があり、洞窟を巧妙に隠していた。
マツリは脇のヤクシャに囁く。
「さぁ、先ずは、あの出入口の穴を、ムラクモの武力で制圧し、占拠するわ。
これで、洞窟を完全封鎖。
魔族をあの洞窟に閉じ込めたら、いよいよ、八百万の神とファンドーラで、魔族は洞窟ごと壊滅させ、ここを廃墟とする」
ヤクシャは黙って頷くと、両手棍を握る手に力が入った。
「洞窟から漏れ出て来た魔族がいたら、俺とレイで倒す」
『オーム、そっちの準備はよい?』
『今、湖面の岩陰に何かが見えたような・・・・・ん~、・・・気のせいか?』
その出入口近くまで忍び寄ったマツリが、岩陰から立ち上がり、鉾先鈴を天に掲げた。鉾先鈴がチリリンと、涼やかな音色を響かせた。
「日出処の巫女の名に・・・・・」
『待て! 待て、マツリ!!』
『どうしたの? ウル』
『岩陰で見えなかったが、あの出入口に小舟が近づいている。
しかも、その小舟には、複数の人間が乗っているぞ』
『オーム! 聞こえた? 奇襲は中止、中止よ。
この拠点を焼野原や廃墟にしたら、人間も殺してしまう』
『あぁ。マツリ、聞こえたぜ。
こっちからだと、小舟に乗る人間の顔もよく見えた。後ろ手に縛られた子供が5人だ』
『子供が? ・・・・・レイ姉にも伝えて。作戦は一時中止。
ジンのところで合流して、作戦を組み立て直す』
『了解』
<次回 第48話「レイ潜入」>




