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日出処の巫女の旅日記  作者: 花野井 京
45/53

45 戻れ! 戻れ! 戻れ!

 アイガトプリッツ町から北に10㎞の街道


 魔族の炎魔法、炎弾が赤と橙に染まり、神楽舞に没頭するマツリに迫る。

 マツリが直径2mの炎弾に呑み込まれると思われた瞬間、炎弾は砕かれて弾け飛んだ。砕けた炎弾はマツリの頬や腹を(かす)めるように飛んで行った。


 マツリの後方では、砕かれた炎弾の欠片(かけら)が散らばり、森の草をじりじりと焼いた。


 マツリの前には、ヤクシャが両腕を広げ仁王立ちしていた。

 ヤクシャが両手で握る、先端が太い八角柱となっている金属棍、「(さい)」で炎弾を打ち砕いたのだ。砕け散った無数の炎弾の欠片は、マツリの盾となったヤクシャの胸や腹にも当たっていた。


 「マツリは、俺が守る」

ヤクシャは、炎弾の欠片が被弾した自らの体には目もくれずに、そうマツリに告げた。


 マツリは神楽舞を一心不乱に舞い、ウルは竹笛に魂を吹き込むように、その息を(そそ)ぎこんでいた。


 砕を上段から振り下ろし、次弾の炎弾も砕け飛んだ。砕けた無数の炎弾の欠片が、ヤクシャの横を(かす)めて飛んで行った。

 炎の欠片がヤクシャの(ほお)と胸、(たくま)しい腕に当たり、ジュジュッと音を立てた。

 

 竹笛の調べが止まった。

 静寂! 


 ヤクシャが慌てて振り返えった。ヤクシャの瞳には、神楽鈴を右手で掲げ、地に視線を向けたまま静止しているマナツの姿が映った。


 「ウ、ウルー!」

マツリはそう叫ぶと、地に伏せるウルを両(てのひら)でゆっくりと持ち上げた。

 ウルの両腕と足が、マナツの掌から零れるように、力なく下がり揺れた。


 『胸に火傷が・・・・。ウル、しっかりして、ウル、ウル!』

マツリは、ウルの名を呼びながら、掌の上のウルの体を揺すった。


 ウルは眼を閉じ、ぐったりとしたまま動かない。


 マツリは、ウルの胸に耳を当て、心音を確認する。

 『・・・・・・ !! 心臓が動いていない』


 マツリは、左掌にウルを仰向(あおむ)けに乗せ、右人差し指でその胸を上下に押し始めた。

 『ウル、ウル、ウル、・・・・・動いて、動いて。・・・・ウル、動け、動け、動け』


 ヤクシャは、マツリのすぐ前で盾となり、再び飛んで来る炎弾を次々に砕き飛ばしていた。マツリの肩や脇を掠めるように炎弾の欠片が飛び、ヤクシャの体からは、焦げ臭い臭いが(ただよ)ってきた。


 『ウル、戻って来て! 

 ウル、戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ!!』

マツリは懸命にウルの胸の圧迫を繰り返す。


 その時、水平に稲光が走り、空から炎弾を撃つ2匹の魔族が、黒焦げとなって落下した。

 魔族が、強大な魔力を感じ、一斉に南東を振り向いた。


 その中であっても、首領級の強さと目されていた2匹の魔族は、ムラクモへの拘束(こうそく)魔法を維持するために、(まばた)き一つせずに集中していた。

 杖を持った年老いた魔族は、足元の青白く光る魔法陣を、長い杖と3本の角を持った魔族は、禍々しい黒い霧が立ち上る魔法陣を睨んでいるが、その頬を汗が滴り落ちていた。


 ヤクシャは、その2匹がムラクモを窮地に追い込んでいると本能的に理解し、その魔族めがけて駆け出した。


 ウルが桁違いの強さだと告げていた、長い白髪の間から1本の角の出ている女魔族は、南東に現れた強敵の下へ迎撃のために飛んで行った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 南東から迫る強力な魔力の持ち主は、白象パオスに(またが)ったファンドーラであった。


 南東へと向かう女魔族は、地上に降りるとファンドーラと対峙した。すると、冷気と妖しさを(まと)う霧が漂い始めてきた。

 「ほほほほっ、わらわは、魔族『帥魔将(すいましょう)』の1人、ドラーグン様に仕える銀霧の妖姫ニブルじゃ」


 ファンドーラも、女魔族に名乗りを上げる。

 『我は、雷と戦の神ファンドーラ』


 互いの姿を隠すように、立ち込める霧が濃くなる。


 ファンドーラは、背負っていたアストラ(神の武器)の大鎌ガルジャナを両手握り、静かに構えた。

 『ニブル、聞いてくれ。魔族と人間は、共存することはできないか』


 突然、白象パオスが両耳を広げ、鼻先から水を高速噴射した。


 『あ、パオス止めんか!』

白い霧の世界で、(おぼろ)げに見えるファンドーラの黒い輪郭(りんかく)から驚きの声が響いた。


 霧の中で対峙していたニブルの胸に風穴が空いた。


 『・・・・・ニブル、もう死んじまったか? パオスの(しつけ)が悪くてすまん』

ファンドーラがそう言うと、ニブルは煙のように消えて行った。


 ファンドーラの上半身が、瞬時に(こお)り付いた。

 『うおお! 寒~っ

 生きていたか、安心した。

 このまま死なれたら、だまし討ちのようで、目覚めが悪くなるところだったよ』

と言葉を吐くと、ブルブルと全身を震わせて凍り付いた体を温めた。


 「目覚めが悪い? ほほほほっ、ファンドーラよ。その心配は無用じゃ。

 其方は、2度と目覚めることはないのだから」


 ファンドーラは白象パオスから降りると、濃い霧の中でニブルの気配を(うかが)った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ヤクシャは、足元で禍々しい黒い霧が立ち上る魔法陣を見つめる3本の角を持った魔族めがけて走る。


 魔法陣を見つめる3本の角の魔族を護衛する魔族が告げる。

 「ロスゥエル様は、そのまま白龍の拘束をお願いします。こちらに迫る人間は、我々が処理します」


 3本角のロスゥエルの首が(かす)かに動いた。


 護衛する2匹の魔族が、至近距離に迫るヤクシャめがけて炎弾を放った。


 ヤクシャは、これに(ひる)むことなく突進し、両手棍一振りで、この炎弾を砕き飛ばす。更にもう一振りで魔族の脇腹を殴りつけた。

 魔族はゴキボギと鈍い音を立て、体を「くの字」に曲げたまま、ロスゥエルに激突した。


 ロスゥエルは、飛んで来た魔族と共にふっ飛ばされ、地に倒れた。

 ロスゥエルは胸を打ち、激しい苦痛と共に呼吸が数秒の間停止していた。うつ伏せから顔だけ起こし、苦悶の表情で魔法陣を確認する。

 禍々(まがまが)しい黒い霧は消失し、魔法陣だけが地に描かれていた。


 「うっ、我の感覚遮断(しゃだん)魔法陣が・・・・・」

ロスゥエルがそう言葉を発し、ムラクモに目をむけた瞬間、ロスゥエルは高熱の(まばゆ)い白い光の中にいた。


 眼を焼くような光度に、思わずヤクシャは両腕で眼を(おお)った。コンマ数秒の後に、大地を震わす衝撃波と轟音が襲ってきた時には、3本角のロスゥエルは消滅していた。

 ヤクシャは、光源に振り向く。


 ムラクモは獰猛(どうもう)な牙を()き出し、その口元から水蒸気が舞っていた。

 『その白龍の息吹は、我の感覚を奪った礼だ』


 殺気に満ちたムラクモの眼が、今なお、青白く光る魔法陣を形成している年老いたもう1匹の魔族へと動く。


 年老いた魔族のグラビンは、ムラクモの殺気に気圧(けお)され、青白く光る魔法陣を見つめたまま、体が小刻みに震え出した。

 「感覚遮断魔法を失った今、儂の重力魔法だけでは、この白龍は抑えきれん」


 グラビンは、逃げ出そうとして後ろに振り返った。その瞬間に首が宙に飛んだ。誰も予期せぬ一撃を食らったのだ。


 首を失ったグラビンの胴体を睨んだまま、レイは女型の刀、「夜叉姫」を、まるで天を突き刺すように掲げていた。

 ジンらと行動を共にしていたレイは、南東から気配を完全に消し、この場に到着したのだった。


 レイは、表情を消したまま、隣で事態を理解できぬまま困惑する護衛魔族の胸を、三角柱の刀、「覇」の切先で一突きした。

 その護衛魔族は、己の胸に刺さった覇に目をやると、そのまま崩れ落ちた。


 「グラビン様まで、やられた。逃げろ!」

やっと事態を呑み込んだ残りの魔族2匹は、翼を広げて逃げ出していた。


 ムラクモは、この2匹に残酷な視線を向ける。その時、マツリの取り乱した肉声が、悲痛な叫びとなって聞こえてきた。

 「ウル、しっかりしてー! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れー!!」


 ただならぬマツリの様子に、ムラクモが瞬時に振り向く。そこには、泣き叫ぶマツリの姿があった。

 『主、何があったのだ!』


 『ムラクモ! ウルが、ウルが・・・・・・・・』

 振り向くマツリの顔は、横に(つぶ)れたような表情をして、大粒の涙が(こぼ)れていた。マツリの手には、ぐったりと体を横たえるウルの姿があった。


<次回 第46話「楽園」>

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