第6章 決意 44 神楽舞の弱点
アイガトプリッツ町
覚醒作用のある妙幻石で作られた『白銀の蛇』の装飾を販売した、『バルフ』という交易商隊のことについての情報収集を始めた。
情報収集は、特殊戦闘集団『影の者』であったレイがその任に当たった。レイは、町の商人や路地裏にたむろする人々、町の裏の顔役などと渡りをつけ、瞬く間に情報を入手してきた。
ゴビンダ鍛冶屋の一室
ヤクシャは、ゴビンダからまだ目が離せない状態のため、この部屋にはいない。
テーブルを囲むマツリたちが神妙な面持ちで、レイの報告を聞く。
「この町は大騒ぎだったわ。3日前にあの竜種のワイバーンが3匹も、北東の山の山頂で飛んでいるのが目撃されたそうなの。
討伐のため、冒組合が招集されているそうよ」
「ワイバーンって、僕たちがこの町を見下ろしたあの小さな丘から見えた、飛んでいた魔物のことかな」
「恐らくそうね。
では、交易商隊『バルフ』について調べたことを報告するわ。
バルフは、北の街道を通って、偶数月の30日に、このアイガトプリッツ町にやって来る。
アイガトプリッツの住民も楽しみにしていて、たいへん賑わうらしい」
マツリはレイを見て驚きの声を出す。
「え、今日は6月27日、あと3日じゃない」
「そう、準備の時間が限られるわね。
商隊の主は、商人のキーロヴィチ。大柄で雪のように白い肌の40代男性。
バルフの馬車は3台。馬車の帆は黒く、白い雪の結晶の印がついているそうよ」
オームが竪琴を手入れしながら尋ねる。
「レイ、護衛の人数は?」
「3から5名程度」
「少な目だな。俺が旅で出会ったその規模の商隊の護衛は、10名を超えていたぞ」
「少ないわよね。その護衛の数だと盗賊に襲われる可能性がある」
「レイ姉、ということは、その護衛は飾り?」
マツリが思わず声を上げた。
「商隊に護衛がいないと不自然だから、取りあえずつけたという感じがするわね」
「レイ、俺もそう思う。バルフ商隊には護衛が必要ないということだ」
ジンが問いかける。
「なぜ?」
「バルフには魔族がいる、もしくは全員が魔族だから」
マツリが深く息を吐いた。
「そうなると、困るわね。もし、魔族と戦闘になったら、この町の住民に大きな被害が出る」
「俺が魔族だったら、いよいよとなったら、住民を人質にするな」
オームは、人差し指で額に角を作って言った。
「住民が人質になる。それは避けたい。守るべき民に被害が出る」
ジンが首を横に振った。
『ククククッ、そうなると作戦は1つだな』
『俺もそう思う。日と場所が分かっているからな。ウルとは、珍しく気が合ったな。』
『ウルとオーム、2人で話していないで、作戦を教えてよ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイガトプリッツ町から北に10㎞の街道
『ウル、そろそろだと思うのだけど、魔族の気配はする?』
『ふぁ~あ、まだ気配はないな。
マツリ、震えているぞ。それに心拍も速い』
マツリとウルは、街道を囲む森の中に身を隠していた。
『相手が鬼族、いえ魔族なのだから、緊張しない方がおかしいわよ』
『魔族に気配を読まれぬため、ムラクモもまだ召喚していないからな』
ウルは、マツリの肩に腰掛け、神楽笛で背中を掻きながら言った。
『それにしても、ジンたちはまだ戻って来ないけれど、大丈夫かしら』
『レイもオームもいる。大丈夫だろう。
もし、間に合わなかったら、マツリだけで何とかするしかない』
『ええ~、それは無理。絶対に無理! きっと間に合うわ』
『ん!・・・・・ククククッ、現実は厳しいようだ。北から魔族の気配がするぞ』
『や、やはり、交易商隊「バルフ」には魔族がいたのね』
マツリは震える手で、鉾先鈴の柄を握り、唾を呑み込んだ。
『魔族の気配は、11匹。そのうち、かなり手ごわい魔族が3匹だ』
『えええ~、11も~。どうしよう』
『マツリ、落ち着け。ここまで来たらやるしかないだろう』
潜む茂みの葉の間から、マツリの眼がキョロキョロと落ち着きなく動く。
『マツリ、魔族との距離は200m。そろそろだな』
『・・・・・・・うん、一人でやるしかないのね』
マツリは立ち上がり、腰に付けている鉾先鈴を握った。
両手を高く掲げ、鈴の音をチリン、チリリンと響かせながら、両腕で円を描くようにしてゆっくりと下へおろす。
鉾先鈴を持つ右手だけを頭上に振り上げてから、その矛先を振り下ろす。
「日出処の巫女の名において命ずる。出でよ、ムラクモ!」
鉾先鈴の矛先から青白い光が放たれ、それが白龍へと変化する。
『ムラクモ、北の魔族を・・・・・・』
『主、承知した』
そう言うが早いか、ムラクモは北に向かって飛んだ。
『マツリ、魔族がムラクモの気配を察知し、散開したぞ』
樹々の間から、上空に飛び立った魔族を、マツリは視界に捉えた。
眩しい稲光と雷鳴が轟く。飛行していた魔族2匹が黒焦げになって落下するのが見えた。
『ウル、怖いけれど、ここではムラクモに指示を出せない。もっと近づくわ』
『おいおい、巻き込まれるぞ』
『魔族の中には、かなり手ごわい魔族が3匹もいるのでしょう。ムラクモが心配なの』
マツリは、街道を北に向かって走り出した。
『ククククッ、ムラクモが心配か。
俺には、マツリの柄にもない勇気ある行動の方が、心配だがな』
マツリは、ムラクモと魔族の戦闘が見える位置まで来ると、立ち止まった。
『あぁ、ムラクモー!』
マツリの悲鳴が森に吸い込まれた。
マツリの瞳に映ったムラクモは、地に蹲り、魔族の放つ攻撃魔法の集中砲火に晒されていた。ムラクモはこれに耐えながら、雷魔法で稲妻を落とすも、魔族へは命中していない。
『ムラクモ、どうしたの!
ウル、ムラクモは、地に縛られているようだわ』
『マツリ、ムラクモの周辺が妙だ』
ムラクモは、絶え間なく繰り出される魔族たちの魔法に、苦痛で顔を歪めている。
『ウル、ムラクモに何かあったの?』
『魔力だ! ムラクモの周辺に忌々しい魔力を感じる』
マツリは地に伏せるムラクモを凝視する。しかし、肉眼では何も見えなかった。
『何も見えないわ・・・・・あ、ムラクモの周りの空間が揺らいでいる』
ウルは、離れた場所で呪文を唱える魔族を、神楽笛で指し示す。
『マツリ、あの魔族の魔法だ』
マツリがウルの神楽笛で指す方向へ目を向けると、複数の魔族の間に立ち杖を持った1匹の魔族が、何やら詠唱を続けていた。その魔族の足元には、魔法陣が青白い光を放っていた。
『あそこの魔族もだ』
ウルが神楽笛で長い杖を持った別の魔族を指し示した。その魔族の足元にも、禍々しい黒い霧が魔法陣から立ち上っていた。
『あの魔族の魔法で、ムラクモは身動きがとれないのね』
『あの2匹は、首領級のかなり手ごわい魔族だ。魔力も高く。威力も凄まじい。
ムラクモの魔法が魔族に当たっていないところを見ると、ムラクモは、敵を察知するための五感を失っている可能性が高い』
ムラクモへの攻撃が激しさを増す。ムラクモの伏せる大地は、抉られ、高温で焼かれていた。
『それなら、神楽鈴で、八百万の神を召喚するわ』
『無理だ。神楽舞で八百万の神を召喚するには、長い時間がかかる。
奴らはムラクモに気を取られているが、マツリが神楽舞をすれば、そのただならぬ気配に気付かれ、マツリは瞬殺される。
神楽舞の弱点だな』
『それを躊躇っていたら、ムラクモがやられてしまう。やるしかないわ』
『おい、マツリ、待て・・・』
マツリは神楽鈴を握りしめると、リリンと鈴がなった。神楽鈴を拝み捧げるようにして額の上に掲げる。柄から伸びる長い五色布をそっと左手に乗せる。
「掛けまくも畏き大神 諸々の禍事 神ながら祓い給え 恐み恐みも白す」
マツリは祓詞を恭しく奏上した。
『く、しかたがない。これが俺の最後の笛となるのか』
ウルは溜息を一つ吐いてから、神楽笛を奏で始めた。
ウルの高く掠れた神楽笛の音が、深い森の葉と幹に響き渡る。
ムラクモに魔法攻撃を続けている魔族が、一斉に振り向いた。魔族の蛇に似た薄黄と深緑色の眼が、マツリとウルを刺すように睨んだ。
大剣を持った首領級の魔族が、剣先をマツリに向ける。
「殺れ!」
数匹の魔族が、羽を広げ上空に飛んだ。
マツリは右手で神楽鈴を持ち、チリン、チリリンと鳴らしながら天を示す。左手は下に向けたまま、体の向きを変えゆっくりと円を描くように回る。
緊迫した戦場に不似合いな優雅な神楽笛と、流麗な神楽舞が続けられていた。
舞い上がった魔族たちから、マツリへと炎弾が放たれた。
<次回 第45話「戻れ! 戻れ! 戻れ!」>




