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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
46/53

46 楽園

 ファンドーラは濃霧に囲まれ、ニブルの姿を見失っていた。

 濃霧に隠れて繰り出される無数の氷の刃がファンドーラを襲い、その体は、傷から流れる血と濃霧の水滴によって、全身が濡れていた。


 「ふ~っ、ニブルよ、もうちょっと(つや)っぽいアタックを俺にくれないかい?」

ファンドーラは、投げキッスをしながら、お道化(どけ)て見せた。


 「わららは、弱い男は嫌いじゃ」

濃霧に浮かぶニブルの(おぼろ)な輪郭が見えた。


 ファンドーラは、ニブルの輪郭めがけ、大鎌ガルジャナを振り下ろすが、ニブルは濃霧に浮かぶ幻影であり、刃は空を切るばかりであった。


 大鎌を持つ手を下げ、無防備な姿勢になったファンドーラが、

 「銀霧の妖姫(ようき)と名乗るからには、もう少し艶っぽい攻撃をしてくるかと期待していたが、敵に(かす)り傷を負わす程度の攻撃のみだとは期待外れだな~。

 ニブル、戦いを止め、双方で折り合いをつけないか?」

と、この期に及んでも、場にそぐわぬ言葉を口にした。


 「ほほほほっ、愉快じゃ。実に愉快じゃ。もう、泣き言か!

 雷と戦の神ファンドーラとやらも、この銀霧の妖姫ニブルの術中に(はま)り、成す(すべ)がないとはな」


 「俺とニブル、相性は最悪だ。このままじゃ、恋仲にもなれやしない」

と、ファンドーラは首を横に振ってから、肩をすぼめた。


 「もう、戦いの負けを認めたのかぇ。ほほほほっ」

 濃霧による白の世界から、鋭い氷の刃が飛び、ファンドーラの体を切る。


 「魔族は狡猾(こうかつ)で、残忍だと聞いていたんだが、ニブルの戦いは単調で正直なんだよな~。

 俺を切り刻もうとする残忍さはあるけれども、悪賢い狡猾とは違う。

 ニブルって、ひょっとしたら小悪魔的で魅力的な魔女?」


 ニブルは攻撃の手を弛めず、氷の刃で攻撃を続けながら、

 「わらわは、お前などに興味はない。

 切り刻まれたお前や人間の亡骸(なきがら)には、興味をそそられるがな。ほほほほっ」

と、けんもほろろであった。


 ファンドーラは荒い息を繰り返しながら、大鎌ガルジャナを地に突き刺し、

 「人間の亡骸に興味か・・・・・・やはり、分かり合えないものなのか。

 いやいや、障害が多いほど恋は燃えるというものだ。

 愛で人間を(いつく)しむことはできないか?」

と、両掌を突き出し、その指を小刻みに動かした。


 「ほほほほほっ、戯言(ざれごと)もそこまでね。

 わらわの最強の魔法で止めを刺してあげる。

 あの世で、この銀霧の妖姫ニブルを恋焦(こいこ)がれるがよい」

 白の世界に、おどろおどろしい魔力が流れ込んできた。


 指を小刻みに動かしながら、

 「あら、俺の愛のまじないも効かないようだな」

と深い溜息を吐いた。


 ファンドーラは恋敗れた青年のように肩を落とし、目を閉じる。

 「もう俺との恋の駆け引きに()きてしまったのか。もう少しだけ、付き合ってほしかったのにな。

 人の亡骸に興味があるというのなら、仕方ない。

 放電!」


 ファンドーラを包む四方の濃霧に電撃が走った。辺り一面に広がった濃霧の極小さな水粒を電気が伝い流れ、高電圧の霧へと変化した。


 高電圧の霧の中から、うぎゃぁぁぁと、叫び声が響いた。


 ファンドーラはゆっくりと目を開けると、霧は四散し始めていた。薄れゆく霧の中から、朧げな輪郭が徐々に見えてきた。そこには、黒焦げになったニブルが横たわっていた。


 「魔法属性は俺が雷、ニブルが水と氷。

 2人の相性は最悪だと警告しておいただろう。

 ・・・・・・ひょっとしたら、人間ともうまく折り合いをつけられるかと期待したのだが、実に残念だ」

 ファンドーラは、(はかな)い思いを断ち切るかのように、大鎌ガルジャナを一振りすると、それを背負った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「ウルが・・・・・、ウルの心臓が止まっているの」


 ムラクモは、北の空に逃げ、小さくなっていく2匹の魔族を横目で見ると、マツリの下に飛んで来た。


 『主、ウルがどうしたのだ』

 『うぅ・・・・・助けて、ムラクモ、助けて・・・・ウルの胸に・・・・魔族の魔法が当たったの。

 心臓を圧迫しているんだけど、・・・・・止まった心臓が動き出さないの』

マツリの頬から、大粒の涙が地面に(したた)り落ちていた。


 ムラクモは、ウルの様子を観察する。

 『主、胸の火傷以外には、ウルに目立った外傷はないな』


 この間も、マツリは掌の上に横たわるウルの胸を指で圧迫し続けていた。


 『主、ウルを仰向けにして、下に置くのだ』

 「ウル、戻れ! 戻れ! 戻れ!」


 『主、一刻を争う。ウルを地面に置け!』

ムラクモは、音声会話で叫んだ。


 ヤクシャは、心臓を圧迫しているマツリの指を優しく(つか)んだ。

 マツリが顔を上げ、ヤクシャの顔を見上げる。ヤクシャはゆっくりと(うなず)くと、マツリの掌から、ウルを大事そうに受け取った。そして、ムラクモの指示通りに寝かせた。


 ムラクモは、ウルの胸に長い指を伸ばした。

 『・・・・・・・・・・主、ウルの心臓から、微弱だが異常な電流を感じる』

 「ムラクモ、ウルは助かるんでしょう」


 ムラクモは黙って、マツリの瞳を見て、

 『ウルの心臓が痙攣(けいれん)しているということだ。このままでは、極めて(あや)うい』

と、無機質なトーンで言葉を発した。

 「そんな・・・・・・、ムラクモ、何とかして。貴方だけが頼りなの」


 『主、ヤクシャ、少し離れておれ』

ムラクモはそう言うと、小さなウルの両脇腹を、2本の長い指で摘まんだ。


 マツリはヤクシャに肩をそっと掴まれたまま、不安そうにウルを見ている。


 バチバチッと、ムラクモの指先からの放電で、青白いスパークが輝き、ウルの胸を貫いた。その一瞬、ウルの肢体が激しく上下した。


 「ウル!」

マツリが不安そうな表情をして、名を叫んだ。


 ウルからの応答はない。抜け(がら)のように身動き一つしない。


 再び、ムラクモの指先から青白いスパークが走る。ウルの体が上下に動く。


 「ウルー! 戻れ! 戻れ! 戻れー!」

マツリの祈りが、切なる叫びとなって森に吸い込まれていく。


 「戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ!」


 『・・・・・・ククククッ、マツリ、興奮するな。

 大声で叫ぶから耳がキーンとしたぜ』

目を閉じたまま、ウルの唇が動いた。


 「・・・・ウルー!!」

マツリは地に伏せるウルを掌ですくい、(ほお)に押し付けた。


 『クククク、クルシイ。マツリ、苦しい』

 「戻って来れたのね・・・・・ウル、嬉しい、嬉しい。

 このままウルが・・・ウルが、死んでしまうかと思ったの」


 『ククククッ、辺り一面のお花畑を見たぜ。黄色と赤の花が緑に映え、奇麗だった。

 木の精霊ククノチとしては、そこは楽園だったぜ』

 「そう簡単に、楽園なんかに行かせやしないわ」

マツリは、涙で濡れた頬を押し付け、ウルに何度も頬ずりした。


 『マツリ、心配をかけたな・・・・・、ありがとう。

 楽園に行こうとしたら、マツリの俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 それから、戻れ! 戻れ! と、悲痛な叫び声もな。

 だから、立ち止まって振り返った』

 

 ムラクモが口から牙を覗かせ、

 『ウル、魅力的な楽園に心を()かれても、主の声は聞こえたのだな』

と言って、ウルの瞳を見た。


 『ああ、天然過ぎるマツリを、この場に置いていくわけにはいかないからな。

 ・・・・・ムラクモ、・・・感謝する』

 『主の望みで、我にしかできぬことをしたまでだ』


 『ククククッ、今回だけは、ムラクモを俺が(たた)えてやる。

 よくやった』

 『フフフフッ、ウルもな』

ウルは親指を立てサムズズアップすると、ムラクモの口から牙が覗いた。


 マツリは頬にウルをつけたまま、ムラクモを見た。

 『ムラクモ、ありがとう。貴方にしかできない御業(みわざ)だったわ』

 ムラクモは、両目を細め、「への字」にした。


 思い出したように、突然、マツリは頬からウルを引き離す。

 「魔族は全部倒した?」

 「2匹が北へ飛んで逃げて行った」

ヤクシャがそう答えた。


 「それは大変だわ。魔族に私たちの存在が知られる。場合によっては、ジンの存在に辿(たど)り着くかもしれない」

 「レイは『逃げる魔族は大丈夫。ジンがいる』と言って、北に走って行った」


 「そう、全て作戦通りに事が運んだのね。

 ジンたちの到着が遅れたから、どうなったのかと、心配していたのよ。

 ところで、ゴビンダの様子を見ているはずのヤクシャが、なぜここに?」


 「俺の町、俺の国だ。俺も戦う。おとうからも、戦ってこいと尻を叩かれた」


 マツリは、改めてウルに微笑みかけると、驚きの声を上げた。

 「あれ、ウルの胸が白と橙色の2色に光っているわ!」


 <次回 第47話「拠点急襲」>

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