45 戻れ! 戻れ! 戻れ!
アイガトプリッツ町から北に10㎞の街道
魔族の炎魔法、炎弾が赤と橙に染まり、神楽舞に没頭するマツリに迫る。
マツリが直径2mの炎弾に呑み込まれると思われた瞬間、炎弾は砕かれて弾け飛んだ。砕けた炎弾はマツリの頬や腹を掠めるように飛んで行った。
マツリの後方では、砕かれた炎弾の欠片が散らばり、森の草をじりじりと焼いた。
マツリの前には、ヤクシャが両腕を広げ仁王立ちしていた。
ヤクシャが両手で握る、先端が太い八角柱となっている金属棍、「砕」で炎弾を打ち砕いたのだ。砕け散った無数の炎弾の欠片は、マツリの盾となったヤクシャの胸や腹にも当たっていた。
「マツリは、俺が守る」
ヤクシャは、炎弾の欠片が被弾した自らの体には目もくれずに、そうマツリに告げた。
マツリは神楽舞を一心不乱に舞い、ウルは竹笛に魂を吹き込むように、その息を注ぎこんでいた。
砕を上段から振り下ろし、次弾の炎弾も砕け飛んだ。砕けた無数の炎弾の欠片が、ヤクシャの横を掠めて飛んで行った。
炎の欠片がヤクシャの頬と胸、逞しい腕に当たり、ジュジュッと音を立てた。
竹笛の調べが止まった。
静寂!
ヤクシャが慌てて振り返えった。ヤクシャの瞳には、神楽鈴を右手で掲げ、地に視線を向けたまま静止しているマナツの姿が映った。
「ウ、ウルー!」
マツリはそう叫ぶと、地に伏せるウルを両掌でゆっくりと持ち上げた。
ウルの両腕と足が、マナツの掌から零れるように、力なく下がり揺れた。
『胸に火傷が・・・・。ウル、しっかりして、ウル、ウル!』
マツリは、ウルの名を呼びながら、掌の上のウルの体を揺すった。
ウルは眼を閉じ、ぐったりとしたまま動かない。
マツリは、ウルの胸に耳を当て、心音を確認する。
『・・・・・・ !! 心臓が動いていない』
マツリは、左掌にウルを仰向けに乗せ、右人差し指でその胸を上下に押し始めた。
『ウル、ウル、ウル、・・・・・動いて、動いて。・・・・ウル、動け、動け、動け』
ヤクシャは、マツリのすぐ前で盾となり、再び飛んで来る炎弾を次々に砕き飛ばしていた。マツリの肩や脇を掠めるように炎弾の欠片が飛び、ヤクシャの体からは、焦げ臭い臭いが漂ってきた。
『ウル、戻って来て!
ウル、戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ!!』
マツリは懸命にウルの胸の圧迫を繰り返す。
その時、水平に稲光が走り、空から炎弾を撃つ2匹の魔族が、黒焦げとなって落下した。
魔族が、強大な魔力を感じ、一斉に南東を振り向いた。
その中であっても、首領級の強さと目されていた2匹の魔族は、ムラクモへの拘束魔法を維持するために、瞬き一つせずに集中していた。
杖を持った年老いた魔族は、足元の青白く光る魔法陣を、長い杖と3本の角を持った魔族は、禍々しい黒い霧が立ち上る魔法陣を睨んでいるが、その頬を汗が滴り落ちていた。
ヤクシャは、その2匹がムラクモを窮地に追い込んでいると本能的に理解し、その魔族めがけて駆け出した。
ウルが桁違いの強さだと告げていた、長い白髪の間から1本の角の出ている女魔族は、南東に現れた強敵の下へ迎撃のために飛んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
南東から迫る強力な魔力の持ち主は、白象パオスに跨ったファンドーラであった。
南東へと向かう女魔族は、地上に降りるとファンドーラと対峙した。すると、冷気と妖しさを纏う霧が漂い始めてきた。
「ほほほほっ、わらわは、魔族『帥魔将』の1人、ドラーグン様に仕える銀霧の妖姫ニブルじゃ」
ファンドーラも、女魔族に名乗りを上げる。
『我は、雷と戦の神ファンドーラ』
互いの姿を隠すように、立ち込める霧が濃くなる。
ファンドーラは、背負っていたアストラ(神の武器)の大鎌ガルジャナを両手握り、静かに構えた。
『ニブル、聞いてくれ。魔族と人間は、共存することはできないか』
突然、白象パオスが両耳を広げ、鼻先から水を高速噴射した。
『あ、パオス止めんか!』
白い霧の世界で、朧げに見えるファンドーラの黒い輪郭から驚きの声が響いた。
霧の中で対峙していたニブルの胸に風穴が空いた。
『・・・・・ニブル、もう死んじまったか? パオスの躾が悪くてすまん』
ファンドーラがそう言うと、ニブルは煙のように消えて行った。
ファンドーラの上半身が、瞬時に凍り付いた。
『うおお! 寒~っ
生きていたか、安心した。
このまま死なれたら、だまし討ちのようで、目覚めが悪くなるところだったよ』
と言葉を吐くと、ブルブルと全身を震わせて凍り付いた体を温めた。
「目覚めが悪い? ほほほほっ、ファンドーラよ。その心配は無用じゃ。
其方は、2度と目覚めることはないのだから」
ファンドーラは白象パオスから降りると、濃い霧の中でニブルの気配を伺った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤクシャは、足元で禍々しい黒い霧が立ち上る魔法陣を見つめる3本の角を持った魔族めがけて走る。
魔法陣を見つめる3本の角の魔族を護衛する魔族が告げる。
「ロスゥエル様は、そのまま白龍の拘束をお願いします。こちらに迫る人間は、我々が処理します」
3本角のロスゥエルの首が微かに動いた。
護衛する2匹の魔族が、至近距離に迫るヤクシャめがけて炎弾を放った。
ヤクシャは、これに怯むことなく突進し、両手棍一振りで、この炎弾を砕き飛ばす。更にもう一振りで魔族の脇腹を殴りつけた。
魔族はゴキボギと鈍い音を立て、体を「くの字」に曲げたまま、ロスゥエルに激突した。
ロスゥエルは、飛んで来た魔族と共にふっ飛ばされ、地に倒れた。
ロスゥエルは胸を打ち、激しい苦痛と共に呼吸が数秒の間停止していた。うつ伏せから顔だけ起こし、苦悶の表情で魔法陣を確認する。
禍々しい黒い霧は消失し、魔法陣だけが地に描かれていた。
「うっ、我の感覚遮断魔法陣が・・・・・」
ロスゥエルがそう言葉を発し、ムラクモに目をむけた瞬間、ロスゥエルは高熱の眩い白い光の中にいた。
眼を焼くような光度に、思わずヤクシャは両腕で眼を覆った。コンマ数秒の後に、大地を震わす衝撃波と轟音が襲ってきた時には、3本角のロスゥエルは消滅していた。
ヤクシャは、光源に振り向く。
ムラクモは獰猛な牙を剥き出し、その口元から水蒸気が舞っていた。
『その白龍の息吹は、我の感覚を奪った礼だ』
殺気に満ちたムラクモの眼が、今なお、青白く光る魔法陣を形成している年老いたもう1匹の魔族へと動く。
年老いた魔族のグラビンは、ムラクモの殺気に気圧され、青白く光る魔法陣を見つめたまま、体が小刻みに震え出した。
「感覚遮断魔法を失った今、儂の重力魔法だけでは、この白龍は抑えきれん」
グラビンは、逃げ出そうとして後ろに振り返った。その瞬間に首が宙に飛んだ。誰も予期せぬ一撃を食らったのだ。
首を失ったグラビンの胴体を睨んだまま、レイは女型の刀、「夜叉姫」を、まるで天を突き刺すように掲げていた。
ジンらと行動を共にしていたレイは、南東から気配を完全に消し、この場に到着したのだった。
レイは、表情を消したまま、隣で事態を理解できぬまま困惑する護衛魔族の胸を、三角柱の刀、「覇」の切先で一突きした。
その護衛魔族は、己の胸に刺さった覇に目をやると、そのまま崩れ落ちた。
「グラビン様まで、やられた。逃げろ!」
やっと事態を呑み込んだ残りの魔族2匹は、翼を広げて逃げ出していた。
ムラクモは、この2匹に残酷な視線を向ける。その時、マツリの取り乱した肉声が、悲痛な叫びとなって聞こえてきた。
「ウル、しっかりしてー! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れ! 戻れー!!」
ただならぬマツリの様子に、ムラクモが瞬時に振り向く。そこには、泣き叫ぶマツリの姿があった。
『主、何があったのだ!』
『ムラクモ! ウルが、ウルが・・・・・・・・』
振り向くマツリの顔は、横に潰れたような表情をして、大粒の涙が零れていた。マツリの手には、ぐったりと体を横たえるウルの姿があった。
<次回 第46話「楽園」>




